《60歳くらし・仕事》還暦までの仕事経緯①〜多種多様の仕事内容
還暦になり、60年という人生を
生きてきて仕事について簡単に
振り返りをしたいと思います。
・喫茶店
・美容師
・専業主婦
・フォーマルバッグ卸メーカー
・工場の食堂員
・ペットショップ
・ダスキンホームインステッド
・ペットケアサービスルプリュ
《喫茶店〜バイト》
商業化の高校だったのでバイト
や原付、自動四輪の免許取得が
できました。
自宅部だったこともあり
夏休みや冬休みにはお洒落して
バイトに専念していました。
10代は怖いものなし&若さ満載
だったので全てが楽しく新鮮で
青春を謳歌していました。
めちゃめちゃ楽しむことが
できました。
ありがとうございました♪
《美容師〜初めての社員》
高校時代に自己主張強めだった
こともあり早く家を出て暮らし
たいと思っていました。
高校中退をして仕事がしたい
とスネていましたが全力で両親
や親せきに反対されました。
勉強以外は楽しく授業中は勉強
せずにノートにイラストを描いたり
自分流の丸文字を書いたりして
楽しんでいました。
時が経ち高校は卒業したのです
が家を出たいという願望は
消えなかったのです。
就職情報では全寮制の仕事先
を必死で探しました。
大阪
全寮制
働きながら資格取得
ワクワクするワードを見つけ
面接にむかい無事に合格。
そして生まれ育った和歌山から
居場所を変えて新たな土地
大阪で暮らすことになったのです。
全寮制の美容室から個別の寮が
ある美容室に転職もしました。
おりしも20代が、あのバブル期
全盛だったこともありパワー全開
で遊び様々な体験ができました。
大阪で仕事、遊びを経験しつつ
成長して大阪モード学園の
講師などもさせていただき
自分なりのセンスというものが
身についてきたように感じました。
そして結婚を機に退職しました。
美容師はやめても長年にわたり
家族や自分の髪をカットできた
ことは経済的に助かりました。
子供たちが兄弟でしたので10代の
頃はコミュニケーションツールと
して本当に重宝しました。
ちなみに左利きなので、ものを切る
時のハサミは左手でしか切れません。
美容師としてのハサミについては
教わる先輩方が全員、右手だった
こともあり右手使用で教わりました。
右手でのハサミ練習。
当初は葛藤やストレスなどが
入り混じり悩み多き時を過ごして
いましたが、生きるために必死で
取得しました。
そんなハサミ体験は体が覚えている
ものなのですね。
時が経過しても役にたつ業種で
大満足でした。
ありがとうございました♪
《専業主婦》
結婚、出産、子育てという専業主婦
を7年ほどしました。
この時期は何も心配することなく
幸せで平穏無事な生活でした。
兄弟だったので男の子が大好きな
ポケモンや遊戯王、ベイブレード
などのイラストをいつも子供たちに
リクエストされノートに描いてい
ました。
可愛い子供たちからの称賛の
眼差しは何とも心地よかった。
この頃に雑貨に書かれていた
カリグラフィーをみて自分で
書いてみたいと思い通信教育を
はじめました。
カリグラフィーとは西洋書道の
ことです。
長男が生まれた翌年に
阪神・淡路大震災により被災
しましたが皆んな無事で家屋の
被害などもありませんでした。
ありがとうございました♪
《旦那との有限会社フォーマルバッグ卸メーカー》
1代で築きあげた義祖父の株式会社
であるフォーマルバッグ卸メーカー
が2代目の義父の時に倒産したこと
で3代目の旦那と有限会社を設立
しました。
それまでは全く関与していない業種
だったこと、フォーマルバッグに興味
がなかったことなどもあり正直、苦痛
だったのですが子供が2人いて家族4人
が生きていくためのライスワークを
しました。
その時にフォーマルバッグのデザイン
画を描いては契約している職人さんに
サンプルバッグを制作してもらって
いました。
離婚した時に、このサンプルバッグ
は一点ものだし気に入っていたので
使わず手元に保管しています。
お金に困ったら売ろうかと考えて
いましたが、なんだか愛着があり
今では大切な思い出の品となって
います。
ありがとうございました♪
《工場の食堂員〜パート》
有限会社を設立しましたが資金繰り
に不安定だったこともあり生活が
苦しく空き時間を簡単なパートで
埋めて収入を得たいと思いました。
その前に禁煙をしました。
1日2箱は喫煙するかなりの
ヘビースモーカーだったのです。
この頃から少しずつ離婚という
ワードが頭の片隅にあったことと
パートだと自営の時のように自由に
喫煙できないからストレスがたまる
ように感じていたのです。
長年の喫煙者だったのですが
思いの外、スパッと禁煙できました。
金銭的なことや離婚した後のこと
特に体が資本なので大切にしたい
という思いが自分なりにピタッと
腑に落ちたのだろうと確信しました。
パートの優先順位は車で通勤が
できて週2〜3回、3〜4時間。
内容は工場内にある社員食堂で
社員のご飯作りや喫煙室の掃除。
仕事内容に面白さはなく本当
にライスワークでした。
時間帯はお昼前後からだったので
社員さんが食べ終わった後には
パートのぶんのご飯を食べること
ができたので助かりました。
片付けをした後は食堂で残った
お惣菜などを分けてもらえる
のです。
金銭的に苦しかったので育ち盛り
の子供たちのご飯を分けてもらえる
のは涙が出るほど嬉しかったのです。
感謝しかありませんでした。
離婚した後に継続していきたい
仕事を真剣に考えました。
たどりついた答えは
『動物関係の仕事』
答えがでたこともありお世話になった
社員食堂のパートをやめました。
