短編小説「悠久の宵空」
夜の底をくり貫いたような、完璧な真円。
見上げる宵空に、十五夜の月がぽっかりと浮かんでいる。
肺の奥を刺すような鋭い冷気のなか、その白く発光する天体は、地上を睥睨するように重々しい沈黙を保っていた。
電飾の海も、掌で際限なく時間を溶かす小さな液晶もない時代。
かつての人々は、この圧倒的な孤独の光源を前に、何に縋り、何を語り合ったのだろうか。
闇が今よりもずっと濃く、恐ろしかった夜。星々の瞬きに神々の系譜を幻視し、身を寄せ合った影たち。
隣に立つ最愛の者の横顔を、月光が青白く、彫刻のように縁取っていく。その沈黙を破り、彼らの震える唇から零れ落ちたのは、一体どんな甘美で切実な修辞だったのか。
「永遠」だとか「運命」だとか。
現代では手垢に塗れ、すり減ってしまった言葉たちも、あの薄雲を纏った球体の下では、ひどく生々しい質量を持っていたに違いない。
風が抜け、どこかで秋の虫が鳴いている。
見上げ続ける首筋が、微かに痛む。
冷気に晒された鼻先が疼き、口内にじわりと湧き出したものを、私は静かに嚥下した。
雲の切れ間から再び顔を出したソレは、ほんのりと黄色味を帯び、どこまでも滑らかで、艶やかで——。
万葉の歌人たちが紡いだ雅な恋の歌が、脳裏を掠めては溶けていく。
風流。
ロマン。
悠久の歴史と思索の果てにたどり着いた、たったひとつの揺るぎない真理。
——あぁ、そんなことより、早く団子が食べたい。
