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休職301日目・5歳の私に入った「生かさず殺さず」ソフトを、そろそろアンインストールする。

あなたにも、子どもの頃に身につけた「生き延びるための癖」はありますか。

目立たないようにする。
本音を言わない。
先に相手の機嫌を読む。
安心すると、なぜか不安になる。
安定しかけると、自分から壊したくなる。
人間関係や仕事が続きそうになると、逃げ道を探してしまう。

それは、性格の問題ではなく、
昔の自分を守るために必要だった処世術なのかもしれません。

でも、今の自分まで同じ方法で生きなくてもいい。

もし書ける方がいれば、コメントで教えてください。



夜中に目が覚めた。


そして、ふと思った。


私はずっと、自分のことを「飽き性」だと思っていた。


仕事も。

土地も。

人間関係も。

生活も。


少し安定してくると、急に不安になる。


「このままでいいのか?」

「もっと違う場所があるのでは?」

「ここに居続けたら、私は停滞するのでは?」


そう思って、新しい目的や目標を見つける。

そして、そこへ突っ走る。


その一方で、今ある環境や人間関係、手に入れたものへの感謝を忘れてしまうこともあった。


結果、何もかも手放す。


失う。


またサラから出発する。


その繰り返しだった。


私はそれを、ずっと「自分は飽き性だから」と思っていた。


でも、どうやら違うのかもしれない。


私は飽き性だったのではない。


安定すると不安になるように、子どもの頃から設定されていただけだったのかもしれない。


5歳の私の脳は、世界を「安全な場所」として覚えられなかった


5歳の私の脳は、世界を「安全な場所」として覚えられなかった。


目立つことは、危険に見えた。


自分を出すことは、攻撃されることに直結していた。


だから私は、

田舎社会と家庭の中で、生かさず殺さずの環境を生き抜く処世術を身につけた。



それは愛想笑いや空気読みではない。


幼い私にとっては、生存戦略だった。


強い人の機嫌を損ねない。

目立たない。

逆らわない。

自分の感覚を出さない。

安心しすぎない。

世界は安全ではないと覚えておく。


そうやって私は、小さい身体で生き延びていたのだと思う。


今の自分から、あの頃の私に言えることがある。


その処世術は、当時のあなたを守った。


でも、これからの人生まで同じ方法で生きなくていい。


親も田舎社会に怯えていた


子どもの頃、私の家には田舎社会の圧があった。


近所。

親戚。

小姑。

ムラ社会。

世間体。

暗黙の了解。


親も、たぶんその世界に怯えていた。


だから私たち子どもに対して、


「あなたたちだけは、私たちに逆らわないでほしい」

「せめて家の中では、親の手を噛まないでほしい」

「外で傷ついているのだから、内側では服従してほしい」


そんな空気を出していたのだと思う。


でも、それは全く逆効果だった。


私は、そんなチキンな両親に、身近な大人のモデルとしての憧れを持てなかった。


外の世界に怯え、田舎社会に怯え、近所に怯え、親戚に怯え、そのぶん家庭の中で子どもに小さくなることを求める。


そんな大人になりたいとは、思えなかった。


「小さく、目立たず、でも心豊かに」の罠


親は、たぶん生き延びるためにそうしていたのだと思う。


田舎社会の中で、できるだけ小さくとどまる。


目立たない。

波風を立てない。

反発しない。


でも、その中で心豊かに生きているのだと、自分に言い聞かせる。


そうやって、自分たちを納得させていたのだと思う。


でも、その考え方は、私にとって足かせになった。


目立つな。

欲しがるな。

大きく出るな。

安定しても、油断するな。

うまくいっても、調子に乗るな。

幸せそうにしていると、何か悪いことが起きる。


そんなネガティブでハードモードな考え方が、私の奥に刷り込まれていたのかもしれない。


一見自由だった。でも、いつも不安だった


振り返ると、私は一見、自由に生きてきた。


転職もした。

移動もした。

夜職もした。

工場派遣もした。

