見出し画像

【ベイズ最適化】「とりあえず全部試して」と言われた金曜日

こんにちは、かなめです。

いきなりですが、少し前の金曜日の話をさせてください。

夕方の17時すぎ。装置の電源を落として、実験ノートの続きを書いていたら、上司がやってきてこう言いました。

「この系、来週までにとりあえず全部の条件を振っといて」

とりあえず、全部。

そのときの検討テーマは、温度と時間と添加剤の配合比の3つが効いてくる系でした。仮にそれぞれ10水準ずつ振るとすると、10×10×10で1,000通り。1条件の仕込みと評価に半日かかるとして……電卓を叩く前に、心が先に計算を終えていました。無理です。

でも当時の私は「無理です」の代わりに「やってみます」と答えて、月曜からせっせと条件表を作りはじめました。今思えば、あの表を作る前に知っておきたかった道具があります。それが今日からお話しする「ベイズ最適化」です。

名前はいかついんですが、中身をひとことで言うと「次にどこを試すかを、これまでの結果から賢く決める方法」。それだけなんです。

こんな人におすすめ

  • 実験の条件出しに、正直ちょっと疲れている研究・開発職の方

  • 「ベイズ最適化」という言葉はよく聞くけど、中身はさっぱりという方

  • DXやMIの担当になったものの、何から手をつけるか迷っている方

シリーズを通して、数式はほぼ出しません。その代わり、毎回ホットケーキを焼きます。

世界一おいしい焼き温度は、何枚目で見つかるか

この連載では、難しい話をぜんぶホットケーキに置き換えて考えます。お題はこうです。

140℃から220℃のあいだで、いちばんおいしく焼ける温度を見つけてください。

いちばん確実なのは、5℃刻みで全部焼くことですよね。140、145、150……と数えていくと17枚。1枚ずつ採点しながら食べ比べるわけですが、たぶん10枚目あたりで味覚が仕事を放棄します。それに、17枚は明らかに焼きすぎです。

「いやいや、そんな馬鹿正直なことしないでしょ」と思われたかもしれません。そのとおりで、実際に焼くとしたら、まず180℃くらいで1枚試して、生っぽければ次は190℃、焦げたら間を取って185℃……というふうに、前の結果を見ながら次を決めるはずです。

この「前の結果を見て、次の一手を選ぶ」を、人間の勘ではなく計算でやるのがベイズ最適化です。つまり、まったく新しい発想を学ぶというより、私たちが台所で無意識にやっていることに、名前と数学がつくだけなんですね。

ちなみにこの考え方自体は最近の発明ではなくて、原型は1960年代からあります。それが近年になって急に注目されているのは、計算機が速くなったことと、材料開発のように「1回の実験が高くつく」分野と相性がよかったからです。

台所の外では、もうこれだけのことが起きている

「ホットケーキはわかったけど、実際の研究に効くの?」と思いますよね。ひとつ、有名な実例を紹介させてください。

2020年、英リバプール大学のグループがNatureに発表した「移動式ロボット化学者」の研究です。人型ではない産業用ロボットが実験室の中を動き回って、試薬の分注から測定までを自分でこなすのですが、面白いのはその頭脳で、次にどの条件を試すかをベイズ探索のアルゴリズムが決めています。

このロボットは8日間、人間の手を借りずに動き続けて688回の実験を行い、10個も変数がある条件空間の中から、初期条件の6倍の活性を持つ光触媒の組み合わせを見つけました。10変数の総当たりなんて、それこそ天文学的な数になります。それを688回で、です。

688回でも多いと感じるかもしれませんが、この探索空間の広さを考えると、人間が同じことをやれば年単位の仕事だと言われています。「賢く次を選ぶ」が積み重なると、これだけの差になるんですね。

