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【短編小説】『雨宿りは、迷い森のログハウスで』#1 白と黒が入り混じって、パンダみたいなもの

『雨宿りは、迷い森のログハウスで』#1
白と黒が入り混じって、パンダみたいなもの 
あらすじ

急な豪雨に見舞われた「私」は、森の中にひっそりと佇むログハウス風の喫茶店へ逃げ込む。
そこで迎えてくれたのは、上品な白髪の女性店主だった。
温かいローズヒップティーを飲みながら、店主が放ったのは「今のあなたは、白と黒の心が入り混じったパンダのよう」という不思議な言葉。
その瞬間、「私」は強烈な既視感に襲われる。それは、理想と本音の狭間で悩み、自分を嫌悪していた「私」自身がかつて吐露した言葉だった。
ここは心に迷いがある者だけが辿り着ける場所。店主の優しい言葉に導かれ、凍りついた心が解けた「私」が店を後にし振り返ると、そこにはもう、ログハウスの影も形もなかった。


その喫茶店は、海が有名な街にあった。
しかし、海からは遠く、山側の森の中にひっそりと佇んでいた。

この街と言えば、海、そしてサーフィンが有名なのに。

ここの店主は海が嫌いなのだろうか?

学校帰りにいつも店の前を通るたびに思った。

そして、いつも、きっと森が好きなんだろうな。

と勝手に納得しながら通り過ぎていく。 


その喫茶店は、ログハウス風のデザインで、

木の色に、深い緑の扉。

アプローチにたくさんのお花が植えられ、初夏になるとバラのアーチが誕生する。

緑が好きな人なら憧れるような佇まいだ。


ある日、学校からの帰り道、その喫茶店の目の前で雨に降られた。

海が近い街は天気が変わりやすい。

折りたたみ傘はいつも持ち歩いていたのに今日は持っていなかった。

天気予報で天気が崩れると朝のニュースでもやっていたのに、その日はなぜか勝手に大丈夫だと思ってしまった。


目の前に、気になっていたその喫茶店がある。

私は雨宿りがてら入ってみることにした。


アプローチのお花達は雨に打たれながら

「早く入りなー、びしょ濡れになるよー」

と私を急かしているように揺れていた。


真鍮のシンプルな装飾が、手入れの行き届いた清潔感を感じさせるドアノブに手をかけようとした瞬間、扉が自動ドアのように開いた。

外開きと思いきや、珍しく内開きの扉だった。

勢い余って飛び込むような形で滑り込むと、
扉の裏から、白髪混じりの上品な初老の女性が声をかけてきた。

「いらっしゃいませ」

優しく上品な声だった。

紺色に青い花の描かれたふわふわとした七分袖のワンピースがとても似合っていた。

もし、私が同じくらいの年になったら、こんな感じの人になれていたらいいな、と思えるような素敵な歳の重ね方をした女性だった。

祖母よりは若く、祖母より品があるのにも関わらず、どことなく祖母に似ていると思った。

私が目を丸くしていると、

「ごめんなさいね、びっくりさせてしまったわね。ちょうど雨が酷くなって来たから、様子を見ようとしたら、あなたが駆けてくるのが見えたのよ」

ふわりと笑って、カウンター奥の席の方を指を揃えて指し示した。

「あちらのお席へどうぞ」


お店の中は薄暗かった。

ロウソクの明かりや、アンティークショップにおいてそうな古いランプなどが、数カ所に置かれ、 
店内を照らしていた。

カウンター席が6席に、4人掛けのテーブルが3つ。

思っていたより広く感じた。


私が席に着くと、

「はい、これ、メニューよ」

と言って、水とメニューをカウンター越しに渡してきた。


私がメニューを見ながら、何を頼もうか悩んでいると

「疲れた顔してるわね、急な雨に降られたからかしら?そうね…ローズヒップティーでも飲む?」

そう提案された。

確かにそんな気分だった。

お願いします。と小さな声で言った。


「はい、お待ちくださいね」

店主は奥のキッチンへと行った。


他に客はいなかった。

外の雨の音が大きく、激しさを物語っていた。

窓に打ちつける雨をぼーっと見ながら、その奥の森の緑の濃さに見惚れていた。

こんな場所あったんだ…。

やっと思考が戻ってきた。


雨の音に混ざり、奥からたまにカチャっという食器の音が聞こえてくる。


暗い空間で、雨の音だけに耳を澄ませるなんて、何か月ぶりだろうか。

私は、細部まで店主の美意識が宿った店内をキョロキョロと観察した。

木でできた窓枠にはめられたガラスの1カ所はステンドグラスで出来ていたり、
棚の上のガラスの置物や、花瓶、アンティークの置き時計。

壁にはこの街の海だろうか、遠くにぽつぽつとサーファー達が浮かんでいるのが、写った、白黒の写真が飾られていた。


