【医学部浪人の親】その辛さ、配偶者とのズレが影響しているかもしれません。
医学部浪人を支える中で、
配偶者とのすれ違いが
大きなストレスになることがあります。
例えば、
「医学部受験は多浪も珍しくない。長い目で見ればいい」
と考えている場合と、
「できれば今年で決めてほしい」
と思っている場合。
そもそもの前提が違うと、
子どもへの関わり方も大きく変わってきます。
一方は、
「まだ大丈夫」と考えている。
もう一方は、
「このままで本当に間に合うのだろうか」と焦っている。
どちらが正解、
という話ではありません。
ただ、
同じ子どもを見ているのに、
夫婦で全然違う景色を見ているように
感じることがあります。
夫婦間のすれ違いが、
特につらくなりやすいのは、
こんな時かもしれません。
例えば、
自分は焦っているのに、
配偶者がその気持ちを分かってくれない時。
「まだ大丈夫じゃない?」
「そんなに気にしすぎなくても」
その言葉に、
少し置いていかれたような
気持ちになることがあります。
逆に、
普段あまり関わっていない側の親が、
成績や勉強方法について細かく口を出してくる。
毎日見ているからこそ感じる不安や、
積み重なっている空気感があるのに、
そこを飛ばして“結果”だけを見られてしまう。
そんな苦しさもあります。
そして、
一番つらいのは、
どちらか一方が
無関心になってしまうことかもしれません。
受験の話を避ける。
関わること自体をやめてしまう。
そうなると、
もう一方の親だけが、
不安も責任も抱え込む形になってしまいます。
ここで難しいのは、
お子さんへの関わり方に、
はっきりした「正解」があるわけではない、
ということです。
厳しくしたい人にも理由がある。
あえて普段通りでいようとする人にも、
その人なりの考えがあります。
だからこそ、
「どちらが正しいか」を決めようとすると、
夫婦関係そのものが
苦しくなってしまうことがあります。
そんな時は、
一度、
「どうしてそう思うの?」
と聞いてみてもいいのかもしれません。
責めるためではなく、
理解するために。
意外と、
不安の形が違うだけだった、
ということもあります。
そして、
もう一つ大切なのが
「タイミング」です。
自分の中では、
何日も考えて、
やっと口にした言葉だったとしても。
相手にとっては、
突然責められたように感じることがあります。
疲れている時。
仕事から帰った直後。
子どものことで気持ちが張っている時。
そんなタイミングでは、
本当は聞くつもりだった話も、
うまく届かなくなってしまうことがあります。
だからこそ、
少し余裕がありそうな時を選ぶ。
「ちょっと大事な話したいんだけど、
1時間くらい時間取れそうな日ある?」
そんなふうに、
あらかじめ“話す準備”をしてもらうだけでも、
空気が変わることがあります。
そして、
質問をする時に気をつけたいのは、
相手の話を最後まで聞くこと
です。
これは簡単そうで、
実はかなり難しい。
自分と違う意見を聞くと、
途中で説明したくなったり、
「でも、それって…」と
修正したくなったりする。
特に、
不安が強い時ほど、
相手の言葉を落ち着いて
聞けなくなることがあります。
でもそこで一度、
ぐっと飲み込む。
最後まで聞く。
すると、
最初は全然違う考えに見えていたものが、
実は「子どもを心配している」
という部分では同じだった、
と気づけることがあります。
相手の話を聞く時は、
「反論するため」ではなく、
「理解するための質問」を考えながら聞くと、
少し落ち着いて話を聞きやすくなります。
例えば、
「医学部受験は多浪も珍しくない、というけれど、
経済的な負担についてはどう考えている?」
「“みんな二浪くらいまでしている”というのは、
具体的にはどんなケースをイメージしているの?」
そんなふうに、
相手の考えの背景を確認していく。
すると、
ただ感情をぶつけ合うだけでは
見えなかったものが、
少しずつ整理されていくことがあります。
そして、
できれば一度、
「子どものことをどう見ているか」も、
夫婦で共有できるといいのかもしれません。
そもそも、
なぜ医学部受験を応援しているのか。
子ども自身について、
今どんな状態に見えているのか。
どんな大人になってほしいのか。
受験を通して、
何を得てほしいと思っているのか。
普段は、
目の前の勉強や成績の話ばかりに
なってしまいがちです。
でも、
少し引いて話してみると、
「ああ、この人もちゃんと
子どものことを考えていたんだ」
と、改めて気づくことがあります。
答えを揃える必要はありません。
ただ、
お互いが何を大切にしているのかを知るだけでも、
少し安心できることがあります。
そして実際には、
まったくズレのない夫婦の方が、
むしろ少ないのかもしれません。
普段は大きな問題になっていなかったことも、
受験や浪人のような大きな出来事があると、
一気に見えやすくなる。
不安への向き合い方。
お金の感覚。
子どもへの距離感。
「頑張る」のイメージ。
そういった違いが、
強く表に出てくることがあります。
だから、
夫婦の間にすれ違いが生まれること自体は、
決して特別なことではありません。
むしろ、
それだけ大きな出来事に、
家族みんなで向き合っている、
ということなのかもしれません。
また、
夫婦のすれ違いについて考える時に、
少しだけ視点を変えてみることもあります。
「子どもの浪人が、夫婦関係を変えてしまった」
というより、
もともとあった価値観の違いや、
役割の偏り、
コミュニケーションの癖が、
“受験”という大きな出来事をきっかけに、
表に出てきている。
そんなふうに考えてみる。
すると、
「浪人さえなければ全部うまくいっていたのに」
という苦しさから、
少し距離を取れることがあります。
もちろん、
受験は大きなストレスです。
でも、
問題をすべて“浪人”だけに
結びつけてしまうと、
子ども自身も、
必要以上に背負うことになってしまう。
だからこそ、
「これは受験だけの問題なのか」
と一度立ち止まって考えてみることも、
意味があるのかもしれません。
そして、
もう一つ大切なのは、
「孤独をゼロにしようとしすぎないこと」
かもしれません。
受験に対する不安も、
子どもへの思いも、
すべてを完全に分かち合えるとは限りません。
夫婦であっても、
親子であっても、
感じ方にはどうしても違いがあります。
だから時には、
「分かってもらえない部分もある」
ということを、
ある程度受け入れることで、
少し楽になれることもあります。
もちろん、
一人で抱え込む必要はありません。
でも、
孤独を完全になくそうと頑張りすぎると、
逆に苦しくなってしまうこともある。
“少し孤独なくらいでちょうどいい”
そんな距離感が、
支えになることもあるのかもしれません。
また、
どうしても孤独感が強い時は、
家庭の外に相談できる相手を持つことも大切です。
友人でも、
親族でも、
同じような経験をした人でも。
あるいは、
受験について客観的に
整理してくれる第三者でもいい。
「一人で抱え込まなくていい」
そう感じられるだけでも、
少し呼吸がしやすくなることがあります。
配偶者との関係について。
次回は、
「夫婦のズレを“受験仕様”にどう調整していくか」
について、
もう少し現実的な話を書いてみようと思います。
