近況報告〜言葉と想いを託したい人〜
結月です。
前回の記事ではご心配をおかけして申し訳ございませんでした。
一体、何が起こったのか、自分の言葉で伝えたいと思いつつ、
遅れてしまったことをどうかお許しください。
これから、書ける範囲にはなりますが、私の近況を記します。
最後まで読んでいただけたら嬉しいです。
近況報告
3月30日(月)
前回の記事を書いたあと、夕飯を吐いてしまう。
今読み返すと、かなり追い込んでいて危ない記事だなと思う。
実は1週間くらい前から夜中に何度も目覚めていた。
3月31日(火)〜4月3日(金)
5年ぶりに死にたくなり色々あって色々あって色々…(以下省略)
家族に迷惑をかけてしまう。
その後は、布団から起き上がれなくなる。外に出るのが怖くなる。
食べ物を食べては吐くを繰り返す。水分は取れている状態。
眠れない日が続く。
家族の献身的な支えで少しずつ良くなるが、ほとんど動けない。
4月4日(土)
苦しいもののやっと動けそうだったため、家事を数日ぶりに行う。
その後、Xとnoteを見る。いいねやコメントの返信をする。
ご心配をおかけしてしまって申し訳ない気持ちで胸がいっぱいになった。少し安心したのか、この日は夜中に目覚める回数が少し減る。食事は取れないまま。
4月5日(日)
家事は最低限だができた。この日は料理も作ることができた。
でも疲れたのかまた起き上がるのが苦しくなる。
心が安定しない。食事は厳しい。
追加でくださったコメントやDМにも返信。
上手く丁寧に返せていただろうか。おかしくなっていないか不安だ。ポケスリのリサーチなんかも、体調を崩してからは旦那に任せていたり、できていない日もあったと思う。旦那にも子どもにもフレンドさんにも申し訳ない。
4月6日(月)
通院の日。(うつ病の治療のため)
本当は色々あった日に病院に行くべきだったのではと思ったが、万が一また入院になったら嫌だったのと、休めばすぐに良くなるはずだと家族と話し合って我慢することにしていた。
主治医の先生には近況をお伝えした。
(自分自身の言葉や表現が怖くなって追い込みすぎていたこと、死にたくなり色々あったこと、食事がうまく取れずここまでで4キロ痩せたことなど…)
水分は取れていたのでひとまず様子見になった。
よかった。入院にならなくて。
3月の診察時にお渡ししたアンソロジーの私の文章と、このnoteを読んでくださったようで、内容や言葉を褒めてくださった。嬉しいし、ありがたい。
ただ、文章だけでは診断をつけることは難しいとのことで、まずは簡易的な発達検査を受けることになった。
大まかな傾向が分かるそう。
数年間この病院に通っているが、検査をするのは初めて。
診察後に渡された用紙は2枚。
当てはまるものに丸やチェックを書き込んでいくだけ。
結果は来月。
もう少し詳しい検査もあるそうだ。
受けられる検査はすべて受けたいと思う。
4月7日(火)
家族とお出かけをした。久々にあちこち歩いた。
春休みだというのに4月はどこにも行けていないことに申し訳なくなった。せめてもと頑張って明るく振る舞う。
食事はやはり難しかった。
でも、桜を見ることができた。
3月の終わり頃に桜が散ってしまっていたとXでポストをしていたが、あれは実はまだ開花していないだけだったんじゃないか、散っていたのは私の心の方だったのではないかと、ふと思った。
久々に夜中に目覚めるのが一度だけで済んだ。
(ネットやXで調べてみると、数日前に咲いていたとの情報がわんさか出てきました。やはり私が見たのは咲いていない桜の木だったようです。誤情報を発信してしまって申し訳ございませんでした。問題のポストは削除しました。)
4月8日(水)
始業式。我が子は学校へ。旦那は仕事へ。
今日こそは家族のために頑張ろうと張り切るが、昨日の疲れが溜まっていたのか朝は30分だけしか動けず。
でも、午後からは家事をこなしていった。えらい。
とにかく動く。休みながらでもいいから動く。
ゆっくり時間をかけて旦那が買ってきてくれた焼きプリンのカフェオレ味を食べる。やっと吐かずに済んだ。
食事を吐かずに食べられたことが嬉しくて、数時間後に晩御飯も少量食べてみた。いけるかもと思ったが、やはり気持ち悪くなって吐く。
はやく回復しないといけないと考えれば考えるほど焦ってしまう。食事ができるようになるまでには、もう少し時間がかかりそうだ。
4月9日(木)夜中に目覚めてしまって眠れないため、近況をまとめたnoteを記憶を辿りながら書いている最中。
…と、まぁこんな感じです。
体調を崩した理由
今回、体調を崩した理由はおそらく2つです。
1.自分から出てくる言葉、表現する言葉が人を傷つけてしまっているのではないか、これからも人を傷つけ続けるのではないかと怖くなって追い込みすぎたこと。
2.信頼していた方が、私の内面の核の部分を悪気なく少し雑に?というか軽く?扱い続けていたこと。
(リアルでの話です。フォロワーさんではないです。)
「こんなことで死のうとしていたのか!」
「心配して損した!」
「家族もいるのに大馬鹿者め!」
