見出し画像

これまでを振り返ろうと思う

初めてのnote。

今日、夜勤明けの帰り道。
気持ちいいくらい晴れてました。

なんとなく気持ちの整理をしたくなったので、これまでのことを書いてみようと思います。

2015年、第100回薬剤師国家試験に落ちました。

思えば、この辺りから少しおかしかったのかなと思います。

同級生が薬剤師になって働いているのに、自分は浪人生。
25歳でお金を稼げないことが、すごく恥ずかしかった。

頑張った。
必死に頑張った。

翌年、無事に国家試験に合格して薬剤師になりました。

でも、「同級生より遅れてる」という気持ちは、たぶんずっと残っていたんだと思います。

だから、休日も勉強した。
研修会にもたくさん参加した。

もともと要領がいい方ではなくて、仕事も周りよりできない。

だったら、その分知識をつけようと思っていました。

最初に働いたのは、救急やICUもある総合病院でした。

自分もそういう病棟に配属されました。
人の死が目の前にあるかもしれない環境は、正直しんどかった。

家にいる時に救急車のサイレンが聞こえるだけで、胃が痛くなることもありました。

それでも頑張った。

いろんな人に支えてもらいながら4年間働いて、自分なりに、それなりの薬剤師にはなれたんじゃないかと思えるようになりました。

そして、2020年。

コロナが始まりました。

3月までは、まだそこまで変わらない日常だったと思います。

怖い感染症が流行り始めている。
マスクがない。

そんな話はしていたけど、職場に行けばいつもの人たちがいて、みんな仲良くしてくれる。

まだ、そんな日常でした。

4月。

救急などのある総合病院から、がんの専門病院へ異動しました。

そのタイミングで緊急事態宣言。

異動したばかりだから、ゴールデンウィークは仕事もほとんどない。

でも、どこにも行けない。

実家にも帰れない。

自分は大丈夫でも、もし親にうつしたら大変なことになるかもしれない。

そう考えて、ずっと一人でマンションにこもっていました。

当時は今ほどNetflixやPrime Videoを見たりもしていなかったので、本当にやることがなかった。

だから、また頑張りました。

がんの専門病院で、自分に何ができるのか。

もともと興味のあった漢方の認定を取りました。

以前から勉強していた心電図検定も、3級、2級、1級と合格しました。

そして、がん専門薬剤師にもなりました。

職場に言われて、周術期の認定も取りました。

気づけば、休日は仕事に疲れて休むか、勉強するか。

それが普通の生活になっていました。

当時はそれを特におかしいとも思っていなかったけど、今から振り返ると、少しずつ自分を蝕んでいたんだと思います。

がん専門薬剤師になってからは、もっとしんどくなりました。

頼りにしてもらえるのは嬉しかった。

でも、自分には決定権がない。
自分一人では解決できない問題もたくさんやってくる。

ストレスもどんどん溜まっていきました。

たまに、すごい動悸がすることがありました。

胸が痛くなることもあった。
吐き気がすることもよくあった。

もう、体も心も限界だったんだと思います。

大阪には、よくしてくれる上司がいました。

こんな俺を気遣ってくれる同期も、後輩もいました。

たまにではあるけど、大学や高校の仲間に会えることもありました。

そして、職場では自分なりに期待してもらっていたと思います。

国家試験に落ちたところから始まって、決して要領がいいわけでもなかった自分がここまで来られたのは、本当にいろんな人に支えてもらえたからでした。

たくさん教えてもらって、助けてもらって、いろんな経験をさせてもらった。

それなのに、期待してもらっていた中で退職することになったことには、今でも申し訳なさが残っています。

お世話になった人たちに、ちゃんと恩返しできたのかなと思うこともあります。

みんな大好きでした。

だから、大阪を離れることはすごく悩みました。

それでも一度、大阪を離れたかった。

大阪にいると、何かにがんじがらめにされて、身体が動かなくなるような感覚がありました。

周りを見れば、みんな結婚して、子どもが生まれて、少しずつ人生の次のステージに進んでいく。

でも、自分は何も変わらない。

仕事に行って、疲れて帰って、休日は休むか勉強するか。

「このまま何も変われないまま、年老いて死んでいくのかな」

そんなことまで考えるようになりました。

誰かが嫌だったわけでも、職場が嫌いだったわけでもない。

むしろ、大切な人たちがたくさんいたからこそ、離れることにはずっと迷いがありました。

それでも、一度全部から離れて、自分を立て直したかった。

そこで、札幌に行くことにしました。

特に理由はありません。

沖縄でも福岡でも良かった。笑

あえて言えば、両親が北海道を好きで、子どもの頃に何度か旅行に連れてきてもらったくらい。

それくらいの関係です。

知り合いも一人もいませんでした。

それでも、ここで一から、壊れた自分を見直したかった。

今までの自分を変えたかった。

札幌に来て、まずボイトレ教室に通い始めました。

もともとヒトカラは好きだったけど、音痴な自分を変えたかった。

良い先生に巡り会えて、今では大切な俺の居場所になりました。

先生は昔、ライブバーで働いていたことがあって、レッスンの中でそんな話を聞くこともありました。

それまでの自分には、ライブバーなんてほとんど縁のない場所。

でも、話を聞いているうちに「一度行ってみたいな」と思うようになりました。

実際に行ってみると、そこでもいろんな人に出会いました。

札幌には知り合いが一人もいない状態で来たので、正直、寂しいと思うことも多いです。

だからこそ、ボイトレを始めたことや、先生と出会ったことがきっかけで、今までの自分なら行かなかったような場所に行けるようになったことには、すごく感謝しています。

最近はゴルフにも通い始めました。

両親からも「やればいいのに」と言われていたゴルフ。

大阪にいた頃は、妙に節約した生活を送っていました。

それも自分にはあまり良くなかったのかなと思って、今はそこまで節約ばかり意識せずに生きています。

悪いことかもしれないけど。笑

そう考えると、札幌に来てから少しずつ、自分は変わってきているのかもしれません。

そして、人には恵まれていると思います。

大阪でも札幌でも、みんな本当によくしてくれる。

優しい人がたくさんいる。

貴重な20代は、苦しいことが多かった。

もう36になります。

過ぎていった時間は戻らない。

仕事も、これからどうするのかまだ分からない。

これからもしんどいことは、たぶんたくさんあると思います。

それでも。

残りの人生は、仕事や勉強だけじゃなくて、自分が楽しいと思えることも大切にして生きていきたい。

歌ったり。

ゴルフしたり。

知らない場所に行ってみたり。

いろんな人に出会ったり。

今までやらなかったことも、もっとやってみたい。

まだ札幌に来て2年も経ってないけど、来てよかったと思えることも少しずつ増えてきました。

知り合いも一人もいない状態で来た街だけど、今は札幌が好きです。

もうすぐ36歳。
これからの自分がどうなるのか、今はちょっと楽しみでもあります。

今日、夜勤明けの帰り道。

あまりにも空が綺麗だったので、そんなことを考えていました。

いいなと思ったら応援しよう!