見出し画像

「戦うか、我慢するか。」その二択を捨てよう!

##01 ――「戦わない人間関係論」と二分法の誤謬


「嫌なことをされたら、ちゃんと言い返さなければならない」

「嫌な上司にも、毅然と立ち向かわなければならない」

「自分を守るためには、戦うしかない」

そんな言葉を、何度も聞いてきました。

私自身も、以前はそう思っていました。

人間関係で嫌なことがあったとき、

「言い返すか、我慢するか」

「戦うか、逃げるか」

「相手を変えるか、自分が変わるか」

そんなふうに、二つの選択肢しかないように考えてしまう。

でも、最近になって思うのです。

本当に、その二つしかないのだろうか。

##02 「二分法の誤謬」という考え方

認知バイアスの一つに、「二分法の誤謬」と呼ばれるものがあります。

物事を、本当はもっと多くの選択肢があるにもかかわらず、

「AかBか」

という二つだけに分けて考えてしまうことです。

たとえば、

「相手に(例えば会社の上司)言い返すか、黙って耐えるか」

という二択。

でも、実際にはその間に、

「必要なことだけ伝える」

「その場では反応しない」

「記録を残す」

「第三者に相談する」

「仕事上必要な接点だけにする」

「異動を検討する」

「転職という選択肢を持つ」

など、いろいろな方法があります。

つまり、

戦わない=我慢する

ではないのです。

ここを私は、もっと大切にしたいと思っています。

##03 「戦わない」と「何もしない」は違う

「戦わない」と聞くと、

「弱い」

「逃げている」

「相手に負けている」

そんなイメージを持つ人もいるかもしれません。

私も以前は、そうでした。

嫌なことを言われたら、言い返す。

理不尽なことをされたら、抗議する。

納得できなければ、とことん話し合う。

それが「自分を守る」ということだと思っていました。

でも、ここにも一つ落とし穴があります。

相手と戦うことに意識を向けた瞬間、

自分の時間と感情を、相手に渡してしまう。

これが、ものすごくもったいない。

たった一言の嫌味なのに、帰宅してからも思い出す。

「あのとき、こう言い返せばよかった」

「なぜあんなことを言われなければならないんだ」

「明日もまた顔を合わせるのか……」

そうやって、相手は目の前からいなくなっているのに、自分の頭の中には居座り続ける。

これでは、相手と戦っているというより、

自分の一日を相手に預けてしまっている

ようなものです。

##04 職場の嫌味な上司の場合

たとえば、職場に何かと嫌味を言ってくる上司がいたとします。

毎日顔を合わせなければならない。

仕事上、完全に距離を置くこともできない。

そんな場合、

「嫌なら辞めればいい」

というのは、簡単には言えません。

では、どうするか。

「戦う」でも「我慢する」でもない方法を考えてみる。

嫌味を言われた。

そこで、必要以上に反応しない。

仕事に必要な返答だけする。

相手の機嫌を直そうとしない。

相手に自分を認めてもらおうとしない。

「この人は今、こういう言葉を発している」

それだけを確認して、自分の仕事に戻る。

もちろん、明らかなハラスメントなら、記録を残したり、相談したり、必要な手続きを取ることも大切です。

ここは「戦わない」のではなく、

必要な行動は淡々とする。

ただし、

「相手をやり込める」

「相手に自分の正しさを認めさせる」

というところまでは行かない。

私は、この違いが大きいと思っています。

##05 「反応しない」より、「帰る」

以前の私は、

「嫌なことを言われても反応しない」

ということを考えていました。

でも、「反応しない」という言葉だけだと、

感情を押し殺すようにも聞こえます。

だから最近は、少し違う言葉を使っています。

「帰る」

あるいは、

「戻る」

です。

嫌なことを言われた。

心が相手の言葉についていってしまった。

「なんで?」

「どうして?」

「許せない」

「言い返したい」

そんなふうに、心が相手の世界に入り込んでいく。

そのとき、

「あ、今、相手のところまで行ってしまっているな」

と気づく。

そして、

自分のところに帰ってくる。

「まあ、私は私の仕事をしよう」

「この人の機嫌は、この人の問題だ」

「私は今日、自分の時間を生きよう」

そうやって戻ってくる。

これは「逃げる」こととは違います。

##06 戦わない人は、何もされない人ではない

ここは誤解しないでいただきたいが、

「戦わない」というのは、

嫌なことを全部受け入れることではありません。

ハラスメントを受けても黙っていることでもありません。

理不尽な扱いを受けても、

「仕方ない」

と諦めることでもありません。

むしろ逆です。

自分を守るために必要な行動はする。

ただし、

「相手を倒す」

ことを目的にしない。

ここが、「戦う」と「対処する」の違いなのだと思います。

証拠を残す。

相談する。

距離を取る。

仕事上必要なことだけ話す。

異動を申し出る。

環境を変える。

場合によっては辞める。

どれも「逃げ」ではありません。

自分の人生を守るための選択です。

##07 「勝つこと」を目的にしなくてもいい

私たちは、知らないうちに、

「人間関係にも勝ち負けがある」

と思わされているのかもしれません。

言い負かしたら勝ち。

相手を黙らせたら勝ち。

自分の正しさを認めさせたら勝ち。

でも、

その勝負に勝ったところで、自分は幸せになるのでしょうか。

言い負かした相手のことを、帰宅してからも考え続けている。

「あいつには負けていない」と思いながら、その人のことで頭がいっぱいになっている。

それなら、

本当に勝ったと言えるのでしょうか。

私は、もう少し違う生き方があってもいいと思っています。

##08 「相手に勝つ」から「自分に戻る」へ

嫌な人がいる。

理不尽な人がいる。

無礼な人がいる。

横柄な人がいる。

それは、たぶんこれからもなくならない。

だから、

「嫌な人をなくそう」

とするより、

嫌な人に、自分の人生を持っていかれない。

そのほうが現実的なのではないでしょうか。

戦う必要もない。

我慢する必要もない。

相手を変える必要もない。

ただ、

必要なことには対処する。

そして、

自分の人生に戻ってくる。

私はこれを、

「戦うことを捨てた人間関係論」

と呼んでみたいと思っています。

戦わない。

でも、諦めない。

逃げることもある。

距離を取ることもある。

言うべきことは言う。

相談するときは相談する。

そして何より、

相手のために、自分の一日を使わない。

それだけでも、人間関係は少し違って見えてくるのではないでしょうか。

今日も、嫌な人に心を持っていかれそうになったら、

「戦わなくていい」

そして、

「自分のところへ帰ろう」

そう思ってみようと思います。

いいなと思ったら応援しよう!