と読者様からご指摘をいただきそうな内容だなと書いている本人ですら感じていますが…もう少し詳しく書きますね。
1.自分から出てくる言葉、表現する言葉が人を傷つけてしまっているのではないか、これからも人を傷つけ続けるのではないかと怖くなって追い込みすぎたこと。
これは3月に人を傷つけてしまったことが発端です。
落ち込んでいる方を励ましに行ったのですが、思っていたよりも元気そうで、しかも色々と先のことをお考えでした。
次の日には切り替えられるなんて、素敵!と密かに憧れていました。
これは真剣に向き合わないといけない。
そう思った私は言葉をどストレートに放ってしまいました。
はい。クソ野郎です。
元気そうなのなんて当たり前ですよね。
たとえ落ち込んでいたとしても元気がないように振る舞うわけないじゃないですか。
こういう場面での正解は、恐らくですが、しっかり慰めて、いいところを褒める。
何か言葉を出すにしてもそれを求めているかどうかをまず確認する。
それから相手が受け止められる量と形で言葉をお返しする…なんじゃないかなと。(違っていたらすみません。)
完全に「真剣に向き合う」を履き違えています。
仲良しの相手だとしてもかなり厳しい言葉を放ったのではないかと思います。親しき仲にも礼儀ありという言葉があります。
そもそも私のなかでは親しいつもりでしたが、お相手にとっては親しい枠でさえない可能性も…。
取り返しのつかないことをしてしまったことに気づいた私は、その日のうちに謝罪しました。
相手の方には許していただいた…はずです。
でも、恨まれていてもおかしくないと思います。
大変申し訳ございませんでした。
人として魅力的で大好きな方なので、可能ならこれからも交流したいです。
2.信頼していた方が、私の内面の核の部分を悪気なく少し雑に?というか軽く?扱い続けていたこと。
(リアルでの話です。)
Xやnoteのフォロワーさんのことではなくリアルの人間関係です。
私がこのようなnoteを書いていることは、リアルでは数名にしか教えていません。
(イベントの時に出会った創作者の方々は別としてです。)
人に話すには重すぎる過去の話が多いので、リアルの人間関係では信頼できる人にしかお話していません。
この方は、9月の段階で私が初めて書いた未来に託す読書記録を読んでいて、これまでのnoteもすべて読んでいただけています。
大切に読んでくださっている。核の部分を理解してくださっていると私も信じすぎていたのが良くなかったと思います。
しかし、嫌なところ、傷ついたところを割とはっきりと何度かお伝えしたのですが、悪気はないと言わんばかりに流すんですよね。
人間的にも好きな人ですが、私も流石に我慢の限界だったみたいです。
私の核の部分。
それは、未来に託すこと。
苦しかったことをなかったことにしないために、手遅れにならないようにするために、私は未来に託す文章を書いています。
私は、私自身に何一つ期待をしていません。少しはマシになるかもと、かすかな希望はあるものの、きっと治らないということもわかっています。
同じように苦しむ人が少しでも減ったらいいな、子どものうちから支援を受けられたらいいな、そんな願いを込めています。
はじめから一貫して、いつ死んでも後悔ないように
「遺言」のような文章を書いているつもりです。
本の感想を書き始めたことで、言葉で表現する楽しさを覚えたというのも勿論あります。楽しいですし、どこまでできるか試してみたい気持ちもちゃんとありますから挑戦もしています。
でも、基本は同じです。
短歌も詩もショートショートもエッセイもすべてです。
虐待についてもそうです。
私は両親のような人が苦手です。
母のような訳のわからない理由で子どもを虐待したり、人の悪口や不満ばかり口にする人もですが、同じくらい父も苦手です。
普段は優しいけれど、一番向き合ってほしいときに
「忙しいから」「我慢しろ」「みんな同じ」「あいつが悪い」「世間一般は」など…言い訳や不平不満ばかりで特に動こうともせず、絶対に自分の否を認めず逃げる人です。
しかも、両親ともに、適度に褒めないと不機嫌になります。
自分たちだけ理解や愛情を渇望するわりに、私のことは褒めないし見ないし助けない。
もしも、このような人が身近にいるのならば、距離を完全に取るか、離れられない場合はしっかり境界線を決めておくことをおすすめします。
大人になってから両親それぞれと虐待について話したことがあります。嫌だった、苦しかったとはっきり伝えました。
ですが、両親ともに自分たちが虐待をしたと最後まで認めなかったですし、悪気はないと言っていました。
悪気はないけど謝らない人、謝罪の態度を見せない人は
一生心を壊してきますよ。悪気なく。
まるで、いじめじゃなくて遊びのつもりだったという加害者のように。いじめは一切なかったと隠蔽する教師のように。
…さぁ、こんなことを書きながら、私自身はどうなんでしょうね。どう見られているんでしょうね。
「お前みたいな馬鹿が何言っても一切響かねぇ。」
「病んでる女がキモいこと書いてる。ヤバすぎ笑」
