こぶし調理ご飯、毎週ショートショートnote裏お題、410字
昭和の終わりに伝説の炊飯器・ENKA-1987が開発された。炊飯器でありながら、演歌を唄うという革新的な家電だった。炊飯中、内部のスピーカーからこぶしの効いた演歌が流れ、米粒はその情感に満ちた振動を受けて、一粒一粒ふくよかに炊き上がった。
一部の高齢者層に熱狂的な支持を受け、選曲リストには「北の宿から」「舟唄」「天城越え」など、昭和の名曲が並んだ。炊きたての湯気から、どこか演歌の哀愁に似た香りが立ちのぼると噂された。
けれど、時代は変わった。
若者たちは無音で効率的なIH炊飯器を求め、演歌という文化もまた、静かにフェードアウトしていった。
やがて、ENKA-1987は最後の一台だけを残し、姿を消した。
その一台は、家電博物館のバーチャル展示として復活した。
偶然、炊飯デモを試した若い女性が、ぼそりとつぶやいた。
「なにこれ……泣きそう」
演歌は復活しなかった。
けれど、情感だけは、新しいかたちで、誰かの中に息を吹き返していく。
(410字)
