何のためのカンニング?
【カンニングをした生徒が、本当に守りたかったもの】
長年塾講師をしていると、何年経っても忘れられない出来事がいくつかあります。今日はその中の一つ、ある生徒との経験についてお話ししたいと思います。
◆ カンニングの発覚
あるとき、一人の生徒がテストでカンニングをしていることに気づきました。よく見ると、それは一度や二度のことではなく、すでに習慣になりつつあるようでした。
私はその子を呼び、正直に話をしました。「カンニングでその場の点数をしのいでも、本当の実力にはならない。むしろ、いつか自分を苦しめることになる。成績を上げたいなら、まずちゃんと自分の力でテストを受けよう」と。
その子は、意外なほど素直に話を聞いてくれました。うつむきながらも、小さくうなずいていたのを覚えています。
◆ 「お母さんには言わないで」
ただ、話の最後にその子はこう言いました。「先生、お母さんには言わないで」と。
その子の母親は、感情の起伏が大きい方でした。テストの結果に一喜一憂し、成績が下がると強い言葉で子どもを責めてしまうこともあったようです。子どもはそれを、いつも肌で感じていたのでしょう。
私はその子との約束を守り、保護者への報告はしませんでした。子どもが自分の意思で、正直にテストと向き合おうとしている。その小さな一歩を、まずは信じてあげたいと思ったからです。
◆ 守った約束の代償
カンニングをやめ、自分の実力でテストを受けるようになると、当然ながら成績は下がりました。付け焼き刃で保たれていた点数が、地に足のついた実力に置き換わるまでには、どうしても時間がかかります。それ自体は、私にとって想定の範囲内のことでした。
けれど、我が子の成績が急に下がったのを目の当たりにしたお母さんは、その原因を「塾の指導が悪いからだ」と判断してしまいました。子どもが何を乗り越えようとしていたのか、そこにどんな事情があったのかを話す機会はあまりないまま、結局その子は塾をやめることになりました。
◆ その子が守りたかったのは何だったのか
今でも、時々考えることがあります。あの子がカンニングをしてまで守りたかったのは、いったい何だったのだろうかと。
おそらくそれは、「成績」そのものではなかったのだと思います。成績が下がったときの、母親の反応が怖かったのではないでしょうか。叱られること、失望されること、家の中の空気が悪くなること——子どもにとって、それは何よりも避けたい現実だったのかもしれません。
カンニングは、単に実力を偽る行為であると同時に、子どもなりに家庭の安心を守ろうとする、必死な手段だったのではないか。そう思えてなりません。
【保護者の方へ伝えたいこと】
子どもが嘘をついたり、ごまかしたりするとき、そこには必ず理由があります。「怒られたくない」「がっかりされたくない」という気持ちが強ければ強いほど、子どもは正直でいることが難しくなっていきます。
テストの点数に一喜一憂する前に、子どもが安心して、失敗や本当の実力を見せられる関係を、ご家庭の中につくってあげてほしいと思います。それは遠回りのように見えて、実は成績を伸ばすための一番の近道だと、30年近く多くの子どもたちを見てきて感じています。