カチャ…

食器の音で我に返る。


店主が奥からトレーを持ってきた。

カウンターの上に、金縁のティーカップとソーサーが置かれる。 これも、この店にふさわしい気品漂うものだ。

横に、ガラスのティーポットが置かれた。

さらにその横に、ティーポットとお揃いの柄のシュガーポットが並べられた。

「お待たせしました。お好みでお砂糖を入れてくださいね。ごゆっくりどうぞ」

そう言うと、店主はトレーを置きに奥へと戻った。

ティーポットの中で、乾燥したローズヒップが踊りながら、透明なお湯をゆっくりと淡いピンク色に染めていく。

それがあまりに綺麗で、吸い込まれるように見入っていると、いつの間にか店主が戻ってきていた。

そして、

「どうぞ」

と、ティーポットを持ち上げた。

注ぎ口からピンクの液体が湯気を纏いながらカップに注がれていくのを見ながら、

この光景、見たことがある…

とても不思議な感覚に陥った。

よくあるデジャブだと思った。


注がれたローズヒップティーを眺めながら、私は消えそうな声で呟いた。

「私は……生きているの?」


店主はカウンターの向かいに腰をかけた。

そして、ふぅ…と小さく息を吐くと

「そうね…正直に言うと、生きているようなものよ。」

と言った。

「ここはね、心に迷いがある人だけが見えて、訪れる事ができる場所なの」 

店主がそう口にした瞬間、それまで窓を叩いていた激しい豪雨の音が、まるで遠い世界の出来事のように聞こえなくなった。

店内には、ロウソクの芯のジリジリと焼ける音さえ聞こえそうなほどの、深い静寂が訪れる。 

その静かな空気の中で、店主は、目を細めると、真っ直ぐに私を見た。

「黒い心と、それを認めないように白い心が戦っているのね。それが入り混じってパンダのようよ……ふふふ」

 その言葉を聞いた瞬間、頭の中に風が吹いた。 

 デジャブじゃない。 


それは、私が言った言葉だ。 


 仲良くしたいのに、友達の嫌な部分ばかりが目に付いてしまう。

良いものを見ても聞いても素直に受け入れる事ができない。天の邪鬼な心が邪魔をする。

そんな自分も嫌いで、真っ黒な気持ちを真っ白な理想で塗りつぶそうとして、結局ぐちゃぐちゃになっていた。


 私はティーカップを手に取った。 


指先に伝わる温もりが、凍りついていた感覚をゆっくりと溶かしていく。 

一口飲むと、さわやかな酸味が舌の上から体の中へと流れ込んだ。 

 そうだった。 あの時も、同じように悩んでいた。

 『黒い自分と白い自分が戦って、入り乱れて、もし私の頭の中を見ることができるなら、きっとパンダみたいに見えるんだろうな。』 

そう言った。この場所で。 

 そして、それを聞いた店主が、笑ったんだ。

 私もつられて笑ったんだ。

 悩んでいたのに。なんか、バカバカしくなったんだ。 


 店主の顔を見上げると、店主は前と同じように優しく微笑んでいた。 

「完璧な人間なんていないわ。いつかあなたも、相手の欠点さえも丸ごと愛せるような友人と出会える。
その頃には、あなた自身も今よりずっとしなやかに成長しているはずよ。
そして、全ての物を、色眼鏡無しで素直に心から歓べるようになる日が来るわ。」 


「あなたの年なら、いくらでも迷うものよ。 いいのよ、悩んで。たくさん悩みなさい。」

店主は立ち上がり、ドアの方に歩いた。

「困ったときにはいつでも周りの人を頼ればいいのよ。そのために私達はいるのよ。」


そう言いながら扉を開けると、いつの間にか雨は止み、眩しいほどの光が目に飛び込んできた。

外の花達に残った雨粒が、まるでアクセサリーを着飾ったかのように輝いていた。

瞬く光がまるで私を外に誘い出しているようだった。


空は青く澄みわたり、何も遮るものがない太陽は私の肌をじりじりと照りつける。

雨上がりの香り。

土や木々の香り。

 私は眩しさに目を細めながら、数歩歩いてからふと足を止めた。

 温かいお礼を言い忘れたことに気づき、慌てて振り返る。

 しかし、そこにはログハウスも、深い緑の扉も、バラのアーチもなかった。


 ただ、雨に濡れてしっとりと輝く、深い森の木々が静かに立っているだけだった。 

 キツネにつままれたような気持ちで、私は自分の手のひらを見た。 まだ、あのティーカップの温もりが微かに残っているような気がした。 

 「……また、迷ったら来てもいいのかな」 

 独り言は、森の静寂に吸い込まれていった。 



私はもう一度前を向き、光の差す方へと歩き出した。 足取りは、店に入る前よりもずっと軽くなっていた。




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