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癖毛と私の30年闘争🪖──矯正もショートも前髪も。最後の結論とは?

「サザエさんみたい」
「ハリポタじゃん」

小学校2年生でメガネをかけ始めたころから、私の癖毛はからかいの対象になった。

その頃は髪の整え方なんてわからない。
ブローも自分ではできないし、スタイリング剤も使えない。
「ストパー」なんて存在も知らなかった。

プール後=帰りたいモード。授業どころじゃない。
ちなみに梅雨は地獄。(イメージ画像)

朝は一生懸命、髪を撫で付けて学校へ行くけれど、学校に着けばもうモワモワ。
特にプールの授業は大嫌いだった。
濡れると一気に広がり、みんなに見られているようで居場所がなくなる。

なんでなんで?
みんなの髪は真っ直ぐで、とかしただけできれい。
私はいくらとかしてもボサボサしてて「きちんと」してない。
恥ずかしい。

この頃から私は、人の目を見て話すのが苦手になった。
整っていない自分の髪の毛が恥ずかしくて、自分自身まできちんとしてないみたいで。

「髪の毛なんでそんななの、変なの」
と何回も言われたし、これ以上言われるのが怖かった。
それにヘラヘラと答える自分も嫌いだった。


高校に入って初めて縮毛矯正をかけた。
髪が真っすぐになり、見違えるように整う。
同時にコンタクトをつけ、彼氏もできた。

前髪のストレートアイロンに命をかける。
(イメージ画像)

「やっと普通になれた」

その感覚は解放に近かった。
鏡を見るのも楽しくなり、ロングにして前髪を作り、憧れていた“ちゃんとした女の子”の姿に近づいた気がした。

けれど、少し伸びると根元のうねりが気になる。私の癖毛は特に前髪に強く出る。
女子高生にとって前髪は命。
だから毎日ストレートアイロンと格闘していた。

一方で、高校生になると同じく縮毛矯正をかけている仲間もたくさん見つかり、自分だけじゃないんだという安堵感も持てた。


社会人になり、母になっても、私は縮毛矯正をかけ続けた。

この頃の髪型はワンレンボブからミディアムロング。
いつも「矯正ありき」のスタイルだった。
美容院に行くたびに「この髪では矯正しないとまとまらないですね」と言われる。
「前髪もすぐうねりが目立っちゃうので伸ばした方がいいです」

…というわけでワンレンスタイルに落ち着いていく。


美容師さんたちの言葉は真実だと思う。
一度かけてしまえば手間もかからないし、整ったスタイルにまとまる。

だけど、その言葉は少しずつ確実に積もっていった。

なんで?なんで私だけ?
生まれ持った髪でもいいはずじゃないか。
子どもの髪はそのままで可愛い。
私だけ自然体を否定され続けるのはおかしい。

もはや怒りである。

厄介なのは怒りと共に「それでも端正なヘアスタイルでいたい」という欲求もまた本物だと言うこと。
でも時間もお金もかけて、やっと“普通”になるだけ。
プラスにはならない。

私は袋小路をぶち破るためにある決断をした。


思い切って矯正をやめ、ショートにした。
ベリーショートとはいかないけれどかなり短くしたと思う。

美容師の「矯正しないと無理」セリフ、何度聞いたかわからない(実際の画像にモザイク)

ショートヘアはかなり今までの状況を変えてくれた。
もう矯正のたびに6時間も座りっぱなしにならなくてもいい。
そのままの髪でいい。

ショートはスタイリングが重要だし、
またもやストレートアイロンと乱闘する日々が始まった。
だけど縮毛矯正をかける何倍もいい。

このショートヘアを2年ほど続け、私はこう思い始めていた。

このまま伸ばしてみたらどうなるのかな?

…子どもの頃のコンプレックス、いまなら受け止められるかもしれない。


転機が訪れたのは美容院を変えた日。
今までの担当の方とは相性が合わないと感じて、思い切って変えてみたのだ。

初めて担当してくれたまだ若い女性のスタイリストさんはこう声をかけてくれた。 

「癖を出したければ濡らせばいいし、ストレートっぽくもなるし良いとこ取りですね!最高です」

ずっと「矯正しなければダメ」と言われ続けてきたから、信じられないほど新鮮だった。
私のなかで少しずつ変化していた癖毛への思いを
素晴らしい形で後押ししてくれた。

欠点だと思っていたものが「最高」
今まで誰1人そんなこと言ってくれなかった。

その女性スタイリストさんはレイヤーを入れてクセが動きやすいようにしてくれた。

スタイリングもちゃんと教えてくれた。

今はストレートアイロンは使っていないし、ロングにしたくて少しずつ伸ばしている。

湿気の多い日は、天気予報より髪の方が正確

今は、ふわふわと揺れる自分の髪を「なんかいいじゃん」と思える。


かつて劣等感の象徴だったメガネも、
オシャレで安価なものがたくさん流通するようになり、
すっかりファッションアイテムとして定着した。

「これが自分らしい」と感じられるものを選べるようになった。
欠点ではなく、持ち味。

誰かの基準じゃなく、自分の中で“ちょうどいい”に落ち着いた。

癖毛と折り合いをつけるまでに、私はアラフォーになった。
でも、自分の髪を「なんかいいじゃん」と思えるだけで、とても幸せ。
だってようやく人生折り返し。まだまだ先は長い。

乱れても、まとめれば大丈夫。
そうか、私に足りなかったのは髪の長さだったのか。
こんな簡単なことに気づくまでに、どれだけ時間がかかったんだろう。
子どもの頃はモワモワとした毛が伸びてくるたびに嫌で嫌で中途半端に切っていたから。

過去の私に会えるなら、教えてあげたい。

「髪なんてどうでもいいから、人の目を見て話してごらん。そこにあなたの魅力が出るんだから」

……でもやっぱり、スタイリングの仕方はちゃんと教えてあげて、安心してほしいな。

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