レモンが私の薬になった
ある日突然、
思うようにごはんが食べられなくなった。
寝ても覚めても食のことばかり考えている私が、休みの日の予定はほとんど食で埋まっている私が。人生で初めて長期間の不調に陥った。
食べることはできる。でも食欲は湧かなくて、ムラがある。量も食べられなくなった。
きっかけは明確にあった。
病院にも行った。検査もした。
身体に異常はないらしい。けれど、以前とは明確に何かがちがう。
理由が分からない不調を前に、
食のために生きていた私は当然狂った。
思い通りにならない身体がもどかしくて、人が食事を楽しんでいるさまを見るのが妬ましくて、なにより好きなものを好きなように食べられない日々が続くのに心が耐えきれそうになかった。
そんな日々が半年以上続いた。
お医者さんも、薬も頼れないのなら、あとはもう頼れるのは自分しかいない。
どうにかしたくて、身体の本を読んだり、薬膳を学んだり、今思えば不調に対して異常なくらい躍起になって調べものをしていた。それだけ出口の見えない日々が辛かったのだと思う。
体調を崩した冬から、巡り巡って季節は秋。
大きな改善も悪化もしない、変わらない日々を過ごしていた。
ある日、仕事終わりの帰り道。
八百屋に旬の国産のレモンが並び始めたころ。私はレモンを2つ買った。
きっかけは、本で見かけた”発酵レモン”なる調味料を作ってみようと思ったのだ。使う材料は塩とレモンだけ。長期保存できる万能調味料らしい。
比較的手に入りやすいレモンは外国産のことが多い。だけど、防ばい剤などが使われており、皮ごと使う料理には不向きなのだ。そういう時に使いやすいのが、皮ごと使える国産のレモン。
数年前にレモンシロップを作った時は味がぼけてなんだかイマイチだったけど、今回はうまくいくだろうか。
休みの日の夕方。
いざ作ろうと台所へ向かう。私はこの時間帯の台所を好いている。
夕方になると部屋は薄暗く、台所の明かりだけが小さく灯る。ほどよくせまく、まるで身を潜めるようにして何かを作り出す場所は秘密基地のよう。ぐつぐつ、コトコト、オーブンの前でお菓子が焼ける様子を見ながら、読書をして待つ時間も好きだった。
携帯で音楽をかけはじめたら
クッキングスタートの合図。
計量を終え、レモンの皮を削り始める。おお。さっそくやらかしてしまった。
メモしたレシピを見ながら作ったつもりが、間違えて皮を削ってしまった。どうやら、使うのは果汁と身のみで皮は使わないらしい。
一生懸命削ったレモンの皮は青々としていて、削ったそばから華やかな香りが立ち込めていた。

こんなにいい香りなのに使わないとは。けれど、捨てるのにはもったいない。かといって、これから違う何かを作り始めるのは面倒に思えた。
うーん。迷った末に私はレモンの皮をそのままタッパーに入れた。
こんなにいい香りなんだ。お湯に入れたらレモンウォーターみたいになるのではないだろうか。
発酵レモンを仕込み終わった後
さっそく一杯入れてみるとびっくり!
あまりのおいしさに目を大きく見開いてしまった。なんなんだこの香りの良さは!
お湯にレモンの皮を浮かべただけで、レモンの青く、突き抜けるような爽やかな風味が一瞬で口に広がる。まるで心をも風が通り抜けたように、気分が一気に晴れやかになった。
夜に近い、夕暮れの狭い部屋でひとり。
まるで世界の秘密を見つけたみたいに、私はうれしくなって溢れる笑みをそのまま揺蕩わせた。あぁ、なんてことない休日がこんな些細なことで一気に色づいてしまう。
もしかしてこれは料理にも使えるのかもしれない。そう閃いた私は、この日からありとあらゆる料理にレモンの皮を振りかけた。
元々私はレモンというフレーバーがかなり好きで、レモンを使ったお菓子も料理も好んで選んでいた。
お酢を持ち歩いてすべての料理にかける人、マヨネーズをこよなく愛し大量にかける人。世の中には調味料への偏愛をもった人もいるが、レモンの皮を振りかける人の話は聞いたことがない。
世界のどこかにはいるだろうか。
レモンの皮ラバーが。
次の日の晩ご飯。ものは試しということで、さっそくチキンステーキの上にレモンの皮を振りかけてみた。ああ、やっぱりおいしい!

