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敬老の日

敬老の日、今年は9月21日らしい。

昔は9月15日だった。

私はこういう、祝日を月曜日に動かして無理やり三連休にする制度があまり好きではない。みんな一斉に休みにしたら、旅行代は高くなるし、どこへ行っても混む。飛び石なら、そこに有休を入れて人とずらして旅行しても良いし、いい中休みというのも悪くない。

まあ、それはともかく、敬老の日である。

国の統計では、65歳以上を高齢者としている。今の65歳をつかまえて、

「敬老の日なので、今日はあなたを敬います」

と言ったら、怒る人も出てきそうである。私が幼かった頃は、60歳といえばちゃんと「おじいちゃん」「おばあちゃん」だった。
30年くらい前でも、70代、80代と聞けば、「お元気ですねえ」という感じが今よりずっとあった気がする。長生きすること自体に、もう少し特別感があった。

今は高齢者が増え、長生きする人も増えた。

敬老の日の時期になると、テレビでは高齢者人口や100歳以上の人数が紹介される。そして、医療費、年金、介護、社会保障費の問題が語られる。テレビや動画を見ているうちに、ときどき、「長生きしやがって」みたいな空気を感じることがある。

もちろん、高齢者が増えれば社会保障費は膨らむし、家族を介護している人、医療・介護関係者は日々大変だと思う。毎日の生活が介護に左右されている人に、「敬老の日なんだから感謝しましょう」なんて、私は言えない。私はまだ、家族の介護に携わっていないし、介護の苦労を知らない。
だったら、少なくとも苦労知らずの私くらいは、「長生き、おめでとう」の気持ちでいようと思っている。

一年に一日くらい、高齢者が増えて大変だとか、社会保障費がどうだとか、そういう話はいったん横に置いてもいいんじゃないか。

時々、ものすごく高齢の人を見ると、「この人はいったい何年生きて、どんな人生だったんだろう」と思うことがある。その年代なら、結婚、進学、仕事も今とはずいぶん事情が違ったはずだ。本人の意思だけではどうにもならないこともあっただろうし、戦争を知っている人もいる。

父方の曾祖母の話を思い出す。

ひいおばあちゃんは、ほとんど病院にかからず、亡くなる前にようやく病院にかかり、そこで「もう長くない」という話になったという。生きていたら、120歳くらいの年齢になる。

そんなに頑丈な人だったのか。
それとも、自分のことを後回しにして生きていたのか。
今となってはわからない。

母は、父方の親族についてあまり良いことを言わないが、このひいおばあちゃんについては珍しく評価が高い。
私たち家族が父の家に越してきた頃、ひいおばあちゃんも同居していた。そして越して間もない時、ひいおばあちゃんは母に、自分が寝たきりになったときのために用意してあるものを見せたそうだ。古い浴衣か何かをほどいて作った、今でいうおむつのようなものなど、諸々である。

「自分が寝たきりになったら、これを使ってくれ」そんな説明までしたらしい。

もう50年近く前の話である。今なら大人用のおむつも介護用品も普通に売っているが、当時はそうではない。今ほど介護が長期化することも想定されていなかっただろう。

「終活」なんて言葉ができる、ずっと前の話である。
今なら終活というと、葬儀やお墓、相続、身の回りの整理などを思い浮かべるけれど、自分が寝たきりになったときの準備だって、立派な終活だと思う。

ひいおばあちゃんは、田舎で一生を暮らした、特別な肩書きもないごく普通の女性だった。でも、こういう話を聞くと、たしなみのある人だったのだと思う。

私は、こういう人を尊敬するし、かっこいいと思う。

自分もいつか老いるし、寝たきりになったときには誰かの手を借りることになる。そこまで考えて、自分でできる準備していた。

結局、長い介護生活を送ることもなく亡くなった。

私はもう、父方にも母方にも祖父母がいない。父もいない。
その父は、なかなかどうしようもない人で、亡くなる前、私とは距離があった。そんな私が最近、ふと思った。

父は、孫から敬老の日に何かしてもらったことがあったのだろうか。

あったのかなあ。

そんなこと、父が生きているときには考えたこともなかった。
自分を棚に上げて勝手である。

年を取ったからといって、みんな立派な人になるわけではない。長生きしただけで無条件に敬え、と言われても困る。

これから私も、身近な人の介護で苦労することがあるかもしれない。そのときにも同じことが言えるかどうかは、わからない。

だったら、まだ言えるうちに言っておきたい。

長生き、おめでとう。
いろいろ、ありがとう。

敬老の日くらい、それでいいんじゃないか。

左に写っているのが曾祖母です。

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