9年後の自分への手紙 ── 2035年5月5日、55歳の朝、神棚の前で
2026年5月5日。こどもの日。88夜。20時49分。
55番目のnoteとして、55歳になった9年後の自分宛に書いている。
この祈りが、未来から、今の自分に返ってくるように。
朝の光のなかで
おはようございます。
2035年4月1日の朝。
いつものように、神棚の前で、八方拝から一日が始まる。
額を畳につけるほど、深く頭を下げる。
これまで見守ってくれた存在へ。
祖父に、祖母に。
父に、母に。
業界の先人たちに。
鉄を生み出した山と、運んでくれた人々に。
そして、9年前の自分自身にも。
「日々是好日」の掛け軸。 障子から差し込む朝日。 湯気の立つ、お茶。
感謝と、いくつかの大切な報告を、心の中で伝える。
「ありがとうございます。 全部、届いていました。」

子どもたちが、それぞれの道へ
今朝、下の娘が入社式に出かけていった。
「私は社会起業家になる」
就職活動の途中、そう宣言したときは正直驚いた。
けれど、大学時代に世界を旅し、 日本の豊かさと、世界に残る課題の両方を見てきた彼女らしい選択だと思う。
——9年前、cladeを使って英検準2級のアプリを一緒に作った、
あの日の続きだった。
上の娘は、教育の道を歩んでいる。
日本語や、ことばの持つ温度、 人と人が向き合う場の大切さを、教育の現場で実践したいのだという。
かつては「見た目が大事」なんて言っていた子が、 今では「魂の在り方」に目を輝かせて語る。
時代は、確実に変わってきている。
親として、誇らしさと、 少しの寂しさを同時に感じる朝だ。

仕事は「背負うもの」から「回るもの」へ
支度を整えて、会社に出る。
朝の管制室。
正面の大きなモニターに、関東一円のトラックの位置がリアルタイムで映っている。 稼働車両128台。配送中102台。AI需要予測。最適ルート提案。
壁の年表に目をやる。
1963年、創業。「想いをカタチに」
2020年、配車システム導入開始。「見える化の第一歩」
2023年、動態管理。「リアルタイム追跡開始」
2026年、AI活用したシステム。「効率と安全の両立」
そして今、未来へ。
——あの2026年の春、僕は値上げ資料を作りながら、
AIにCSV取り込みを覚えさせていた。 1日60件の手入力が、数分になった、と喜んでいた頃。
それが今、業界の一つのモデルとして、相談を受ける立場になっている。
机に貼られた、若手社員の手書きの紙。
「初心忘れるべからず」 「ありがとうのつもりで」
引き継いでくれている。
昇給制度や退職金制度が整い、安心して長く働ける土台ができてきた。
無理が起きそうなところには、事前に手を打てるようになっている。
かつて「物流クライシス」と言われていた時代の不安は、もうない。
創業から積み重ねてきた
「インフラを守る」
という想いが、 少しずつ、確かに、形になっている。

学びが循環する場所へ
働く人が、運転しながらでも学べる環境。
資格取得を後押しする仕組み。
自分で自分用の学習プログラムを作るのは当たり前。
そして、次の世代の学びを支える基金も、ようやく整ってきた。
——9年前、ドライバーさんが「娘が大学に行きたいと言っている」と言って、 僕が「いいですね」と素直に言ってあげられなかった、あの夜。
家に帰って泣いた、あの夜。
あれから、変えていきたいと思った。
そして今、この会社で働く人の子どもたちは、行きたい学校に行けるし、
いつでも、どこでも、学びたいことは、自由自在に学ぶことが出来る
そういう仕組みが、できた。
「人が学び、成長すること」を本気で応援する。
その姿勢に共感が集まり、支援の輪は少しずつ広がっている。
業界全体の給与水準も、成長の機会も、変わり始めている。
——あのドライバーさんの娘さんは、今、どうしているだろう。
きっと、自分の選んだ道で、ちゃんと笑っているし、
学ぶことのインフラが、いつの間にかできているから、もう大丈夫だ。
そう、信じている。
山に還る時間
プライベートでは、相変わらず山に通っている。
毎年訪れる山。八海山、大山、筑波山。
富士山には、2023年から数えて12回目の登頂をした。
山頂で振り返ると、ご来光を背に、
20人以上の仲間たちが歓声を上げていた。

