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繊維工芸に関する無形文化遺産(東南アジア編)

赤道直下の島々とインドシナ半島に広がる東南アジアは、熱帯の植物繊維や染料に恵まれた土地であり、ろうけつ染めから手織りの布、繊維を編んだ袋まで、実に多彩な繊維工芸文化を育んできました。王侯貴族の衣装として発展したものもあれば、日常の暮らしを支える実用品として今も生き続けているものもあります。


インドネシア・バティック

登録名:Indonesian Batik
登録年:2009
申請国:インドネシア

Indonesian Batik

2009年に代表リストに登録された、インドネシアを代表する染織技術です。バティックはインドネシアの人々の人生の節目すべてに関わっており、幸運を願う模様をあしらった布で乳児を抱いたり、死者を経帷子として包んだりする慣習があります。婚礼や妊娠の祝い、ワヤン(影絵人形芝居)の衣装にも用いられ、王家の儀礼用バティックを火山に投じる儀式など、特別な役割を担う場面も存在します。技法としては、熱した蝋で布に模様を描き、蝋が防染剤として働く性質を利用して染色する「ろうけつ染め」が用いられ、一色ごとに蝋を洗い落として次の色を染めるという工程を繰り返します。文様にはアラビア文字装飾やヨーロッパの花束、中国の鳳凰、日本の桜、インドやペルシャの孔雀など、多様な外来文化の影響が見て取れます。家族の中で代々受け継がれることの多いこの工芸は、インドネシアの人々の文化的アイデンティティと分かちがたく結びついています。

インドネシア・バティックの教育訓練プログラム

登録名:Education and training in Indonesian Batik intangible cultural heritage for elementary, junior, senior, vocational school and polytechnic students, in collaboration with the Batik Museum in Pekalongan
登録年:2009
申請国:インドネシア
リスト:ベストプラクティス

Education and training in Indonesian Batik intangible cultural heritage for elementary, junior, senior, vocational school and polytechnic students, in collaboration with the Batik Museum in Pekalongan

インドネシアのろうけつ染め布「バティック」は、19世紀初頭からジャワ島を中心に代々受け継がれてきた技術ですが、若い世代の関心の低下が課題視されるようになりました。こうした状況を受け、ペカロンガンのバティック博物館が2005年に立ち上げたのが、小学校から高校、職業学校、さらにはポリテクニックに至るまでの各教育段階にバティック文化を「郷土教育」として組み込む取り組みです。2009年に「ベストプラクティス」に記載されたこのプログラムは、ペカロンガン市を皮切りに周辺のバタン、ペマラン、テガルの各県にも拡大しており、評価を通じてその効果も実証されています。次世代への技術継承と、教育課程における無形文化遺産の正当な位置づけの確立という、二つの目標を同時に達成する好例といえます。

パプア族の編みバッグ「ノケン」

登録名:Noken multifunctional knotted or woven bag, handcraft of the people of Papua
登録年:2012
申請国:インドネシア
リスト:緊急保護リスト

Noken multifunctional knotted or woven bag, handcraft of the people of Papua

2012年に緊急保護リストに記載された、インドネシアのパプア州・西パプア州で作られる結び目編みのバッグです。男女ともに、農産物や漁獲物、薪、赤ん坊や小動物の運搬から買い物、収納まで幅広い用途に用い、伝統的な祭事の際に身に着けたり、和平の贈り物として用いられたりすることもあります。制作方法は地域によって異なりますが、一般的には特定の低木の枝や樹皮を火であぶって水に浸し、残った繊維を乾燥させて丈夫な糸に紡ぎ、天然染料で色をつけたのち、手で結んで様々な柄や大きさのバッグに仕上げます。習得には数か月を要する高度な手業ですが、担い手の減少が進んでおり、工場製バッグとの競合や伝統的な原材料の入手困難、そして文化的価値観の変化などが、この技術の存続を脅かす要因となっています。

ソンケット

登録名:Songket
登録年:2021
申請国:マレーシア

Songket

2021年に代表リストに登録された、マレー半島とサラワクの女性たちが手がける伝統的な織物です。「ソンケット」とは、地の織り糸の間に金糸や銀糸を挿し込んでいく装飾的な織り技法を指す言葉で、追加の糸が色鮮やかな織地の上に浮き上がって見える華やかな効果を生み出します。「ケック」と呼ばれる2ペダル式の伝統的な地機を用い、熟練した職人による数か月がかりの作業を経て仕上げられます。16世紀にまで遡るこの技術は世代を超えて受け継がれ、幾何学模様や花・鳥・昆虫といった有機的なモチーフが特徴的な意匠を形作っています。かつては王族とその家族のみが着用を許された織物でしたが、現在ではマレー系の人々の間で婚礼や戴冠式、出産祝い、祝祭、公式行事など幅広い場面で用いられています。織り自体は伝統的に女性の仕事とされる一方、織機の製作には男性も携わっています。

