亡くなる前に
ご無沙汰しております。
また、日本の実家に戻ってきています。
去年、パーキンソン病の一人暮らしの母を
ロングステイのお試し期間を設けて、
施設に滞在していたのですが、結局
そのまま施設の空きが出たので
入居しました。一応、本人同意です。
が、それから色々ありまして。。。
先ずは、妄想です。。。
薬の飲み過ぎで妄想が出ていた事は
数年前にあったのですが、やめたら止まり。
けど、今回は薬を飲まなくなって半年位
経った後でした。施設の方から、
妄想が酷いので、お母様も大変だし?
レイビー小体型の認知症かもしれないから
心療内科に連れて行って検査してください、
と言われ、妹と2人で車椅子の母を載せて
病院で検査したら、いや、この年では
普通ですよ、軽い脳梗塞はしてますが。
認知もボーダーラインで、まだギリギリで
診断までは出すほどではないと、言われて
軽い精神安定剤みたいな物を処方され、
が、もう母はそれさえも、飲むのを否定。
それが去年の春の話で、私はまた
日本を去り、秋に戻って来たのですが、
顔色は悪いし、なんだろう、ここの施設は
合ってないんだわ、と思い、また色々
施設見学で走り周ったんだけれど、
現在入っているのが、特別養護老人施設で
特養と呼ばれ、特養から特養の移動は
入居の優先権の一番下に当てられてしまい、
移動出来る確率も低いと言われて。。。
取り敢えず、申し込みはしたものの。
もうあれから、半年以上が経ちましたが、
音沙汰無しです。
もうこうなったら、介護付きの老人ホームとかに入れるしかないんじゃない?
で、色々探してみましたが。
あらら。。。まあ、ピンからキリまでありますが、母の介護度が高いので
最低でも20万以上はします。
妹に相談すると、そんな所に入れて、
お母さんが長生きしたら、どうするんよ、
貯金も全部使い果たしてなくなって、足りなくなるわ、と言う。
私は母は、もう後長生きしても、数年だと
思っている。
今回の帰国で、母は1年で10キロ以上体重が減り、ろくに食事も取れておらず、
飲み込む力を失っていた。
なのに、妹は、いや、絶対長生きする、
と主張する。ウ~ン。
結局の所、私は日本に住んでないの
決断は妹の判断になってしまう。
日本に来る前も、そんなん言うんやったら
全部自分でやって、と、叩きつかれた。
そんなこんなで。。。。
10段階で食事を食べれる確率がゼロから
5になり、ここ数週間で10になって、
母は食べるようになった。
それって。。。。やっぱり、
私が帰ってきて、頻繁に訪問してるから??
と思い。。いや~じゃあ、また海外に
戻ったら、母は食べなくなるんだろうか。
わからない。
母の面会に行かない時は、実家の片付け。
去年もかなりの量で色々処分したんだけれど
今回は母が貯めていた書類。
笑う位にある。
シュレッダーにかけて、ゴミ袋に入れるんだけれど、あっという間に一杯に😅😅
ファイリングが好きな母でした。。
ってまだ生きてるけど。。
いやね、母に口を酸っぱくして言ってたんです。頼むから、物を増やさないで欲しい、
お父さんが亡くなった時も大変やったやろ?
お母さんの時は、お父さん3倍の荷物やで、頼むわ、と元気な時から言ってたのに、母は
あんたがそんな事を心配せんでもええねん
ちゃんとやるから、大丈夫
と言って、何一つ片付けず、逆に
物が増え続けて、そのまま施設へと
入ってしまった。。。。
片付けをしているのは、妹ではなく
海外から帰国した私。
父の時もそうだった。
妹は三女を妊娠していて、それどころでは
なく、私が一人走り周っていた。
私と夫の間には子供がいない。
で、今でも作らなくて良かったと、思うのだけれど、
私が将来、元気なら良いけど、病気になったりしたら、身内の誰かに任せたり頼ったりする事はないわけだから、民間のサービスを使う事になるんだろうけど。。
なんだろうな、父のアルツハイマー発症から17年、父は7年前に他界したけど、母がパーキンソン病で、いつになったら、この事で解放されるんだろう、と、やはり思う。
働き盛りの40代、50代は両親の事で一杯だったような気がする。
せめて、私は自分の子供はいないから今の両親みたいに子供に世話をお願いする事がないわけだから、良かったな、と、思う。
きっといたら、同じ様なパターンになってたかも知れないし。
早く親に亡くなって欲しいと、言ってる訳ではないんだけれど、自分のことに集中できず、ずーっと脳裏に親のことが頭にあるのは、むちゃくちゃ健康に悪いと、今頃になって気がついた昨日の母の日でした。
母は自分が100歳だと言って、
私はぶっと吹いた。いや、お母さん、
まだ78やで!! と言うと、
何言ってるの、100はもうすぐや、と言い
笑わせてくれた。本人は、どうやら本気だったようです。
パーキンソンの思考が進行している様でした。