ありがとうございました♪
《ペットショップ〜パート》
この頃から本格的に離婚を考えて
いましたので離婚後にむけての
生活に重きをおき仕事を選択
しようと思いました。
離婚後にやりたい仕事は決まって
いたので動物関係の仕事メインに
探しました。
そしてもうひとつ決意したことは
禁酒でした。
禁煙については問題なく継続できて
いました。社員食堂でのパートで
喫煙室の掃除の時は自分が以前、
喫煙者だったのにタバコの匂いとか
が臭いと感じていました。
今度は私にとって最大の難関で
ある禁酒に挑戦しました。
私の場合は何か不安なこと、悲しい
こと、疑問点などがあるとお酒に
たより物事自体をあいまいにして
答えを出さないまま深酒になる
という悪循環タイプでした。
離婚についてもお酒を飲んで
いる限り決意はできないと
判断しました。
今までに一生分のお酒を飲んだ感
じだったのと、やはり離婚後の
子供2人のシングルマザーになった
時の経済的なことや継続していきたい
動物関係の仕事の資格取得や勉強に
時間を使いたい思いがお酒より大き
かったので思いの外、すんなりと
禁酒できました。
仕事探しの話に戻ります。
動物関係の仕事で真っ先に
考えたのはペットショップ系
でした。
動物のことについてはほとんど
知識がなかったので事前に本を
山のように読みノートに犬種別に
まとめるという勉強をしました。
何か所かに電話して面接に行き
無事にペットショップのパート
につくことができたのです。
生体販売のあるペットショップで
働きはじめましたが徐々に自分の
理想、思考とかけ離れていきました。
そして本当に自分がやりたい動物関係
の仕事が何なのか少しずつ明確になって
きたのです。
自分にとってのやりたいことが決まった
こともあり、それにむけての資格を取得
するべく行動をはじめました。
離婚する前に準備を整え収入源を確保
してから離婚をするためにです。
2人の子供たちと生活するためには
必要なことでした。
ペットショップでは自分が動物たちと
どういう向き合いかたをして、どの
ように仕事をしていきたいのかを知る
ことができましたのでやめることに
しました。
ありがとうございました♪
《ダスキンホームインステッド〜パート》
離婚をして自分は元の姓に戻りました。
子供たちには姓を自分たちで決めて
もらいました。
10代の多感な時期だったこともあり
子供たち2人とも離婚前の姓のままに
するということになりました。
なので自分と子供たちの姓は違います
が、そんなことはどうでも良かったの
です。
子供たちと自分と一緒に暮らせる
だけで幸せでした。
そして念願のペットケアサービス
ルプリュを開業しました。
少しして動物関係での先輩から
飼育放棄のワンちゃんを保護
して里親の募集をしてほしいと
のお話がありました。
後にこのワンちゃんは自分が里親に
なり家族として暮らすことになり
ました。
開業はしたもののすぐにお客様は
つかず収入もありません。
離婚前に公正証書を司法書士さんに
作成してもらいましたが、こちらは
相手側の生活や収入、誠意によるもの
で確実なものではなかったこともあり
心配でした。
なのでペットケアサービスルプリュは
開業しつつ何かパートをして収入源を
確保しようと考えました。
そして見つけたのはシニア介護の
仕事でした。
ケアスタッフとして不定期ですが
働き収入を得ることができました。
ケアスタッフとして働いていたの
ですが会長さんからオフィススタッフ
にならないかとのお話をいただきました。
事務所は同市ではなく電車通勤に
なりますが収入はアップするので
すんなりとオフィススタッフとして
働くことになりました。
その時にシニア介護の仕事で出会った
お客様がワンちゃんを飼うことになって
ペットケアサービスルプリュの初めての
定期のお客様になってくれたのです。
嬉しくて有り難くて感動しました。
生後4ヶ月ぐらいのワンちゃんを
お世話させていただき現在16歳の
ハイシニアになりずっとお世話を
させていただいています。
本当に運命的な出会いでした。
定期のお客様ができたことで収入は
1ヶ月に30,000円ほどになりましたが
まだペットケアサービスルプリュだけ
では子供たち、保護犬との安定した
生活はできませんでしたのでシニア
介護の仕事と併用していました。
オフィススタッフとして働いていく
うちにペットケアサービスルプリュ
のほうも少しずつお客様が増えて
きてくれました。
そんなおり会長さんからオフィススタッフ
としてパートではなく正社員として働か
ないかとのお話をいただきました。
条件としてペットケアサービス
ルプリュは閉業してほしいとのこと。
収入面では正社員になるほうが
はるかに安定すると思います。
だけど
自分の答えはすでに決まっていました。
小さい頃から動物が好きでムツゴロウ
さんに憧れ念願の動物関係の仕事を
開業したこと。
このペットケアサービスルプリュと
共に生きていきたいと。
そしてその旨を伝えやめることと
なりました。
この時期に父の認知症、他界などが
ありシニア介護でつちかった知識が
大変役にたちました。
温かく、優しく接してくださり
本当に心強かったです。
ありがとうございました♪
養育費も想像していたとおり不安定
な状態でした。家裁や法テラスなど
で対策をとりましたが残念な結果
で期待をするのはやめました。
《ペットケアサービス ルプリュ〜動物取扱業責任者》
離婚してから60歳を超えて継続
している仕事になります。
離婚してコロナ禍を経験し
現在まで継続できている
ことに感謝しかありません。
次回にお話させていただきます。
