選択すること、願いをかなえること――TBS 舞台『パイロット』2026/2/21ソワレ感想
TBS 舞台『パイロット』を見てきました。
TBSのドキュメンタリーブランドTBS DOCSが主導となって制作された、実際の従軍経験者の語り部さんへのインタビュー映像を織り交ぜた挑戦的な舞台作品です。
公式サイトの情報量が少なすぎてどんなお話にかるか全くイメージできず不安半分のままチケットを取ったのですが、映像挿入が物語から浮くのでは?とか、安っぽい道徳劇やお涙頂戴が来るのでは?とか全部杞憂で、ちゃんとしたエンタメとして成立しつつ、それでいて反戦劇としての強度もしっかりある秀作でした。
終わった後すぐ円盤ポチりました。出演作の円盤化にあまり恵まれない今江くんを人に紹介するためにも適した1作になっていてファンとしてはめちゃ嬉しい
以下ネタバレありの感想です。
客入れの間、開演15分前の前説までBGM無しでスモーク装置だか換気扇だか空調だかの稼働音だけしてて、何が始まるんだろうってドキドキ感がすごくて良かった
前説以降のBGMもアンビエント系で、情緒を一方向に引っ張ったり特定の時代や文化への連想に思考を飛ばしたりせずにドキドキワクワクを高める感じがめちゃ良い……舞台にドキュメンタリー映像の挿入っていったい何をどうやって?って初報からずっと期待半分不安半分でいたんだけど、遠藤が撮ったドキュメンタリーと来たか~~~~
実際の語り部の方に今江くんが劇中の遠藤を名乗ってインタビューしに行く映像、マジでびっくりした
そんなことしていいんや
事前に説明して許可いただいてるんだろうけどあまりにもすごいことしてる…
真ん中と右のスクリーンには語り部の上野さんとインタビュアーの遠藤(今江大地)を斜めからパンして映してたけど、左側のスクリーンには上野さんだけを正面に近いアングルから撮った映像が投影されてた
これ左の映像は今回の企画以外にも今後もライブラリとして使えるから上手いなぁ現代で商業映画を撮っているときは自分の表現を守るためにスポンサーの圧に怒りプロデューサーの意向に抵抗する芯の強い人物の遠藤が、特攻隊志願のアンケート用紙には同じ心の強さで「熱望スル」を選んでたことにじわじわ食らっている
同調圧力ではなく自分の意思で、お国のため、故郷の家族のために…スポンサーからの圧力に対する忖度で企画を切られたとき、遠藤はそれを宮下の保身と見做して「その椅子はそんなに座り心地がいいですか」と糾弾していたけど、番組ごと潰されるわけにはいかない・チーム全員の生活がかかっているという宮下の論理って、遠藤が特攻隊への参加を「熱望」した論理の相似なんすよね
遠藤は文字通りの命が軽い時代を生きたからこそクリエイターとしての魂は死んでも守るし、映画業界の闇を先に見ているから魂を差し出す行為が許せないけど偉い人に唯々諾々の商業主義の物作りの現場に絶望したとき「こんな軟弱者達のために僕たちは戦ったのか」みたいな言い方をしたり、南少佐のお孫さんに話を聞きに行ったとき、「私も必ず諸君らの後を追う」と言って自分たちを送り出したはずなのに90代で大往生して「できるだけ長く生きることこそ死地に送り出してしまった彼らにできること」と語っていた南少佐を「都合が良い」と吐き捨てたり、生き恥を嫌う人間としてかなり一貫してるんだよな遠藤
もしも特攻隊員にならずに戦後を生きていたら三島由紀夫を愛読してそうな気配があり、反戦ものの主人公としてはだいぶ攻めてる
度々の飲酒シーンが無ければ数えで24って年齢設定を忘れそうな少年兵ぽさのある今江くんのルックスや、当時の24としてはちょっと幼くすら感じる朴訥とした好青年っぽい喋り方とかのおかげで成立してる
作品全体がナチュラル芝居寄りで落ち込んだり内向きの感情のシーンでこれ後方だと聞こえないのではと思うことがちょいちょいあったんだけど、もしTHE・舞台!って感じの声張った芝居をしていたら、途中に挿入されるインタビュー映像との馴染み以前に遠藤が共感できるキャラクターに見えなかったかもしれんこういう人間である遠藤のレンズを通した体で挿入されるインタビュー映像には出てこなかったけど、戦争だけじゃなく当時の全体主義についても戦後否定してる語り部さんもいるんでないんかな~ってところで素材やインタビュイーの選択に恣意を感じて、既に亡くなられてる方含め他の語り部さんの証言も探してみたくなった
物語を散らかさないための恣意なんだろうけど、別の資料に当たりたくなるってドキュメンタリーチームの作ったフィクションとしては大勝利かも
南少佐、言葉はキツいんだけど遠藤達を送り出すときずっと目が潤んでて、本当は若者達にあんな命令出したくないの伝わってきてすごい良かった
現代の南Pの嫌さ含めて、富田翔めちゃ素敵な役者さんだな……ラストシーン、「気持ちしだいで願いは叶う」世界や戦争の行く末を知った後、志願の場面に戻った彼は再び「熱望する」に印をつけられるのか?っていう問いなんだろうな
日本の敗戦を知っていても同じ選択をしてしまう可能性も、上官似の映画プロデューサーに現代で噛みついていたように敗戦の未来を知った視点でこんなこと辞めるべきだと上申する可能性も、どちらも残るまま終わるでも戦中の全体主義の前では、後者を選んだところで結局歴史は変わらないのも想像つくんですよね…もしもあの場で「日本は負けるから特攻は無意味」などと主張しようものなら遠藤はきっと非国民の精神異常者として死ぬことになるし、それでも爆戦は彼以外の誰かを乗せて飛び、日本は原爆を落とされるまで戦い続ける
ここまでしっかりエンタメしてたのにラストで突然不条理劇にするじゃん…(好き)
戦時下ではスポンサーとの軋轢に苦しむことさえできない
戦争って不条理な物だよなって痛みが、板の上ではなく反芻しながらの観客の帰り道で立ち上がる
胡蝶の夢的なオチ含めめちゃ好みのメタフィクションでした。終わって即円盤ポチった
国を守るため命を差し出す⇔番組を守るため信念を差し出すの対比も対比であると明言はしないし南Pが言っていた「何度も企画を持ち込んだが最終的に企画だけ盗まれた」監督志望が誰のことなのかとか、台詞の言葉だけだと断言しきれない匂わせだけの要素をいくつもばら撒いてあるから周回でそういうの拾いたさある
余談なんですけど、会場の赤坂RED/THEATER、来る度にロビーのにおいが微妙に違う気がして好きです。
芳香剤とかでつけてる感じの匂いじゃないのに、階段から既に物語のにおいがする気がする。
(『ブラよろ』のときにいつもより消毒臭が強く感じた記憶を引き摺ってる可能性はある)