実はこの日はあまりお腹が空いておらず、ああ今日もまたこの時間がやってきたと思っていた。
口に運べば食べられる。
ただ、あの胃の底から渇望するような食欲はやってこない。
でも、その憂鬱を吹き飛ばすかのように、レモンの皮は、香りで私を食の世界へ誘ってくれた。
太陽、光、涼風、カラッとした気候、南風。レモンの香りをなんと例えたらいいのだろう。
口に入れる前にふわっと届く香り。レモンの皮は食と私の繋ぎ手として、その日から食事の時間に色彩を増やしてくれた。
トースト、梨のコンポート、クリームライス。いろんな料理に振りかけた。
食べるのにちょっと身構えてしまう日でも、レモンの皮が私を香りで呼びに来てくれる。その爽やかな香りで私はひとくち、もう一口と口に運ぶことができた。
朝はトーストにバターを塗りグラニュー糖とレモンの皮を振りかければ、シュガーバターレモントーストに。
昼はケチャップライスの周りにクリームスープを注いで喫茶店風クリームライスに。まったりとしたクリームライスはそれはそれでおいしいけど、レモンの皮を散らすことで香りの掛け算が生まれ、軽やかな味わいになる。

仕上げにレモンの皮をひと振り。
レモンの皮が散らされた料理は、まるでフラワーシャワーのよう。小さな花弁による祝福が目の前のひと皿に降り注ぐ。
すっかりレモンの皮にみせられた私は、勢いにのって、今度はレモンマーマレードと、レモンシロップを作ることにした。
仕事帰りに、
同じ八百屋で再び国産のレモンを買う。
ジャムなんてすぐできるだろうと甘く見ていたが、レモンマーマレードは実際のところ、かなり根気のいる料理だった。
レモンの皮を厚めに切り、そこから白いワタを包丁で削いでいく。同様に果肉も白いワタの部分は削いでいく。その細かい作業に何度気が遠くなりかけたことか……。
準備が整ったところで、皮と果肉とグラニュー糖を入れて鍋にかける。
さあ、ここからは楽しいジャム作りの時間だ。
料理をする人の中でも好きな人が多いジャム作り。少ない材料でできて、軽量も簡単で、且つ料理の変化が分かりやすいからだろうか。
私はきっと、甘い匂いが立ち込める台所で、考え事をしながらつくる余白があるメニューだからだと思う。
時間が経つにつれて、レモンの果汁と砂糖が溶け合い、とろりと輝きだす。
鍋の中には、この世の光をすべて集めたみたいな透き通ったきいろ。ぐつぐつ、コトコト。小さく泡を立てながら芳香を放つ。

煮詰め終わったら、スプーンで一匙掬い取る。
あまりに作るのが大変で、もう二度と作るまいと思っていたけど、出来上がったばかりの熱々のレモンマーマレードを食べたらすべての苦労が吹き飛んだ。
あぁ、こんな食べものがこの世に存在していいのか。そう思うほど、まるで天国みたいなたべものだった。
日差しの光そのもの。まるでレモンが生る地域の気候までをも内包したような、爽快さの中にも複雑さがある味だった。
レモンのマーマレードってもっと単純な甘酸っぱさでできているとばかり思っていたけど、自分の手で作ったものは世界に一つだけの味だと感じた。
手間はかかるけど、ぜひ、これを読んでくれているあなただけが味わえる国産レモンのマーマレードを作ってみてほしい。世界で一つの味でもあるし、できたての熱々のジャムを味わえる特権もついてくるから。
レモンの皮がある生活を楽しんだ
一週間と少し。
寂しい気持ちも束の間、今度は自分で作った発酵レモン、レモンマーマレード、レモンシロップがある生活がはじまった。
発酵レモンは、お湯で割って鍋つゆがわりにしたり、炒め物に使ったり、白ごはんに混ぜ込んだりするだけで驚くほど箸が進んだ。やはり塩気と酸味は食欲にストレートに効くのだろうか。効果はばつぐんだ。
レモンマーマレードは、手作りのチョコーレートテリーヌに混ぜ込んだらパティスリーもびっくりの仕上がりになった。

