卵粥
風邪をひきました。
朝から喉が痛くて、会社を休みました。
社会人になってから、体調不良で仕事を休むことに少し罪悪感があります。
アパートの部屋は静かで、外の車の音だけが遠くに聞こえていました。
昼過ぎから熱が上がり、布団の中で天井を見ていました。
冷蔵庫のモーター音が、やけに大きく感じました。
ポカリを飲み終えて、ぼ〜っとしているとシンとした静けさが耳に痛いです。
このままじゃ良くならない、何か食べた方がいいとは分かっていましたが、身体がだるくて動きたくありませんでした。
「食べないと、治るものも治らない。」
ふと、祖母の声が聞こえてきた気がしました。
少し寝ていたのかもしれません。
自分を奮い立たせて台所に立つと、冷蔵庫に卵がありました。
炊飯器にご飯も少しだけ残っていました。
卵粥を作ろうと思いました。
祖母の弟子だったので、基本的な料理はできます。
ご飯を水で洗い、鍋に移して水加減を見て、弱火にするタイミングも分かります。
ただ、分量はいつも少し曖昧です。
祖母は目分量で、私はそれを横で見て覚えました。
小さな鍋に洗ったご飯と水を入れて火にかけました。
くつくつと湯気が立ち始めると、部屋の空気が少し柔らかくなりました。
祖母は中くらいの土鍋で炊いていました。
私は一人用の小さな鍋です。
サラサラだった湯が粘り気を帯びて煮立ちます。
ジィ……とその気泡が弾けるのを見続けました。
涙が少し滲みました。
湯が白くなってフツフツとしてきたら、麺つゆを少しだけ入れます。
火を止める前に、卵を溶き、鍋に回し入れました。
これは祖母のやり方でした。
「塩じゃだめ?」と聞いたことがあります。
祖母は首を振りました。
「卵は、少し甘い方がいい」と言いました。
甘い、と言っても砂糖ではありません。
麺つゆの、あの曖昧な甘さです。
椀によそい、炬燵の上に置きました。
一口食べた瞬間、祖母の台所を思い出しました。
風邪をひくと、私はいつも祖母の部屋に寝かされました。
両親は共働きで、夜まで帰りませんでした。
祖母が小さな私の世話をすっとしてくれていました。
祖母は必要な言葉を必要な分だけ話すタイプで、多くを話しませんでした。
熱があるかどうかも、あまり聞きません。
額に手を当てて、それで十分のようでした。
台所から米の煮える音が聞こえました。
ときどき蓋が揺れて、小さな音を立てました。
「もうすぐできる」
それだけ言って、祖母はまた台所に戻りました。
できあがった卵粥は、思ったより味がしっかりしていました。
塩気よりも、少しだけ甘い。
「おいしい」と言うと、祖母は頷くだけでした。
台所では祖母が師匠で、私は弟子でした。
包丁の持ち方、火加減、盛り付け。
和食も洋食も、中華も、祖母は何でも作りました。
市販で売っているようなレシピ本はほとんど見ませんでした。
私は横で手伝いながら、ところどころを覚えました。
でも熱心な弟子ではありませんでした。
分量を正確に聞いたことは、あまりありません。
熱が下がった夜、戸棚から祖母のノートを出しました。
数年前の夏に亡くなった祖母の、形見分けでもらったものです。
古い大学ノートで、表紙は少し色あせています。
卵粥のページを探しました。
そこには、
「米 一握り
(またはご飯を茶碗に軽く)
水 多め
卵 一つ
麺つゆ 少々」
とだけ書いてありました。
“少々”が、どれくらいなのかは書いていません。
私は今日、少し多めに入れたかもしれません。
椀の底に残った粥を見ながら、
祖母の味とは少し違う気がしました。
でも、どこが違うのかは分かりません。
分量なのか、火加減なのか、
それとも、あの台所の空気なのか。
鍋を洗いながら、
祖母の背中を思い出しました。
小さくて丸い背中でしたが、
台所に立つと、少しだけ大きく見えました。
私はまだ、あの味に追いついていません。
そう思うと同時に、少し怖くなりました。
祖母の味はいつまで覚えていられるんだろうか。