——あの2023年の夏、 11名のメンバーで登り、
2026年の春は富士登山説明会に7名集まってくれた、あの春。
全部、ここから始まって、今に至っている。
僕は少し離れたところで、その景色を見ていた。
リーダーは、真ん中で目立つ人じゃない。
後ろで、全体を見ている人だと、叔父の言葉を胸に、9年かけて学び深めている。
登山初心者でも、安心して自然と向き合える場が育ち、 仲間たちがそれぞれリーダーとして活躍してくれている。
俯瞰し、あるがままでいられる。 渡り鳥のように、自由に行き来できる場所。

仕事の仕組みが整ったからこそ、休みも取りやすくなり、 自然を味わう余白が生まれた。
それは、とても大きな変化だ。
記憶をつなぐということ
今日は、戦後90年の節目にあたる講演を聴きに行く予定だ。
会場の壁に、こう書かれていた。
「語り継ぐことが、平和への一歩」 「忘れないことが、未来をつくる」
なぜ、あの時代に、多くの悲しみや痛みが積み重なったのか。
光を選び直すために、影を感じ切る必要があったのだと思う。
血に刻まれた記憶を思い出すこと。 それが、一人ひとりの中で始まっている。
——9年前、僕は出雲や諏訪、鹿島を訪れて、 忘れられつつある日本の根っこに触れていた。

あの旅は、無駄じゃなかった。
語り継ぐ人々が、ちゃんと、増えている。

予祝の文化が、世界へ
帰り道、ふと、ニュースが目に入った。
「桜の開花を、世界中で祝う日」
東京で、パリで、ロンドンで、ニューヨークで、ジャカルタで—— 人々が桜の下で、空を見上げて、笑っている。
着物の女性。ヒジャブの女性。 肌の色も、言葉も違う人々が、同じ春を祝っている。
予祝の文化が、世界へと広がっている。

——9年前、僕は書いた。
「次の世代に、自分が生まれてきたよりも優しい世界を遺したい」
あの祈りは、届いていた。
完璧じゃない。世界はまだ、課題だらけだ。
でも、確実に、少し、優しくなった。
そして、9年前の自分へ
家に帰り、書斎の窓辺に座る。

窓の外には、富士山と、鯉のぼり。 今日は、こどもの日。
机の上に、開いたノート。 湯気の立つ、お茶。
本棚には、自分の名前で出した本が並んでいる。

書きながら、ふと思う。
——9年前のあの日、僕は55番目のnoteとして、この朝を書いた。
2026年5月5日、こどもの日、88夜、20時49分。 願いを込めて、未来の自分宛に手紙を書いた、あの夜。
今、この場所から、9年前の自分に返事を書きたい。
2026年の鴨さんへ
全部、届いているよ。
「悔しいんですよねぇ。ふざけんな、って」
あの春の怒りは、正しかった。
「パパってカッコいいパパ軍団でありたい」
あの祈りは、もう、形になっている。
「次の世代に、優しい世界を遺したい」
完璧じゃないけど、確実に、少し、優しくなった。
だから、安心して、続けてほしい。
一歩ずつ、できることから、力を抜いて。
88夜の願いは、届いた。
9年かけて、ゆっくりと、確かに。
ありがとう。
2035年の自分より
そして、これからも
55歳。 「GOGO」の歳。
光と愛のコミュニティを、これからも、静かに、でも確かに広げていく。
百年企業を、次の世代へ。 優しい世界を、孫の世代へ。
さて。
今日も一日、いってきます。
🌱 最後に
この文章を読んで、少しでも自分の未来を想像する時間が生まれたなら。
その一瞬が、もう、一歩目なのだと思います。
88夜のこどもの日に、あなたも、9年後の自分へ、手紙を書いてみませんか。
書いた瞬間から、未来は、動き始めます。
2026年5月5日 こどもの日 88夜 20時49分 55番目のnoteとして
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運送業の再生、登山、正直に生きること。テーマは色々ですが、どれも本当に感じたことを書いています。もしチップで応援いただけたら、次を書く力になります。ありがとうございます。