信頼は更新しなくていい。大人になってからの「真の友達」について。
「大人になると友達作りは難しい」
よく聞くし
僕もそう思う派だ
正確に言うと
「友達を作る」のが難しいというより
「友達のままでいる」のが難しい
予定が合わない
生活リズムが違う
住んでいる街も違う
昔は同じ教室に放り込まれていただけで
勝手に仲良くなれたのに
今はそうはいかない
会わない期間が続くと
関係はいつの間にか
“ただの知り合い”に戻っていく
それは劇的な別れじゃない
契約更新を忘れたみたいに
静かに圏外になっていく感じだ
こないだ僕は
自分のHPを作っていた
思っていたよりずっとやることが多くて
大変な作業だった
文章を整える
写真の見え方を合わせる
リンクが飛ばない
余白のバランスが気持ち悪い
細かいことばかりなのに
その細かさが積み重なると
人はちゃんと疲れる
そのとき
とある友達がものすごく手伝ってくれた
一緒に画面を見て
調べて直して
また確認してくれた
しかも無償で
さすがに申し訳なくなって
「なんでそこまでしてくれるの?」と聞いてみた
恩着せがましくしたい感じでもないし
見返りを期待している雰囲気でもない
ただ、理由が知りたかった
その友達はさらっと言った
「真の友達って、そういうもんじゃない?」
“真の友達”
急に道徳の教科書みたいな単語なのに
なぜか嫌じゃなかった
それは
「損得じゃなく、信頼が先にある関係」
みたいな意味らしく
その言葉は僕の心に静かに届いた
そして今日
別の友達と電話していた
新年ということもあって
「来年はどんな出会いがあるだろうね」
みたいな電話
彼は
僕が少し難しい日本語を喋っても
変な嫌悪感を抱かない相手だ
むしろ面白がって拾ってくれるタイプ
だから僕は思い切って
「真の友達」の話をしてみた
概念を口に出すのはいつも怖い
言葉にした瞬間
軽くなってしまう気がするし
「真」とか言い始めると
急に面倒な人っぽい
でもその友達とは
そういう関係になれたらいいなと思っている
だから渡してみたかった
話しているうちに彼から
アンソニー・ギデンズという社会学者の名前を教えてもらった
調べてみると
近現代になるにつれて人間関係は
「条件のもとで成り立ち、更新されていく」
ようになる、という話が出てくる
更新制
便利で
自由で
合理的で
たしかに現代っぽい
でも僕が欲しいのは
たぶんそっちじゃない
条件やメリットが入口になることはある
むしろそれが普通だと思う
いきなり無条件の信頼で始まる関係なんて
たぶんほとんどない
ただ、いつか
その先で
「この人とは終わらせない前提で付き合いたい」
と思える相手が増えたらいい
そして
そういう概念を共有できる人に出会いたい
僕は本気で思っている
僕には小学校からの親友が二人いる
一人は
小学一年生のときから同じクラスだった
彼がサッカーをしていたから
僕もサッカーを始めた
彼はすごく勉強ができて
僕は悔しくて
勝手に追いかけた
高校も大学も違ったのに
不思議とお互いを意識しながら
より良い自分を目指してきた気がする
あの競争心は
たぶん彼がくれた
もう一人は
小学校高学年から中学校の間に
ずっと一緒にいた
そいつは多彩で
昔からおしゃれだった
幼いながら
近所のジャスコ(現イオン)で
自分で服を選んでいた
初売りでは
僕の知らないブランドの福袋を買うために
朝から並んで
一緒に寒さに耐えた
今思うと
あの頃の僕にとって彼は
世界の広げ方を知っている先輩みたいだった
社会も
センスも
たぶん彼にかなり鍛えられた
今
その二人と会うのは
年に一回あるかどうかだ
それでも心の底から愛しているし
頻度は関係ないと思っている
今後も仲良くしていきたい
あの二人との信頼は
少年時代の“同じ時間”が
勝手に分厚くしてくれた
同じ教室にいて
同じ季節を何回も一緒に過ごして
喧嘩もして
仲直りもして
くだらないことで笑って
そういう積み重ねが
信頼の土台になった
大人になると
あれが簡単じゃなくなる
時間も偶然も
そんなに降ってこない
だからこそ僕は
「真の友達」という言葉が嬉しかったのだと思う
信頼を
偶然じゃなく
意識して育てたいと思えたから
更新されて消えていく関係の中で
残るものが少しでも増えたらいい
そんなことを
新年の電話のあとに考えていた
もう一度言う
信頼は、更新制じゃない
退去届なんて出した覚えはないのだから
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