見出し画像

「是々非々で判断」というビジネスシーンの常識が何故か出来ないSNS民

あなたの職場を思い浮かべてください。

同僚や上司、部下との会議で、誰かが「A案は良いけれど、B案は問題がある」と発言したとします。その時、その人の過去の発言を引っ張り出してきて「あなたは先月、B案に賛成していたじゃないか!一貫性がない!」と攻撃する人がいるでしょうか。

おそらく、ほとんどいないはずです。

なぜなら、まともなビジネスパーソンであれば「是々非々」で判断することが当然の常識だからです。

是々非々とは、立場や感情に左右されることなく、良いことは良い、悪いことは悪いと客観的に判断する姿勢のことです。

新しい情報が得られれば考えを改めることもあるし、一つの案件について部分的に賛成し、別の部分について反対することも当然あります。これは知的誠実性の基本中の基本であり、社会人として最低限身につけているべきスキルなのです。


ところが、SNSという場に足を踏み入れると、この当たり前の常識が通用しなくなります。特に政治的な話題においては、驚くほど多くの人々が是々非々の判断を放棄し、まるで宗教的な信念にでも支配されているかのように、一方的で偏った視点からしか物事を見ることができなくなっているのです。

この現象は決して偶然ではありません。SNSで政治について語っている人々、特にルサンチマン(怒りや恨みといった負の感情)を抱えながら日々投稿を続けている層に限って、是々非々の思考ができない傾向が顕著に現れているのです。


なぜSNSの馬鹿な人たちは是々非々ができなくなるのか

一貫性の原理という心理的な罠

この現象を理解するためには、人間の心理メカニズムについて知る必要があります。心理学者ロバート・チャルディーニが『影響力の武器』で明らかにした「一貫性の原理」が、SNS上での行動に強く影響しているのです。

一貫性の原理とは、人間が一度表明した態度や立場に沿った行動を取り続けようとする心理的傾向のことです。これは進化の過程で獲得された適応的な機能で、通常の社会生活では有益に働きます。しかし、SNSという特殊な環境では、この原理が思考の柔軟性を奪い、是々非々の判断を阻害する要因となってしまうのです。

なぜSNSでは一貫性の原理が過度に働くのでしょうか。その理由は主に三つあります。

まず第一に、デジタル記録の永続性です。SNS上での発言は半永久的に保存され、検索可能な状態で残り続けます。過去のツイートやFacebookの投稿は、いつでも誰でも簡単に遡ることができ、少しでも以前の発言と矛盾する内容を投稿すれば、すぐさま「前はこう言っていたじゃないか」と指摘されてしまいます。このような監視環境の下では、人々は一貫性を保持することを強制され、柔軟な思考を封じられてしまうのです。

第二に、承認システムの存在があります。「いいね」「リツイート」「シェア」といった機能は、同じ考えを持つ人々からの承認を可視化し、承認欲求を満たしてくれます。逆に、自分の属するクラスターと異なる意見を表明すると、フォロワーの減少や批判的なコメントという形で「罰」を受けることになります。この報酬と罰のシステムが、人々を特定の立場に固着させ、是々非々の判断を妨げているのです。

第三に、エコーチェンバー効果があります。SNSのアルゴリズムは、ユーザーの興味関心に合致した情報を優先的に表示します。その結果、似たような考えを持つ人々の投稿ばかりが目に入るようになり、異なる視点に触れる機会が減少します。このような情報環境の中では、自分の考えが絶対的に正しいという錯覚に陥りやすく、他の可能性を検討する必要性を感じなくなってしまうのです。

知性とメタ認知能力の欠如

一貫性の原理に流されることなく是々非々で判断するためには、メタ認知能力が不可欠です。メタ認知とは、自分の思考プロセスを客観的に観察し、評価する能力のことで、心理学者ジョン・フラベルによって提唱された概念です。

メタ認知能力が高い人は、「自分が今、一貫性を保つために判断を歪めていないか」「感情に流されて客観的な評価ができなくなっていないか」といったことを常に自問自答しています。つまり、自分の思考の癖やバイアスを認識し、それを修正することができるのです。

しかし、SNS上で政治について熱心に語っている人々の多くは、このメタ認知能力が不足しています。彼らは自分の判断プロセスを振り返ることよりも、即座に賛否を表明することや、味方からの承認を得ることを優先しているからです。

