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夜店から、シロクマ文芸部、1177字


夜店から彼女の声が聞こえた。
「いらっしゃいませ」

思わず足が止まる。友人との約束まで一時間もあったから、ひとり、祭り会場を歩いていた。そんな時に聞こえた彼女の声。

聞き間違えるはずがない。毎日教室で聞いている大好きな声だ。

声に引き寄せられるように屋台をのぞき込む。
鉄板の前にいたのは、いかついおじさんだった。
「彼女の声でも聞こえたかい? それとも、憧れの女性の声?」

ぎくりとした。
確かに、聞こえたのは片想いの相手、春川さんの声だった。だから、焼きそばなんて食べるつもりもなかったのに、店をのぞいてしまった。

「さっきの声は?」
「この客寄せ用の天使人形さ」
おじさんは、吊るした布の人形を指さした。
「前を通りかかった人にだけ、その人の想い人の声で呼びかけるんだ」

そんな馬鹿な。そう思った時、おじさんが焼きそばを2パック差し出した。
「はい、焼きそば、二つ、千円ね」

僕は、訳もわからず、お金を出す。おじさんが笑顔で人形の頭を撫でた。
「いらっしゃいませ」

聞こえたのは、僕の声だった。録音した自分の声を聞くような、むずがゆい声。

「相良くん?」
振り返ると、そこには春川さんが立っていた。浴衣で、小さく息を弾ませている。

「バイトしてるの?」
「えっ、いや、僕は……」

言葉が出ない。おじさんは鉄板の上で麺を返しながら、にやりと笑った。
「彼はね、あんたに話があるらしいよ。裏にベンチがある。ゆっくり食べてくるといい」

「遥香たちとの約束より一時間も早く着いちゃって」
店の横の通路を歩きながら、春川さんの言葉に、僕も返す。
「僕も、翔太たちとの約束より、なぜか、一時間も早くきちゃって」

屋台の裏には、小さな広場があった。古い木のベンチが並び、そのほとんどに男女が座って焼きそばを食べながら話をしている。言葉もなく肩を並べる二人もいた。

「こんな場所、あったんだ」
「僕も初めて知った」
二人で腰を下ろす。

「話って、何?」
春川さんがぽつりと言った。
心臓が一拍、遅れて鳴る。胸の奥が熱くなった。逃げ道は、見つからなかった。

僕は深く息を吸う。
「ずっと好きだった」

春川さんは驚いたように目を丸くし、それから少し照れくさそうに笑った。

「私も」

それから、僕たちは、いろいろなことを話した。そして、お互いの友人にメッセージを送る。
『急用ができて、行けなくなった』

僕たちは手を繋ぎ、お店の横の通路から出て、お祭り会場に急ぐ。その時、鉄板の前で鼻歌を歌いながら麺を炒めるおじさんの背中が見えた。

白いものがひらりと揺れている。肩甲骨のあたりから、小さな白い翼が二枚、生えている。
おじさん――いや、キューピッドは、人形の頭を優しく撫でた。

「いらっしゃいませ」

祭りの人混みの中、店先で、また一組の男女が顔を合わせていた。男の人が声を出す。
「なぜ、君がここに? 偶然だね」

僕に気づいたキューピッドが、照れたように笑った。

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