このロボットの話は連載の第6回で、もう少しゆっくり取り上げる予定です。

「実験計画法と何が違うの?」という疑問

現場の方なら、ここで必ずこう思うはずです。「うちには直交表がある。実験計画法(DOE)と何が違うの?」と。私も最初にそう思いました。

ざっくり言うと、得意なことが違います。

直交表に代表される古典的な実験計画法は、条件空間の全体に点をバランスよく配置して、「どの因子がどれくらい効いているか」を少ない実験で見渡すのが得意です。地図でいえば、土地全体を均等に測量するイメージです。

一方のベイズ最適化は、結果を見ながら1点ずつ(または数点ずつ)追加していく逐次型で、「いちばん高い山のてっぺん」に最短で登るのが得意です。全体を知ることより、最適な一点を見つけることに特化しています。

なので対立するものではなくて、最初にDOEで土地勘をつかんでから、ベイズ最適化で頂上を詰める、という併用も普通にあります。このあたりの使い分けの感覚は、連載が進むにつれて自然と身につくはずです。

かなめの実験ノート(失敗談コーナー)

毎回、その回のテーマで私が実際にやらかした話をひとつ書きます。第1回は、やらかし以前の話です。

白状すると、私は「ベイズ」という字面が怖くて、3年くらい逃げていました。検索するたびに事前分布だの事後分布だの知らない単語が3つ増えて、そっとタブを閉じる。その繰り返しです。

転機は先輩の一言でした。「あれは"次どこ試すか決めてくれる道具"だと思えばいい。中身の数学はあとからでいいよ」

道具として先に触って、理屈はあとから。順番を変えただけで、あんなに怖かったものが急に手に馴染みました。この連載も同じ順番で進めます。理屈を完璧にしてから使うのではなく、使いながら理屈を拾っていく。実験屋には、たぶんそのほうが合っています。

この連載の旅程表

  • 第1回(今回):「とりあえず全部試して」からの卒業宣言

  • 第2回:「自信ないです」と言えるAIの話(ガウス過程)

  • 第3回:いつもの店か、新しい店か(獲得関数)

  • 第4回:Pythonで実際に動かします(コード全文つき)

  • 第5回:「全部良くして」に数学で返事する(多目的最適化)

  • 第6回:寝ている間に実験が終わる話(自律実験・SDL)

  • 第7回:それでも勘と経験は、いらなくなりませんでした(最終回)

  • 番外編:9月のJASIS 2026で「実物」を見てきます

毎回、ホットケーキの続きからお話しします。先ほどのリバプールのロボットのような話がお好きなら、AIと材料開発の関係を書いたこちらの記事も、この連載の下敷きになっています。

今日の一冊と、学びの入口

『Pythonで学ぶ実験計画法入門 ベイズ最適化によるデータ解析』(金子弘昌 著、講談社)

私が「逃げるのをやめた」あとに最初に買った本です。著者の金子先生は化学工学がご専門なので、説明に出てくる例が実験屋の言葉で書かれていて、途中で置いていかれません。第1章と第2章は先生がWebで無料公開されているので、書店に行く前に相性を確かめられます。

Udemy『みんなのAI講座 ゼロからPythonで学ぶ人工知能と機械学習』

「そもそもAIの前にPythonが不安」という段階なら、こちらが入口として堅実です。第4回のコード実践に向けた準備運動にもなります。


おわりに

あの金曜日、条件表を作りながら「実験って、こんなに消耗するものだっけ」と思ったのを覚えています。でもあの消耗は、根性が足りないからではなくて、道具を知らなかっただけでした。

もしあなたにも「とりあえず全部試して」と言われた経験があったら、コメントで教えてください。あの表を作った夜の気持ちは、作った人にしかわからないので。

次回は、2枚目のホットケーキを焼く前の話です。実は、この連載に出てくるAIは、聞かれてもいないのに「この温度のことは、あまり自信がないです」と申告してきます。予測を外すことより、自信満々に外すことのほうがずっと怖い。それは人もAIも同じで、この「自信のなさ」を正直に描けることが、ベイズ最適化のいちばん深いところです。

かなめ


いいなと思ったら応援しよう!