いろんな土地で暮らした。


でも、その自由は、安心の上にある自由ではなかった。


非正規雇用。

生活の不安。

人間関係の断絶。

積み上げる前に離れる癖。

安定しかけると湧いてくる不足感。


稼げるようになった。


生活が少し整ってきた。


仕事が安定してきた。


そう思った瞬間、なぜか不安になる。


「このままでいいのか?」


この問いは、成長や発展という面では悪くない


でも、安定や安心感、信用構築、継続、達成という面では、かなり厄介だった。


今あるものを大切にする前に、新しい何かを探してしまう。


今の環境に感謝する前に、足りないものを見つけてしまう。


その結果、また手放す。


また失う。


また最初からやり直す。


これは飽き性ではなく、安定に耐えられない心の癖だったのかもしれない。


3年未満のサイクルは、飽き性ではなかった


確かに、私には3年未満のサイクルがあった。


仕事も、土地も、人間関係も、ある程度の期間で変わっていく。


私はそれを、


「私は飽き性だから」


と片づけていた。


でも本当は、

安定してくると不安になるだけだったのかもしれない。



安定する。


人間関係ができる。


信用が積み上がる。


役割ができる。


その場所に根が生え始める。


すると、怖くなる。


ここに居続けていいのか。


このまま閉じ込められるのではないか。


また「生かさず殺さず」の場所になるのではないか。


安心した瞬間に、何かに奪われるのではないか。


だから、動く。


自分から吊り天井の部屋に入る。


安定しているのに、不足感へ目を向ける。


うまくいっているのに、不安を探す。


守られているのに、逃げ道を探す。


それは、5歳の私が覚えた生存戦略の残骸だったのかもしれない。


「生かさず殺さず」は、非正規雇用や住み込み仕事にもあった


「生かさず殺さず」という言葉を考えていたら、これは田舎社会や家庭だけの話ではないと思った。


非正規雇用の世界。

住み込み仕事の世界。

寮付き派遣。

リゾートバイト。

工場派遣。


そこにも、似た構造がある。


働けば、住む場所はある。


給料も出る。


生活は一応できる。


でも、正社員のように守られているわけではない。


長く続けても、積み上がるものは少ない。


辞めれば、仕事と同時に住む場所も失うことがある。


これは、かなり強い。


会社にとっては便利な労働力。


でも、本人にとっては生活そのものを握られている状態でもある。


生きられる。


でも、安心しては生きられない。


死にはしない。


でも、自由に人生を広げるほどの余白はない。


まさに、生かさず殺さず。


私はその世界を、自分の足で歩いてきた。


だからこそ、5歳の頃に刷り込まれた処世術と、非正規雇用の世界が妙に噛み合ってしまったのだと思う。


目立たない。

逆らわない。

空気を読む。

波風を立てない。

与えられた環境の中で、なんとか生活を回す。


子どもの頃に覚えた生存戦略が、大人になってからも、そのまま使えてしまう場所があった。


それが、住み込み仕事であり、非正規雇用だったのかもしれない。


でも、使えてしまうことと、幸せになれることは違う。


私は、生き延びることはできた。


でも、安心することはなかなかできなかった。


もう、その場所に自分から戻らなくていい


今まで慣れ親しんできた非正規雇用や住み込み仕事は、私にとって「自由」ではなく、

子どもの頃に覚えた“生かさず殺さず”の処世術が、そのまま通用してしまう世界だったのかもしれない。



だから今、私は働き方だけではなく、生き延び方そのものを見直している。


もう、生かさず殺さずの場所に、自分から戻らなくていい。


あの頃の私は、よく生き延びた。


でも今の私は、もう「生かさず殺さず」の場所に自分を置き続けなくていい。


目立つことは、殺されることではない。


自分の感覚を出すことは、罰ではない。


5歳の私が覚えた処世術を、40代の私が少しずつ解いている。


それが今の休職であり、回復なのかもしれない。


今は2026年6月、夏至


今は2026年6月、夏至。