生地にも混ぜ込み、飾りとしても使う
自分で言うのもおこがましいが、数々の店を食べ歩いてきた私が目を見開くほど絶品だった。
他にも、アメリカンチャイニーズ料理のオレンジチキンにインスピレーションを受けたレモンマーマレードチキンや、

甘くて、ほどよく酸っぱくて
お肉と果物の掛け合わせが好きな私はお気に入り
蒸した輪切りのさつまいもにバターとレモンマーマレードをのせたりなど、多様なアレンジレシピをたのしんだ。

レモンマーマレードとバターをのせたさつまいも
甘酸っぱさとバターのコクが合わされば至福の味
レモンシロップは夜眠る前のリラックスタイムのおともに。
使う砂糖によって味わいが変化するシロップ作り。個人的主観だと氷砂糖だとまったり、グラニュー糖だとレモンの風味がくっきりと浮かび上がるすっきりとした味わいに感じられて好きだった。

右がレモンマーマレード
レモンシロップに浸かった大量の輪切りのレモンは、トーストに乗せたり、チキングラタンにのせたり、刻んでポテトサラダに入れたりした。

薄切りにしておけば、使いたい時にぺらっと取って
料理にのせられるので便利
最初は余らせてしまうかもしれないと心配したが、意外と活躍の場が多かったように思う。シロップに浸かっているのでそのまま使っても料理に馴染むし、なによりスライスレモンはのせただけで料理が華やぐのがいい。
前から好きだったレモンが、この数か月で一気に慣れ親しんだ〈自分の味〉へと変化した。
自分の体なのに思い通りにいかない日々。長引く不調はきっと体にも追い打ちをかけ、心までもを侵食していった。
身の回りの人間誰に聞いても〈食〉のイメージが一番に来る私が、その状態にどれだけ疲弊していただろう。
あまりにも限界で、半ば叫ぶように泣いて
不満をぶつけた日もあった。
実はこれを書いている今だって、完治したとは言い難い状況だ。
でも私は、自分の手で作ったレモンの調味料を使ったとき、あぁ、自分の薬は自分で作れるのだなと天啓のように悟った。
医者も薬も頼れないと分かったとき、この地獄には出口がないのかもしれないと悲観したけど、救い上げてくれたのは、どこにでもある食材〈レモン〉だった。
香りが、酸味が、
重かった箸を軽くしてくれる。
この香りがあれば、わたしはひとくち、もう一口と口に食事を運ぶことができる。
食事の時間になると身構えるようになってしまった私の心をほどけさせたのは、レモンの香りだった。
もちろん、根本的解決にはならないかもしれない。医学的根拠もない。だけど、自分の不調を掬いあげる手段をひとつ見つけた。
それは紛れもない事実である。
初めての不調と手探りの生活の中で見つけた出口へのヒント。発見と喜びとーー自信というより、その事実がわたしを支えたのだ。
食べられる日も、そうでない日も。
生きていれば、ままならないことだってある。
それでも食べる喜びを探したいから。
わたしは、自分自身が見つけたラッキーフード(レモン)を携えて、日々の船を漕いでいくのだ。
いいなと思ったら応援しよう!
いただいたサポートは、大好きな街京都に再訪できるよう京都資金として貯えさせていただきます。その際はぜひ京都来訪noteを執筆したいと思います!