認知科学者ダニエル・カーネマンの研究によれば、人間の思考には「システム1(速い思考)」と「システム2(遅い思考)」の二つのモードがあります。システム1は直感的で感情的な判断を行い、システム2は論理的で熟考を要する判断を行います。政治的な話題は感情を刺激しやすいため、多くの人がシステム1に頼った判断を行いがちになります。そして、システム1による判断は、一貫性バイアスをはじめとする様々な認知バイアスの影響を受けやすいのです。

メタ認知能力が高い人は、政治的な話題であってもシステム2を意識的に働かせ、自分の感情や先入観を排して客観的な判断を行うことができます。一方、メタ認知能力が低い人は、システム1の判断に流されがちで、結果として是々非々ができなくなってしまうのです。

つまり、是々非々で判断できないということは、単なる性格や政治的な熱意の問題ではなく、根本的には知性の問題なのです。

具体的には、論理的思考能力、批判的思考能力、そして何より自分自身の思考を客観視するメタ認知能力の不足が、是々非々の欠如を招いているのです。

そもそも「まともなビジネスマン」はSNSに張り付かない

ここで重要な観点があります。

それは、そもそも論として、まともなビジネスパーソンは日中からSNSに張り付いて政治的な投稿を繰り返したりはしないということです。

優秀なビジネスパーソンの多くは、平日の昼間は本業に集中しています。会議に参加し、資料を作成し、クライアントと商談し、チームメンバーとコミュニケーションを取ることに時間を使っています。SNSで政治的な意見を発信することが、自分のキャリアや会社の利益にとってプラスになることは少ないことを理解しているからです。

また、まともなビジネスパーソンは、公の場での発言が持つリスクを適切に評価することができます。SNSでの政治的発言は、将来のビジネスチャンスを狭める可能性があることや、会社の評判に悪影響を与える可能性があることを理解しているのです。

さらに、ビジネスの世界では多様なステークホルダーと良好な関係を築くことが重要です。顧客、取引先、同僚、上司の中には様々な政治的立場の人がいるでしょう。そのような環境で働いている人は、特定の政治的立場を公然と表明することのデメリットを肌身で感じています。

一方、SNSで頻繁に政治的発言を行っている人々の多くは、このようなビジネス上の制約やリスクを考慮する必要がない状況にいるか、あるいはそれらを適切に評価する能力に欠けているかのどちらかです。

つまり、「SNS民に是々非々ができない」というよりも、「是々非々ができない残念な知性の持ち主がSNSに集まりやすい」という構造的な問題があるのです。

これは決して偶然ではありません。SNSというプラットフォームが持つ特性と、是々非々ができない人々の特性がマッチしているからこそ、このような現象が起こっているのです。


具体的事例で見る「是々非々欠如」の実態

政治クラスターでの典型的なパターン

具体的な事例を見てみましょう。X(旧Twitter)上で頻繁に政治的発言を行っているアカウントを観察すると、以下のような行動パターンが繰り返し見られます。

まず、与党支持クラスターの例です。与党が経済政策を発表した際、その内容に明らかな問題があったとしても、「素晴らしい政策だ」「野党には絶対にできない」といった擁護的なコメントが並びます。一方、同じような政策を野党が提案した場合、「財源はどうするのか」「現実的でない」といった批判が殺到します。政策の内容ではなく、「誰が提案したか」によって評価が180度変わってしまうのです。

逆に、野党支持クラスターでも同様の現象が見られます。与党の政策については、その内容に関係なく「庶民を苦しめる政策だ」「利権がらみだ」といった批判が展開され、野党の政策については無条件に支持する声が上がります。

特に興味深いのは、過去に自分が批判していた政策と同様の内容を、支持する陣営が提案した際の反応です。多くの場合、過去の自分の発言との矛盾を指摘されても、「状況が変わった」「今回は違う」といった苦しい言い訳を並べるか、あるいは指摘そのものを無視してしまいます。

ルサンチマンが生み出す歪んだ判断

SNS上で政治について語る人々の多くが抱えているルサンチマン(怒りや恨みといった負の感情)も、是々非々の判断を妨げる大きな要因となっています。

例えば、経済的な不満や社会的地位への不安を抱えている人々が、その不満を特定の政治家や政党に向けることがあります。このような場合、彼らにとって政治は「自分の不満をぶつける対象」となってしまい、客観的な政策評価の場ではなくなってしまいます。

