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トータスとの再会

20世紀末、ぼくはジョン・マッケンタイアに夢中だった。今のようにネットが発達していなかったから、色々は分からなかったけれど、トータス、シー・アンド・ケイク、トータス、シー・アンド・ケイクという呪文が頭の中でぐるぐるしていた時期があった。時期でいうと、トータスの「TNT」が出た後くらいまでのことで、そのあとの「Standards」の頃には熱が冷めていた。
そしてその後、世の中は大きく変わり、様々な情報を得られるように発達していった訳だけど、ぼくの中のトータス周りの情報はアップデートされず、そのままになっていた。
結論から言うと、ぼくは最近までトータスが何人組かすらも知らないでいたのだ。もちろん、ジョン以外のメンバー名など言わずもがなである。
そんな中、予期せずトータスのライブを見る機会があった。Festival Fruezinho2025で来日したのだ。 

ぼくはこのフェスに全幅の信頼を寄せていて、ほとんど参加メンバーが発表されない状態で早割チケットを買ってしまう。トータスの参加がアナウンスされたのも、ぼくがチケットを買った後だった。しかし、それでも「あ、知ってる人がやっと出てきた」くらいのリアクションだったのだった。
そして当日、別に狙った訳では無いのだが最前列のほぼ中央で見ることができた。写真にもあるように、手前に2台のドラムセットが対面して設置されるという特異なセッティングに驚いていると、普通にジョンが細かいセッティングをしに出てきた。(今から考えるとキング・クリムゾンは手前にドラム3台だったが)あ、そういうのは気にしない方なのね、と思っていながら眺めていると、ジョンは割とタトゥーだらけであり、これも驚きポイントであった。もっと、理系な人を想像していたのである。
しかし、よく考えたらこの人は確かハードコア上がりだったもんな、などとかんがえていると演奏が始まった。

ジョン渾身のドラミング。


第一音目から感動である。二人のドラマーとパーカッションやエレクトロのなんやかんやの人とベースとギター。こんな5人組バンドかいるだろうか?
その音楽はタイトであり、複雑であり、有機的であり、そしてなにより美しい。

驚きだったのがメンバーのマルチプレイヤーっぷりである。ギターのジェフ・パーカーを除き、全メンバーが曲ごとに担当楽器を変える。ジョンは寧ろドラムを叩く機会の方が少なかったのでは?というくらいで、アンコールの曲ではベースに徹していた。
今回のライブは知らない曲だらけだったが、唯一知っていた曲が「Standards」収録の「Seneca」である。この曲をやる前にジョンは「アメリカの自由のために」的な事を言った気がする。ライブでただ一言のMCを聞き取れない自分の英語力の低さを呪った。
そして、この演奏を一生忘れることはないと思う。まるで交響曲のフィナーレのような壮大なイントロから、CDで聴いたあの曲を余裕で超えてくる完成度で放ってきたのだ。「どうせ色々編集しているんだろう」と考えていた自分を恥じた。彼らはそのマルチプレイヤーっぷりにより、悠々とそして極めて真剣に音楽と向き合い、再現どころかその遥か向こう側に到達する表現をやってのけた。

ライブにはトータスのTシャツを着た人もいたので、「こういうものがあるなら買わねばな」と物販に行くとトータスのものは何もなかった。
家に帰って、落ち着いてトータスを聴いてみた。あれも、これも、楽器を持ち替えながらやってたんだな。この打ち込みと思ってたのはシンセドラムの人力だったんだな等、発見しかなかった。

今回は素晴らしいギタリストだと思ったジェフ・パーカーの名を覚えた。ベースの人はダグ・何某であり、ジョンを加えてメンバーの名前を3人言えるようになったが、あとの二人はまだ覚えられない。

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