私はもう、5歳の時の場所にはいない。


あの時の大人たちの支配下にもいない。


夜中に記憶が戻ってきても、それは「今起きている危険」ではなく、「過去の危険を身体が再生している状態」なのだと思う。


今この瞬間は、


足の裏を床につける。


部屋の中にあるものを3つ見る。


水かお茶を少し飲む。


「これは記憶。今は2026年。私は大人」


と小さく言う。


それだけで十分だ。


回復は、立派なことをする日だけではない。


過去の記憶に引き戻されそうになった時、今の床へ戻ってくること。


それも、ちゃんと回復なのだと思う。


安定しているなら、安定に目を向ければいい


安定すると不安になる。


その心の癖は、もう少しずつ手放していい。


安定しているのに、わざわざ不足感へ目を向けなくていい。


うまくいっているのに、突然、吊り天井の部屋に入らなくていい。


安定しているなら、安定に目を向ければいい。


今あるものに感謝すればいい。


ご飯がある。


寝る場所がある。


通院できる。


図書館に行ける。


自然起床できる。


洗濯機を回しながらストレッチできる。


noteを書ける。


読んでくれる人がいる。


それだけでも、昔の私から見れば、十分すごいことなのかもしれない。


私は飽き性だったのではない。


安定すると不安になるように、子どもの頃から設定されていただけだったのかもしれない。


親も田舎社会に怯えていた。


その怯えの中で、私にも「小さく生きろ」と刷り込んだ。


でも私は、もうその方法で生きなくていい。


5歳の私が覚えた処世術は、当時の私を守った。


でも、これからの私まで縛らなくていい。


安定しているなら、安定を疑うのではなく、まず感謝してみる。


今ある場所を、すぐに壊さない。


今ある関係を、すぐに手放さない。


今ある生活を、敵にしない。


それが、今の私に必要な回復なのだと思う。


5歳の私に入ったソフトを、40代の私が外していく


生かさず殺さずのソフトは、もう古い。


5歳の私の脳に入ったそのソフトは、たしかに当時の私を守った。


でも、40代の私がこれからも同じ設定で生きる必要はない。


目立つことは、殺されることではない。


自分の感覚を出すことは、罰ではない。


安定することは、閉じ込められることではない。


安心することは、油断ではない。


今ある生活に感謝することは、成長を諦めることではない。


休むことは、負けではない。


40代の私は、そろそろ新しい設定で生きていい。


5歳の私が覚えた処世術を、少しずつ解いていく。


それが今の休職であり、回復なのかもしれない。


止まらず、削れず、進む。


できれば削れずに。


そこ大事。

あなたにも、子どもの頃に身につけた「生き延びるための癖」はありますか。

目立たないようにする。
本音を言わない。
先に相手の機嫌を読む。
安心すると、なぜか不安になる。
安定しかけると、自分から壊したくなる。
人間関係や仕事が続きそうになると、逃げ道を探してしまう。

それは、性格の問題ではなく、
昔の自分を守るために必要だった処世術なのかもしれません。

でも、今の自分まで同じ方法で生きなくてもいい。

もし書ける方がいれば、コメントで教えてください。

あなたが子どもの頃に覚えた「生き延び方」は、今の生活にも残っていますか。
それは、今もあなたを守っていますか。
それとも、そろそろ手放してもいいものになっていますか。

無理に過去を掘り起こさなくて大丈夫です。
書ける範囲で。
今の自分を削らない範囲で。

私は今、5歳の私が覚えた処世術を、40代の私が少しずつ解いている途中です。

同じように、昔の設定を少しずつ外している人がいたら、
「自分だけじゃなかった」と思えたら嬉しいです。

止まらず、削れず、進む。
できれば削れずに。

そこ大事。

※この記事には、幼少期の記憶、家庭や地域社会での圧、非正規雇用や住み込み仕事に関する個人的な体験が含まれます。医療的な診断や一般化を目的としたものではなく、私自身の回復途中の記録です。


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