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Frelsun《フレルスン》⑨

《9》

足音は次第に大きくなり、話し声も輪郭を帯びてきた。
ハヴェヤは指を二本立てる。
フェネシュも頷く。
ハヴェヤは弓の弦をすぐ放てるように引き、
相手の気配を慎重に伺った。

刹那、ルオアが声を上げる。

「ルディス! ウァリウス!」

柱の陰からルオアが飛び出す。
ハヴェヤとフェネシュは一瞬焦ったが、
ルオアの様子から知り合いだと判断した。

「ルオア! ルオアじゃないか!」

ルディスと呼ばれた男が声を上げる。

「なぜこんなところに……?」

もう一人の男――ウァリウスが不審げに言う。

「二人とも無事……」

ルオアが声を掛けようとした瞬間、
ルディスがその言葉を遮った。

「お前もイータ様のご加護に預かったのか?」

ルディスの笑顔はどこか邪さを含んでいた。
二人は誇らしげに首を見せる。
そこには、まだ血の滲む“イータの紋”が刻まれていた。

「ルオアもご加護をいただいたのであれば、
 この紋様を授かったはずだろう?」

二人の目は昏く、遺構の地下へ続く道のような虚無を湛えていた。

「それ以上近づかないでくれ!」

弓を番えたハヴェヤが声を上げ、柱の陰から姿を現す。

「なんだ、お前は……」

ウァリウスが、溜まりに溜まった何かを滲ませるような声で問いかける。
その声に呼応するように、二人から殺気が漏れ始めた。

「ルオア……これはどういうことだ。
 お前、イータ様のご加護をいただいたのではないのか」

ルディスは、がっかりしたような、重く圧し掛かる声で言った。
その声はルオアを圧迫するようで、
彼女の足は震え、立ち尽くすことしかできなかった。

「貴様がルオアをかどわかしたのか?」

ウァリウスがハヴェヤに問いかける。

「イータ教がまともじゃないことくらい分かるだろう。
 お前らこそ、どうかしてんじゃないのか」

ハヴェヤは声を張り、二人に向けて言い放つ。
二人は得物に手を掛け、ぶつぶつと呟き始めた。

次の瞬間、二人は地面を蹴り、
一直線にルオアへ飛び掛かった。

バァン!

二人の身体は、弓と弾丸に弾かれ、後方へ吹き飛んだ。

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……!」

左肩を撃ち抜かれたウァリウスが絶叫する。
ルディスはピクリとも動かない。
矢は正確に彼の眼球を貫いていた。

「ハヴェヤ……」

拳銃を構えたまま、フェネシュが嗜めるように呟く。

「フェネシュの拳銃ならともかく、
 弓であの勢いを止めるのは無理だ」

ハヴェヤは淡々とした口調で言い返した。

「そうだね……」

弱々しい声で答えるルオアの視線は、
悶え苦しむウァリウスと、
もう動かなくなったルディスへ向けられていた。

「貴様ら……自分が何をしたか分かっているのか!」

ウァリウスは撃ち抜かれた左腕を押さえながら、
絶叫するように声をまき散らす。

「お前らの言う“イータ”とかいう神が本当にいるなら、
 そんなことにはなっていないだろう」

ハヴェヤはウァリウスの落とした石斧を足で蹴り、
冷たい声で言い放つ。

「ルオア! お前も!」

ハヴェヤの威圧に耐えられなくなったウァリウスは、
逃げるように標的をルオアへ変えた。

その瞬間、ハヴェヤの拳が彼の右頬を打ち抜いた。

ウァリウスは投げつけられた人形のように地面へ叩きつけられ、
何度か回転し、そのまま動かなくなった。

「ハヴェヤ……」

フェネシュは再びハヴェヤを嗜めるように呟く。

「ちょっと小突いただけだ」

淡々と答えるハヴェヤ。
"小突くとは?"と疑問を抱きながらフェネシュは
ピクピクと身体を震わせるウァリウスの方を見た。


ハヴェヤはルディスの遺体を遺構の外へ運んだ。

戻ると、焚火が焚かれ、
ハヴェヤの荷物から出したロープで縛られたウァリウスが、
ぐったりとした表情で座らされていた。

「さて、ウァリウスさんだっけ。
 君は集落があんなことになったのを知ってて、
 イータ教に入信したのかい?」

フェネシュの尋問が始まっていた。

「あんなことだと?
 イータ様に捧げることで、集落の奴らも“エデン”に行けるのだ。
 現世最後の苦しみなど取るに足らん」

ウァリウスは淀みなく答えたが、その目は虚ろで焦点が定まらない。
フェネシュは深いため息をつき、首を振る。

「フェネシュ、エデンとはなんだ」

ハヴェヤが尋ねる。

「“エデン”は神が創った理想郷。
 苦しみも悲しみもない、幸せな世界ってやつ」

フェネシュは少し呆れた声で答えた。

「死んだらそこに行けるのか?」

「そんなわけない」

フェネシュは即座に答える。

「貴様ら! エデンはある!
 貴様らのような奴らは虚無へ落とされるのだ!」

二人の会話を聞いていたウァリウスが抗議の声を上げ、顔を真っ赤にする。

「彼が言っているのは、宗教で言う“天国と地獄”。
 天国がさっき話したエデン。
 地獄は罪を犯した者が落とされる場所、彼の言う"虚無"だよ」

フェネシュはハヴェヤに向けて続ける。

「信じる者は救われる。
 それが宗教の考え方なんだ」

少し悲しそうにフェネシュが呟いた。

「信じなければ救わないとか……割と自己中心的なんだな」

ハヴェヤの真剣な呟きに、フェネシュは思わず吹き出す。

「そうかもね。
 人の考える神は、そういうものなのかもしれない」

一通り話し終えると、ハヴェヤはウァリウスの後ろに立ち、
ロープを掴んで力任せに引きずり、遺構の入り口へ向かった。

「貴様! 何をする気だ!」

ウァリウスは怯えた声を上げる。

「お前の話はよくわからん。
 ただ、ルオアや俺たちに害がある。
 だから、一緒にいるわけにはいかない」

ハヴェヤは冷たい口調で答えた。

「ルオア! 助けてくれ!」

ウァリウスは唯一の知り合いであるルオアに縋るように叫ぶ。

「ウァリウス……あなたはもう、私の知っているあなたじゃない。
 叔母さんも、ルコも、ルコの子供も……みんな彼らに殺された。
 それなのに……」

ルオアは言葉を詰まらせながらも、
強い抗議の目でウァリウスを見つめた。

「ルオア!」

その叫びだけが最後に、暗い遺構の中へ響いた。



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