タイス

登録名:Tais, traditional textile
登録年:2021
申請国:東ティモール
リスト:緊急保護リスト

Tais, traditional textile

2021年に緊急保護リストに記載された、東ティモールの手織り布です。装飾用途のほか、男女それぞれに固有の様式を持つ民族衣装の生地としても用いられ、新生児を迎える儀礼や伝統的な祭事・祝祭にも欠かせない存在です。色や文様は集団ごとに異なり、出身地や社会階層を示す文化的アイデンティティの表現手段としての役割も担っています。婚資や家族間の絆を強める贈答品として、価値ある品物としても扱われます。天然植物で染めた綿を用い、簡素な道具で織られますが、綿の準備・染色・織りに至る工程は複雑で時間を要します。男性が染料用の植物採取や道具作りに関わることはあっても、タイスの製作自体は女性の役割とされ、次世代への技術継承も女性が担っています。若い世代の間で近代的な衣服が好まれる傾向や、地場の手作り素材が工業製品に置き換わっていることなどが、この技術の存続を脅かしています。

ラーオ族社会のナーガ文様織りの伝統工芸

登録名:Traditional craft of Naga motif weaving in Lao communities
登録年:2023
申請国:ラオス

Traditional craft of Naga motif weaving in Lao communities

2023年に代表リストに登録された、川に棲むとされる伝説上の蛇の姿をした聖なる生き物「ナーガ」の文様を織り込む技術です。ラオスの人々はナーガを自分たちを見守る祖先と捉え、敬意を表すためにこの文様を様々な物、とりわけ織物にあしらってきました。伝統的な木製の織機を用い、刺繍や捺染ではなく織りの工程そのもので文様を生み出す点が特徴です。絹や絹オーガンジー、綿などの素材に、ナーガの胴体を白や単色で、鶏冠部分を鮮やかな色で織り出すことで、この生き物が持つとされる超自然的な力が象徴的に表現されます。何世紀も続くこの技術は家庭内で非公式に伝えられるほか、職業訓練センターや文化センター、大学でも教えられています。新生児用の毛布や抱っこ布で邪気を払ったり、婚礼衣装に織り込んで祝福を祈ったりと、人の一生を通じて様々な場面で用いられ、女性の中には死に際して身にまとうための布をあらかじめ準備する人もいるといいます。

アクラン州のピニャ織り

登録名:Aklan piña handloom weaving
登録年:2023
申請国:フィリピン

Aklan piña handloom weaving

2023年に代表リストに登録された、パイナップルの葉の繊維から作られる織物「ピニャ」の手織り技術です。特定の品種のパイナップルの葉を農家が収穫し、繊維を手作業で取り出したのち、古い硬貨の重さを基準にした独自の計量法で繊維を量り分けます。技術は主に家庭内で、子どもが年長者の栽培や織りの様子を見て育ちながら習得するほか、地域社会と政府が連携して設立した「生きた伝統の学校」を通じても継承されています。ピニャはフィリピンの伝統織物の中でも特に格式が高いとされ、フォーマルな衣装に用いられる生地として強い誇りとアイデンティティの象徴となっており、伝統的な意匠を守りながらも新たな柄が絶えず生み出される、革新の場としても機能しています。地域社会の生計を支え、社会的・経済的な自立を後押しする存在でもあります。

クラマに関する文化的慣習と表現

登録名:Cultural practices and expressions linked to Krama, a traditional woven textile in Cambodia
登録年:2024
申請国:カンボジア

Cultural practices and expressions linked to Krama, a traditional woven textile in Cambodia

2024年に代表リストに登録された、カンボジアの日常生活に深く根ざした格子柄の織物「クラマ」です。綿または絹で織られた長方形の布で、白・黄・赤・青の染料はすべて天然の植物や昆虫から採られ、伝統的な手織機で織り上げられます。スカーフやベルト、毛布、頭巾、腰布、装飾布、子ども用のハンモックなど日常のあらゆる場面で用いられるほか、儀礼や祭事、調理や医療の場面にも登場する、まさに社会文化の要となる存在です。製作は主に女性が担いますが、綿の栽培・収穫や染料の採集、織機の整備には男性も関わります。かつては多くの女性が織り方を身につけ、娘へと伝えていましたが、近年は専門の生産者集団が生産の主体となりつつあり、教育機関による研修や講習も技術継承の重要な担い手となっています。クラマの生産工程全体が協働に基づいており、社会的結束や和解の促進、カンボジアの社会的・文化的アイデンティティの形成に寄与しています。

まとめ

今回ご紹介した8件の登録物からは、東南アジア地域の織物・編物文化に見られるいくつかの興味深い特徴が浮かび上がります。第一に、バティックの教育プログラムに象徴されるように、家庭内伝承だけでなく学校教育や職業訓練機関を通じた組織的な継承の取り組みが目立つ点です。ノケンやピニャ織りの事例でも、公的な制度やコミュニティ主導の学びの場が、家庭内伝承を補完する重要な役割を果たしています。

第二に、多くの織物が人の一生の節目―誕生、婚礼、そして死―と深く結びついている点も共通しています。バティックの経帷子、ナーガ文様織りの新生児用毛布や死装束、タイスの婚資としての役割などは、いずれも織物が単なる実用品を超えて人生儀礼の一部となっていることを示しています。

第三に、担い手の性別分担のあり方も地域や技法によって多様です。ソンケットやタイス、ナーガ文様織りでは織りそのものが女性の役割とされる一方、男性は道具作りや原材料の調達を担うという分業が広く見られますが、クラマのように専門生産者集団への移行が進みつつある事例もあり、社会構造の変化が伝統技術の継承のあり方にも影響を及ぼしていることがうかがえます。

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