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【オンバンクツ】ムッシュとショーケン

3月1日、ムッシュかまやつ 9回忌。(1939-2017)
3月26日、萩原健一 7回忌。(1950-2019)

何度も云ってるかと思いますが、特別に愛してるお二方です。
つまり僕は3月始まりから終わりまで、ずっと弔い月間となるのです。
方やGSブームの火付け役"ザ・スパイダース"、方や"ザ・タイガース"と共にその後を引き継ぐ"ザ・テンプターズ"
田邊昭知(スパイダース)がホリプロ内の片隅を間借りする形で設立したスパイダクション(現:田辺エージェンシー)にスカウトされ、「ザ・スパイダースの弟分バンド」として売り出されたという経緯もあった。

ムッシュの芸歴は長い。父はジャズシンガーのティーブ釜萢。
米軍キャンプのJAZZから始まり、50年代後期ウェスタン&ロカビリーブーム、“ロカビリー三人男”に対して"三人ひろし"で売り出す(守屋浩、水原弘、井上ひろし、後に加わる)
しかし鳴かず飛ばずで、映画のちょい役(赤木圭一郎の事故現場での経緯は強烈)や謎の歌謡曲など連発(『俺の歌を聞いてくれ(1960)』を聞いてください)遂には海外逃亡を企てた。
そこで出会ったのがマージービート、リバプール・サウンド、ビートルズを筆頭にアニマルズ、ストーンズなどいち早くキャッチした。そこには、8人目のスパイダース"福澤幸雄"(レーサー&モデル)の存在も重要だ。
こうして日本初のグループサウンズ(GS) "ザ・スパイダース"が誕生するのである。
解散後70年には、ソロ『ムッシュー/かまやつひろしの世界』発売、世界初の"一人多重録音"アルバムである。(P.マッカートニーよりも2ヶ月早し)
さて更にフォークブームに乗っかり、よしだたくろう「我が良き友よ」とヒットも放ち、数々のユニットを立ち上げていく。
"ウォッカ・コリンズ" ~ フュージョンAORへの接近、若手バンドとのコラボ、もう時代を飛び越え活動する。
90年代渋谷系にリスペクトされ「ゴロワーズを吸ったことがあるかい」が再評価される。
2002年小西康陽プロデュースアルバムより、福澤幸雄へ捧げた"So Long, Sachio"リメイク
"So Long 20世紀"を聴いてください。
ムッシュ・フェバリット、様々な単語が飛び交う、イカしたナンバーです。

ムッシュとショーケンの関係はどうだったのだろうか?
接点はいくつかの関連曲くらいしか見つからないが、井上堯之(スパイダース)がジュリーと同じく前面バックアップしてるショーケンなので、やはりずっと音楽の先輩でいたのかも知れない。(PYGに誘われなかったムッシュは嫉妬してる?)

ムッシュは"ザ・テンプターズ"に『都会の中で('69)』という曲を書いている。
後にセルフリメイクし、(詞は彼の奥さんが書いてる)『長い夜』
『かまやつひろしの世界('70)』で発表しています。
聴き比べてみてください。

更に、スターであることを痛烈に皮肉ったと云われ、職業差別として放送禁止曲となった
ショーケン作詞『豚ごろしの歌('70)』です。

かまやつひろし - 近頃のネコ('73)
ムッシュはこんなおとぼけソングが似合う。
スパイダースの名曲「バンバンバン」「なんとなくなんとなく」
思わず笑っちゃう「恋のドクター」「エレクトリックおばあちゃん」
それにどこか達観してるかのような「あの時君は若かった」
「やつらの足音のバラード」は哲学さえ感じてしまう。

ムッシュ!プレイリスト。で、Enjoy!!!

駆け足で偉大なるムッシュかまやつを振り返ってみました。
3月1日には献杯です。
それではまた次回、
May the vinyl be with you!!!

RIP.ムッシュ #1b1 #stencil