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週刊オールライター第2号 私がライターになりたいと思うわけ

 こんにちは。HISASHINJOです。今回はオールライターの第2回目、話すべき順番が創刊号と逆になってしまったかもしれませんが
「私がライターを目指す理由」
についてお話します。

1. 「会話をすること」と「文章にすること」

 私は正直言って、会話が苦手です。電話も難しいです。大学2年になった春頃からイベントなどの会場運営のアルバイトをしていますが、言葉がうまく伝わらなくて自分がパニックになって言葉が出てこず、来場された方を怒らせたり、マネージャーさんなどの上司や先輩方に宥められることは多々あります。
(実際、この記事が配信される3週間ほど前にも同様のトラブルを起こしてしまいました。)
この原因を自己分析した結果
「言いたいことがたくさん頭の中で出てきすぎて、何を言えばいいか・どのように言えば会話が成り立つのかがわからず、言葉の順序立てが出来ない」
と結論づけました。

 一方で、文章を書くことに関しては昔から褒められることがありました。といっても、文章力に長けていたというわけではなく、話すことより書くことの方が簡単(正確にはマシ)だからなのだと思います。
先ほど私は会話が苦手な理由について
「言いたいことがたくさん頭の中で出てきすぎて、何を言えばいいか・どのように言えば会話が成り立つのかがわからず、言葉の順序立てが出来ないから苦手」
と書きましたが、いざ会話の内容を文章として書いてみると
「言いたいことが可視化されることで会話をすることよりも言葉を選んだり順序立てたりすることが簡単」
と思うので、会話をすることよりも文章にすることが簡単なのかもしれません。

2. 小・中学生の頃の私

 私は小1の頃の国語の作文の授業で、その頃の担任だった小学校の恩師からとても褒められた記憶があります。なぜだかはこの時よくわかりませんでしたが、これも今考えたら
「言いたいことの可視化」
をするという作文づくりの過程が会話よりも簡単だと思うので褒められる作文が作れたのでしょう。
 それは中2の頃にも顕著に現れていました。道徳の授業で書いた人権作文が校内予選をパスして人権作文コンテストの地区予選に進出したのでした。表彰朝会で名前を呼ばれた経験がほとんどない(あったとしても中1の頃に市内の縄跳び大会にボランティアとして参加したことで感謝状が贈られて壇上で校長先生から手渡されたくらい)のでびっくりしました。
さらに同じ頃、プライベートでも褒められたことがあります。梅雨の時期、東京メトロは東京大学と共同でワークショップを開催すると発表しました。車両基地の見学や東大駒場キャンパス内で出張授業を行うというイベントです。このイベントの参加には応募人数が定員以上集まることを想定してテーマに沿った作文を書いて送ることが応募条件でした。
参加したいと思った私は作文を書いて東京メトロに送りました。そして期末テスト明けのタイミングで東京メトロから封筒が送られてきたのでした。
見事イベントに当選したのです。やはり応募は定員を大きく超えたようで作文審査になり厳正な審査の結果、私は当選者の中に選ばれたのです。つまりこれは
「作文で褒められた」
ことと同じことです。
 ですが、この頃の私は
「私自身の文章力」「会話よりも文章の方がマシである」
ということについて自覚したことは一切ありませんでした。

東京メトロのワークショップで当選した私は、丸ノ内線・銀座線の車両基地に入りました。
その時はとても嬉しかったのですが、文章力について考えたこともなかったです。

3. 高校生の頃の私

 高校の頃はクラスが外国語コースだった関係もあってもっぱら英語の文章を書かされましたが、からっきしでした。ましてや日本語の文章で褒められることや、コンクールへの応募もなかったです。そのためこれまでと同様
「私自身の文章力や会話よりも文章の方がマシであること」
について考えたこともなく、気づこうともしませんでした。そんな中、大学に入学した時に転機を迎えます。

4. 大学に入学してからの1年間に起こった転機

 大学入学後、何気ない気持ちで大手鉄道雑誌「鉄道ファン」(交友社発行)にかつて存在していた読者投稿コーナー「まい あくと、まい とりっぷ」に何通か応募したところ、なんと7ヶ月の間に3度も掲載されたのです。特に初めて載ってから2回目に載るまでの間はなんとわずか3ヶ月でした。載った時は嬉しかったですが、このような短い間に多くの応募者を押し退けてまで経験者の投稿が何回も載ることは滅多にないと思っています。
2回目の掲載が決まった時、父方の従兄弟にLINEしたところ
「すげーなw もうライターじゃんww」
と返されました。この時初めて「ライター」という言葉を意識するようになったのです。
「ライター」という言葉が頭の中をよぎり続けて4ヶ月後、3回目の掲載が決まったのでした。そしてこの時私は思い切って
「こんなにも多く載るんだったら、もしかしたらライターできるかも?だったらやってみよう」
と決心したのでした。

私の書いた記事が3度も載ることは今までない経験であり、正直言って困惑した部分もありました。

5. 大学2年の出来事 noteとの出会いと「週刊オールライター」スタート

 さらに大学2年にあがった春、単位稼ぎ目的で履修した地域密着型プロジェクトを行う集中講義においてそのプロジェクトをnote・Twitterを活用して外部に発信するグループがいたことに衝撃を受け、志願してそのグループに入りました。その過程でnoteという存在を知りました。お笑いコンビ・見取り図のボケ担当、リリーさんや、プロ野球・中日ドラゴンズの福谷浩司投手などが活用しているのをみると非常に勉強になります。前述したお2人は元々多くの人から注目されやすい職業柄であるからなのか、読みやすい文章だと思います。
そしてプロジェクト内でのグループ活動をする上で個人的にnote記事を見た結果、「これは訓練になる」と思って始めました。
でしたが、これまでは気が向いた時にしか投稿をしないスタイルだったので、多くの人から読まれないし、おまけに「ガクチカ」(学生生活で力を入れてきたこと)の経験値は足りないと考えました。そのため先週11月5日の創刊号より「週刊オールライター」をスタートさせたという流れで現在に至ります。

6. むすびにかえて

 まだまだ私は大学2年という若造で、将来について考える猶予もまだあって、社会人のなるための「執行猶予」もまだあります。そのような過程で見つけた大きな夢ですから、追いかけ続けるためにも経験値、自慢できる種は必要です。今行っているこの「週刊オールライター」をライターになるための大事な過程として位置づけたからには、最後までやり抜く所存です。

 最後までご覧いただきありがとうございました。
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また、Twitterもやっていますのでそちらのフォローもよろしくお願いします。

 次回の配信は11月19日になります。お楽しみに。

HISASHINJO Twitterアカウント

https://twitter.com/HISASHINJO

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