といったところでしょうか。
今、こうやって両親のことを書いているのも悪口になっている気がして…っていうかこれ完全に悪口ですよね。すみません。私も両親と同じなんじゃないかと若干絶望しかけています。
でも、性格は同じなのか分かりませんが、私は自分のことを両親と同じ「加害者」だとずっと思っています。妹に対してです。
妹のことが大好きで、喧嘩はともかく、虐待などをしたことは今まで一度もないですが。
このことについては、いつか書けたら書こうと思います。
そもそも、苦手な人を書くのとか悪口を書くのって苦手なんですよね。相手のことを決めつけているみたいで罪悪感しか生まれないので。
本当は私が見えていないだけで、誰にでも素敵な一面があるのかもしれない。
少し私の両親を例に出してみます。
父は頭が良くてどんな難易度の計算も一瞬で解くことができます。
母は外国人の方と英語のみで楽しく会話をすることができます。
人格として尊敬できるところや良いところを探すのは難しいですが
このように、距離をとって相手を見てみると、良く見えることだってあるのではないでしょうか。
なんだか話しが明後日の方向にいっている気がするので戻しますが、この内容は、あくまで信頼しているリアルの方との話です。
誰でも彼でも絶対に核を理解してほしいわけではないです。
「全員私のことをもっと見てよーぴえん」みたいなタイプでは決してございませんので、どうかご安心を。
むしろ、読者様はみなさんお忙しい中でも、私のことを文字だけで読み取って大切に丁寧にコメントしてくださる誠実な方ばかりで、本当に尊敬しています。
私も相手をしっかり理解し、大切に素敵な言葉を紡げる人になりたいです。
さて、リアルの方。体調が戻り次第、改めてお会いできたらなと思います。
「はじめから会いに来いよ」「いちいちnoteに書くな」
という声が聞こえる気がしますが、まずはじめに「書くこと」こそが私にとっては治療になるのです。
あと、こちらの文章、両親の悪口はしっかり書いていますが、あなたの悪口はひと言も書いていないのでご安心ください。
だって「悪気がない」んですもんね。
悪意があったら大問題ですし、それならこんなことなんて書かずに、さらっと縁を切りますから😊
どうか、あともう少しだけ私の治療にお付き合いください。
もしどうしても縁を切りたい場合は、お会いしたあとでお願いします。
でも、きっとまた仲良くなれるんじゃないかなと、私は信じています。
体調を崩したことで見えたもの
私が生きていられるのは、まず、そばで支えてくれて、愛情をいっぱいくれる家族のおかげです。本当に家族に恵まれているなと感じています。
そして、私がXやnoteをはじめたのも、様々なことに挑戦しはじめたのも、ポケスリのフォロワーさんや、読書好きのフォロワーさん、創作関係のフォロワーさんなど…
皆さんと出会えたからこそ、ここまで続けてこられたと感じています。
今回みたいに、死にたいと思ったときに、誰が手を差し伸べてくださったのか、誰があたたかく見守ってくださったのか、誰がどのように動いてくださったのか、誰が考えて言葉を届けてくださったのか。
なんとなくですが、わかった気がしました。
たくさんの方がそれぞれのやり方で励ましてくださっていて嬉しかったです。
これまで通り、リアルでも、Xやnoteでも、出会ったすべての人に感謝の気持ちを込めて、私なりに丁寧に、でも決して自分だけ過剰になりすぎないように。相手に合わせて。
そうやって、適度に調整をしながら言葉にも人にも誠実に向き合っていこうと思います。
(こんなことを書きつつ、憧れの人や好きなフォロワーさんにはコメントやいいねやリポストなどで熱量をぶつけてしまいそうな予感しかしませんが…。)
それにしても、自分の言葉を出すことや表現すること、人との関わりでこれだけ苦しんだことってあまりないので新鮮です。
どちらかと言うと、喋ることができなくて落ち込むとか、喋らないことで嫌われるとか、無理に言葉を出そうとして失敗したりとか…そういう感じばかりでしたので。
本気で誰かと話し合ったり、真剣に意見を言い合ったり、ときにはぶつかったり…
おそらく一般の方が既に経験してきたであろうコミュニケーションが私には全く足りていないのでしょうね。
主治医の先生にも言われました。
「やっと言葉を外に出しはじめたばかりだから。」
「まだまだこれから。」
「…ちょ待てよ!言葉覚えたての幼児かよ!」ってツッコミたくなるようなお言葉をいただきました笑
いや、実際にツッコんではいませんけどね。
この際、幼児でもなんでもいいです笑
幼児だった昔の私が喜ぶような
今の私が納得して誇れるような
おばあちゃんになった私が思い出話に花を咲かせられるような
そんな文章が、詩が、短歌が、小説が
いつか書けるようになりますようにと
月に願おうとして
やっぱりやめた
4月9日(木)午前7時でしたとさ。
おしまい。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました😆
ご飯食べられるように頑張ります✨️
