静かに溶け込む朝〜終着駅で知った、厳しいだけじゃない社会~K14
あらすじ
本気になったことがなかった娘が、スマホ依存と成績低迷の中で転塾し、
塾長や合宿、習熟度・模試を通して少しずつ変わり、受験直前に一度クラッシュした。
それでも立て直し、私立受験当日を迎えた日の物語です。
第3希望の私立高受験の朝。
娘に持ち物を確認させ、私はお弁当を用意した。
小さめのおにぎりと、つまむ程度のおかず。
小さなスプーンにした。
前日の夜。
お風呂に入る娘に「髪、洗えるの?」と聞いたら、
「洗ってくれんと受験に行けんやん」と言った。
久しぶりの“娘節”。
それだけで、ちょっと救われた朝だった。
高校は近場だったので、高校前を避けて少し先で下ろらないといけなかった。
時刻は8時15分。
でも途中で娘がぽつりと、
「8時20分に“みんなで集合”って書いてある…」と言い出した。
早く見てくれたらよかったのに。
そう思いながらも、その時は責める余裕がなかった。
高校からもっと近くに信号待ちの長い交差点が
ある!ととっさに判断して車から降りさせた。
ギリギリ、間に合う時間。
先にこちらの信号が青になったので、
そのまま帰ろうかと思ったけど、どうしても気になってUターンした。
ちゃんと着けるか、確認したかった。
高校へ歩いていく娘も、それに気づいたようで、
こちらをまっすぐ見ていた。
スマホは持っていくなと言われていたから、
バスの乗り場と時刻表、
そして公衆電話の場所を書いた紙とテレカを渡した。
「何かあったら、ここから電話して」
私はそのあと遠出の予定があって、
15時には帰るつもりでいた。
近いし、大丈夫だろう。
そんな気でいた。
――でも、14時半。
知らない番号から電話がかかってきた。
怪しいと思いながらも、
「もしかして…」という予感で出ると、
少し間があって、娘の声がした。
バスが遅れて、
終着駅(交通局)で乗り換えのバスに乗れなかったという。
「30分かかるけど迎えに行くよ」と言うと、
いつもなら「えー」って言うはずなのに、
その日は小さく「…わかった」と返ってきた。
迎えに行くと、
娘は奥の応接室に通されて待っていた。
「寒そうだったので…」と職員さん。
お菓子も出してくれていて、
娘は「これ、おいしかったです」と言っていた。
その光景を見た瞬間、
私は胸がいっぱいになった。
(ちゃんと社会参加できてる…)
車に乗ると、娘は急に元気になって、
「日本って優しい!サイコー!」と言い出した。
この夏、海外で雑に扱われたことを思い出したのか、
「韓国ならまた行きたいなー」
「受験終わったらさ、どこ行く?」と、
未来の話までし始めた。
そしてバスの中で不安だったらしく、
「どこに行くんですか」運転手さんに
自分から聞いたんだ、とも教えてくれた。
家に帰ってから、
「今度のお弁当どうする?」と聞くと、
「量はこのままでいい。箸にして」と言った。
後ろの席の子が食べていなくて、
おにぎりしか食べられなかったらしい。
残っていたおかずを温めると、
それを黙々と食べだした。
夕方、塾の時間になると、
なぜか娘は布団に潜った。
でも「30分短くていい?」と自分から言って、
オンラインの塾にはちゃんと参加した。
「お腹すくんだよね~」と、
何度もお菓子を取りに来る。
棚は、娘の好物のチョコでいっぱいだ。
第3希望高の受験は、
正直どうだったのかわからない。
でもこの日は、
娘が初めて
《社会の中で一人で困って、助けられて、また一歩戻ってきた日》だった。
いつもなら私が何とかしてきたことを、
この日は、自分でやった。
自分で説明しないと、誰にも伝わらない。
自分で動かないと、誰も代わりにしてくれない。
そんな当たり前のことを、
生活していくこと、
自立していくことの練習を、
この1日で少しだけした気がする。
受験よりも、
点数よりも、
この日は、たぶんずっと大事な日だった。
次回は
話せなくなった娘と、話さないことを選んだ私と、
それでも関係を切らさずに踏みとどまろうとした塾長の話です。
良かったら読んでみてください⭐