実際に、SNS上で見られる政治的発言の多くが、政策の具体的な内容についての議論ではなく、特定の人物に対する人格攻撃や感情的な批判に終始していることがこの状況を物語っています。「○○は売国奴だ」「△△は独裁者だ」といった極端なレッテル貼りが横行し、建設的な議論が成り立たない状況になっているのです。

ビジネス界との対比

一方、ビジネスの世界では、このような感情的な判断は通用しません。

例えば、ある企業の新商品について評価する際、その企業に対して個人的に好感を持っていたとしても、商品の品質や価格、市場性について客観的に評価することが求められます。逆に、普段は競合他社であっても、良い商品やサービスがあれば、それを素直に評価し、学ぶべき点は学ぼうとします。

実際に、多くの成功している企業では、競合他社の良い取り組みを積極的に研究し、自社に取り入れようとしています。これは、感情や立場よりも事実と成果を重視する姿勢の表れです。

また、ビジネスの世界では、一つの案件について部分的に賛成し、別の部分について反対することは日常茶飯事です。「この企画のマーケティング戦略は優れているが、予算配分に問題がある」といった具合に、個別の要素ごとに評価を行うことが当たり前とされています。

このような是々非々の判断ができる人材が、ビジネスの世界では重宝され、逆にできない人材は淘汰されていくのです。つまり、ビジネスの世界には是々非々ができる人材を選別し、育成するメカニズムが働いているのです。

SNSでの炎上事例に見る知性の問題

SNSでは時折、有名人やインフルエンサーが政治的発言をして炎上する事例が見られます。これらの事例を分析すると、是々非々の判断ができない人々の特徴がより明確に浮かび上がります。

例えば、ある著名な経済学者が、与党の経済政策について専門的な観点から一部を評価し、一部を批判するバランスの取れた発言をしたとします。しかし、SNS上では「御用学者だ」「政府に買収された」といった人格攻撃が殺到し、発言の内容についての建設的な議論はほとんど行われません。

逆に、普段は野党を支持している人が、与党の政策の一部を評価する発言をした場合も、同じく「裏切り者」「転向した」といった批判が浴びせられます。

このような反応を見ると、SNS上で政治について語っている人々の多くが、発言の内容よりも「誰がどの立場から発言しているか」を重視していることがわかります。これは明らかに知性の欠如を示す行動パターンです。

専門家の意見すら受け入れられない状況

さらに深刻な問題は、その分野の専門家による客観的な分析すら、政治的立場によってフィルタリングされてしまうことです。

例えば、感染症の専門家が科学的根拠に基づいて政府の対策について評価した場合、その評価が政府に批判的であれば野党支持者から歓迎され、政府を支持する内容であれば与党支持者から歓迎されます。しかし、同じ専門家が政府の対策の一部を評価し、一部を批判するバランスの取れた見解を示した場合、どちらの陣営からも不完全な支持しか得られず、時には両方から批判されることさえあります。

これは、多くのSNSユーザーが専門知識よりも政治的立場を優先し、是々非々の判断を放棄していることの証拠です。本来であれば、専門家の知見は政治的立場を超えて尊重されるべきですが、SNS上ではそれすら機能しなくなっているのです。


まとめ。知性の問題としての「是々非々欠如」と改善への道筋

根本的な問題は知性の欠如

これまで見てきたように、SNS上で是々非々の判断ができない現象は、決して偶然や一時的な問題ではありません。これは構造的で深刻な知性の問題なのです。

まず明確にしなければならないのは、是々非々で判断できないということは、基本的な知的能力の不足を意味するということです。論理的思考能力、批判的思考能力、そして自分自身の思考プロセスを客観視するメタ認知能力の欠如が、この問題の根本にあるのです。

一貫性の原理に流されることなく、新しい情報や異なる視点を受け入れ、必要に応じて自分の考えを修正することは、知性の高い人間なら当然できることです。

逆に言えば、これができない人は、知的能力に問題があると言わざるを得ません。

SNSが知性の低い人を集める構造

SNSというプラットフォームは、残念ながら知性の低い人々を集めやすい構造を持っています

第一に、SNSでは即座の反応が求められがちです。ニュースが流れると、数分から数時間以内に何らかのコメントを発することが期待されます。このような環境では、じっくりと考えを整理し、多角的な視点から検討する時間がありません。結果として、感情的で一面的な反応が増え、是々非々の判断を行う余地がなくなってしまうのです。

