第5章 静かな午後のエッセイ「プラッシーの想い出」
昭和のお米屋さんでしか買えなかった「プラッシー」。 闘病で食事が取れなかった時期、回復の合図のように口にした一本は、今も忘れられない味として残っている。 昭和の飲み物・闘病の記憶・回復の瞬間を探している人に届く、静かな午後のエッセイ。
子どもの頃、プラッシーはお米屋さんでしか手に入らない“特別な一本”だった。 コーラ瓶のようなガラスの中に、果汁のような粒が浮かんでいて、それだけで新鮮に思えた。
私にとってのプラッシーは、ただのジュースではない。 闘病で食事も喉を通らず、腹痛や嘔吐を繰り返していた時期、ようやく回復の兆しが見えた瞬間に飲むのが、決まってこの一本だった。 甘さが身体に染み込み、生き返るような感覚があった。
いまは栄養剤も飲料も豊富にある。 それでも、あの時代の貴重さと、自分の身体が確かに“戻ってきた”という実感とともに、プラッシーの味は静かに胸に残り続けている。
追伸:「あなたのペースで、ゆっくり読んでください」
👉️マガジン『効率では測れない人生の話』より
👉️「より深い人生の智慧と、60年の闘病から得た希望の全記録は、こちらのマガジンに集約しています。
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