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「ハイパーピクチャーズ」としてのアルバース夫妻の仕事/一日一微発見501

割引あり

「ハイパーピクチャーズ」というコトバは、僕がこのハイテクノロジー時代における絵画の根本的なアップデート(否定ではなく)を考える上で提出し、大学の授業でも論じ、何回かテキストも書いてみていることである。

最も分かりやすく、顕著に示すならば、現代写真アートにおけるアブストラクションやフォトショップを使ったりして生成された作品である。

例えば、昨年出した拙著『現代写真とは何だろう』(ちくま新書)でも書いておいたが、例えばトマス・ルフは、「もう写真と呼ばずにピクチャーと呼びましょう」とまで言っている。

一方、ペインティングはペインティングで、旧来のように「絵の具」というマテリアルをキャンバスにぬって生成するものも存在するが、もはやキャンバスにコンピュータで作成した画像を出力して、そこに加工を加えた「絵画」が、マーケットないし批評においても通用することが当り前になっている。
ホックニーの「iPadペインティング」を思い浮かべてもらえば良いだろう。あるいはリヒターの作品「ストリップ」がそれである。

PCや出力機の世代にはめざましいものがあり、プロジェクションも含めインスタレーションの幅も非常に豊かなものとなっている。
これは3Dデータという高次の生成が処理できるようにようになって出現した事態である。

それらを単なる便利なツールが生まれただけと考える者も多いだろう。しかし、新しい事態には古い思考では対応できず、新しい思考なしには進めない。そうでなければ失効がまっている。

1900年初頭からのキュビズム、その後のアブストラクション、そしてバウハウスなどをこの100年を回顧する大規模展が大型美術館で行われてきた。僕もポンピドーでのキュビズム展やデッサウのバウハウス美術館を訪れた。

もちろん「考古学的」な興味もあったが重要なのは、それを再編・再生・新生させることである。新しい思考にもとづきアップデートするアイデアを開拓することだ。

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