第二に、SNSでは極端な意見ほど注目を集めやすいという特性があります。バランスの取れた意見よりも、強烈な批判や無条件の賛美の方が「いいね」やシェアを獲得しやすいのです。この仕組みが、是々非々よりも極端な立場を取ることを奨励してしまっています。

第三に、SNSでは同じような考えを持つ人同士がクラスターを形成しやすく、異なる意見に触れる機会が減少します。このエコーチェンバー効果により、自分の考えが絶対的に正しいという錯覚に陥りやすくなり、是々非々の必要性を感じなくなってしまうのです。

まともなビジネスパーソンとの違い

一方、まともなビジネスパーソンは、このような環境から距離を置いています。彼らは時間を有効活用し、本業に集中することの重要性を理解しています。また、公の場での発言が持つリスクを適切に評価し、不必要な対立を避ける知恵を持っています。

さらに重要なことは、ビジネスの世界で成功するためには是々非々の判断能力が不可欠だということです。感情や立場に流されずに客観的な判断を行う能力は、ビジネスパーソンにとって最も重要なスキルの一つです。この能力を持たない人は、ビジネスの世界では成功することが困難であり、結果として時間に余裕ができてSNSに向かうか、あるいは最初からビジネスの世界に適応できずにSNSに居場所を求めることになります。

つまり、「SNS民に是々非々ができない」のではなく、「是々非々ができない知性の人がSNSに集まりやすい」という構造があるのです。これは決して偶然ではありません。

改善への道筋

では、この問題を改善するためには何が必要でしょうか。

個人レベルでは、まず自分自身のメタ認知能力を向上させることが重要です。政治的な話題について発言する前に、

「自分は感情に流されていないか」

「一貫性を保つために判断を歪めていないか」

「異なる視点からも検討したか」といったことを自問自答する習慣をつけることが大切です。

また、意図的に異なる立場の情報源に触れることも重要です。自分と同じ考えの人の意見ばかりを聞いていては、視野が狭くなり、是々非々の判断ができなくなってしまいます。定期的に異なる立場のメディアを読み、異なる意見に耳を傾けることで、より客観的な判断ができるようになります。

さらに、SNSでの発言に一定のルールを設けることも有効です。例えば、「政治的な話題については24時間考えてから発言する」「批判する際は必ず代案も提示する」「人格攻撃は絶対に行わない」といったルールを自分に課すことで、より理性的な発言ができるようになります。

社会レベルでは、教育の重要性が挙げられます。批判的思考やメタ認知能力は、適切な教育によって向上させることができます。学校教育の段階から、多角的な視点で物事を考える訓練や、自分の思考プロセスを客観視する訓練を取り入れることで、将来的に是々非々の判断ができる人材を育成することが可能です。


大切なことは、SNS上でも建設的で理性的な議論ができる環境を作ることです。そのためには、是々非々で判断できる知性を持った人々がより多く参加し、感情的で一面的な発言を行う人々を相対的に少数派にしていく必要があります。

まずは問題の本質を正しく理解することから始めなければなりません。SNSで是々非々ができない現象は、単なる政治的対立やプラットフォームの問題ではなく、根本的には知性の問題であるという認識を持つことが重要です。

そして、自分自身がその知性を持っているかどうかを常に自問自答し、不足している部分があれば改善していく努力を続けることが求められます。是々非々で判断する能力は、現代社会を生きる上で必要不可欠なスキルなのです。


参考文献

  • Cialdini, R. B. (2001). Influence: Science and Practice (4th ed.). Allyn & Bacon.

  • Festinger, L. (1957). A Theory of Cognitive Dissonance. Stanford University Press.

  • Flavell, J. H. (1979). Metacognition and cognitive monitoring: A new area of cognitive-developmental inquiry. American Psychologist, 34(10), 906-911.

  • Kahneman, D. (2011). Thinking, Fast and Slow. Farrar, Straus and Giroux.

  • Iyengar, S., & Krupenkin, M. (2018). The strengthening of partisan affect. Political Psychology, 39(S1), 201-218.



いいなと思ったら応援しよう!