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【PrimeVideo】『人情紙風船』(1937)映画感想文・人情と言いながら猛烈にドライ

28歳という若さで戦地(日中戦争)にて病気で亡くなった天才監督、山中貞雄の遺作です。

ここには時代を超越した演出の完成度と、人間への冷徹で深い視線が凝縮されていました。

撮影時は27歳、天才監督と称される理由がこの一本を観るだけで痛いほどに伝わってきます。

5年間で26本の時代劇を撮りましたが、実質的に『丹下左膳余話 百萬両の壺』『河内山宗俊』『人情紙風船』の3本しか現存していません。

山中監督と作品を失ったことは映画界の多大な損失であり、戦争のむごさをあらためて感じます。

あらすじ

江戸時代。貧乏長屋で暮らす髪結いの新三は、個人で賭場を開いてヤクザから目をつけられる。そのため金に困った新三は、髪結いの道具を質屋に持ち込むが断られてしまう。一方、新三と同じ長屋に住む浪人・又十郎は、かつて父が世話した侍・毛利に仕官を頼むが全く相手にされない。ある日、偶然から質屋の娘を誘拐した新三は、娘を長屋へと連れて帰るが……。

監督 : 山中貞雄
1937年製作/86分
劇場公開日:1937年8月25日

『映画.com』より引用

感想(ネタバレ含む)

タイトルに「人情」という言葉を冠していながら、本作のタッチは驚くほど乾いています。情緒的な涙を誘うような過剰な演出は一切なく、カメラはただ淡々と、江戸の片隅で生きる人々を捉え続けます。

しかし、その乾いた空気感の中に、市井の人々の生き生きとしたエネルギーが満ちあふれているのが不思議です。

長屋の住人たちが織りなす会話は実に軽妙で、テンポが良く、まるで現代の優れた群像劇を観ているかのような錯覚に陥ります。

貧しい暮らしの中にあっても、冗談を言い合い、他人の不幸を肴に酒を飲む。そんな人間のたくましさ、あるいは図々しさが、山中監督の洗練されたリズムによって鮮やかに描き出されていました。

本作は群像劇としての構成が極めて秀逸です。特定の誰か一人が最初から最後まで物語をけん引するわけではなく、視点は長屋の住人、浪人夫婦、チンピラ、質屋の父娘などへ、次々と移り変わっていきます。にもかかわらず、登場する個々の人物描写は完璧であり、誰一人として単なる背景に終わっていません。

物語が終盤に向かうにつれ、バラバラだった人々の思惑や行動が一つに繋がっていく展開は奇跡的です。新三が起こした騒動をきっかけに、長屋全体が不穏な空気に包まれ、大きなうねりを生み出していきます。

中でも、髪結いの新三が放つインパクトは絶大です。彼こそがこの物語の「動」の部分を象徴する存在であり、その向こう見ずな振る舞いや、権力に屈しないカッコよさ、厭世感は魅力的で、観る者を強く惹きつけます。

一方、その対極に位置するのが、浪人・海野又十郎の妻です。初めは「どうしようもなく陰気な女性」に見えていた彼女が、ラストに至ってこれほどまでに存在感を示すとは想像もしていませんでした。

彼女が抱えていたのは、単なる生活苦だけではありません。侍としての誇りを捨てきれず、しかし嘘をつき卑屈な振る舞いを繰り返す夫への、拭い去れない失望。それらが彼女の沈黙の中に幾重にも積み重なっていたのだと気づかされます。

驚くのは、その彼女の心の機微でさえも、決して感傷的には描かない点です。夫への失望も、その後の悲劇的な決断も、あくまでドライに映し出されます。その冷徹なまでの客観性が、かえって彼女の抱える絶望の深さを際立たせていました。

今作は、貧富の差や格差社会という重いテーマを扱いながら、それを極上のエンターテインメントとして昇華させています。

画面の隅々にまで行き届いた計算、無駄のない台詞回し、そして「紙風船」が溝を流れていくラストシーン。すべてにおいて、山中貞雄という監督が持っていた天賦の才能を感じずにはいられません。

山中貞雄監督の残り2作品も今日中に観ようと思います。パブリックドメインでyoutubeに上がっている作品もあるので、未見の方はぜひご覧になってみてください。

それでは、また次の映画で!

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