ひらがなとクレヨン第二部
第二部 折り鶴は未来へ
第3章:初めて聞く兄の涙
「ワタァル、オフモレンシュウカ? ムリスルナヨ」
「シュパッ! パシッ!」
「シュパッ! ポンッ!」
「シュパッ! パンッ!」
「アノシュートッ…! アノチョウシナラ、モンダイナイナ」
あの日、見つけた兄の日記にあったメニューを今も欠かすことはない。
「二人が交わした約束は、時を越えて渉の胸に残り続けていた。」
そして数年後、欧州のトップチームの主力選手となった渉は、ついにクラブチャンピオンシップの決勝戦へと駒を進める。
世界中が渉に注目する中、決勝戦の【1週間前】、渉のスマホに日本の兄・航から国際電話が入る。
聞こえてきたのは、必死に涙を堪える声だった。
「……母さんが亡くなったよ。眠ったようで、穏やかだった……」
言葉を失う渉。さらに、これまで一度も聞いたことがない兄の、嗚咽(おえつ)混じりの涙が初めて漏れ聞こえる。
「最後に……『ありがとう』って、残してさ……」
それ以上言葉にならず、静かに電話は切れた。
渉はしばらく、消えたスマホの画面を見つめていた。
「お母さん…。」
渉は静かに顔を上げた。
渉はあの日、3人でこたつを囲んで折った思い出の「折り鶴」の片割れを、涙で視界を滲ませながらユニフォームの胸元に一針一針縫い付ける。
第4章:最高峰の舞台、二人の折り鶴
決勝戦当日。世界最高峰の舞台、超満員のスタジアムのピッチに渉は立っていた。
試合は事前の予想通り一進一退の攻防となり、2対2の同点のまま、ついにアディショナルタイム(AT)残り30秒を迎える。相手DFの激しいプレッシャーに、渉の足はもう限界を迎え、心が折れそうになっていた。
「ハァ ハァ…」
スタジアムのVIP席には、実家を出る時にずっとお守り代わりに持っていた「あの日の折り鶴」と「母・千海の笑顔の写真(遺影)」を胸に抱えて見守る航の姿があった。
最終章:ファーサイドネットに突き刺さる未来
無音になるスタジアム。スローモーションになるピッチの背景に、あの日のアパートで3人で折り鶴を折っていた温かい記憶と、優しく微笑んでいた母の幻影が重なる。
「ハァ、 ハァ…」
渉は迷いなく右足を振り抜いた。
「 ザッザッ タッタッタッ! シュパッ! パシ〜ン! 」
「いけぇ〜っ!!」と叫びながら、母の写真を胸に強く抱きしめる航。
放たれたシュートは、相手キーパーの手が届かない一番遠い「ファーサイドのネット」を激しく揺らした。それと同時に、試合終了を告げる長いホイッスルが響き渡る。
歓喜に沸くスタジアムの中、渉は胸の折り鶴にキスをして空を見上げた。
そして遥か高いVIP席を見上げる。
そこには、涙で顔をグシャグシャにしながらも、小さく親指を立て(サムズアップ)、照れくさそうに「フン」といつものシャイな顔で席を立つ兄の姿があった。
二人の「わたる」がそれぞれの荒波を越え、母・千海の広い海のような愛に導かれて、世界の舞台で一つになったのだった。

完
