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お仙さんを見かけたので…笠森稲荷【寺社散歩】

“江戸時代を代表する8大浮世絵師の版画と、歌麿、北斎、暁斎らの貴重な肉筆画を一堂に展示!!” 目当てに、東京都美術館へ。

春信さんの「鍵屋お仙と侍」にうっとりしたので、

鍵屋お仙と侍/鈴木春信

その足で、“笠森稲荷”…上野桜木1丁目の東叡山養寿院へ。
初お参り。
養寿院は、寛永寺の子院の一つで、“松平筑前守及び越後松平光長を宿檀として、開基第一世権大僧都廣海和尚によって建立されたお寺”だそうな。

上品な門構え

ひっそりとした境内…なんかドキドキしてしまうんだな、お寺って…
まっすぐ正面脇目もふらず、まずはお参り!
チラリ…境内は右手に伸びてる。
こじんまりとした上品なお庭。

観音様の石仏が美しい

で、えぇと、笠森稲荷は…?
振り返ると…赤い鳥居が、ちらりと見えた!

境内は背筋が伸びる美しさ…

門のすぐ脇に、すっぽりとおさまってる感じ。

幟には“笠森茶吉尼天”と…!?

こちら側には池もあって、
泳いでる鯉がかなり巨大で、ちとビビる…

あちら側の踏み石に立って“鯉の餌やり”したくなるような雰囲気…(どんなよ?)

で、“笠森稲荷”。

かわいらしい神狐さん

素木造の小さなお社で、素敵です…

もともと谷中7丁目あたりにあった福泉院の境内に鎮座していた“笠森稲荷”。
福泉院が廃寺(上野戦争で焼失)になったときに、
御神体がこちらに遷されたそうな。
お仙さんのいた水茶屋「鍵屋」があったのは、
その“福泉院の境内の笠森稲荷”とのこと。
という関係性なので、
こちらには“お仙さん”に関しての案内などは特に無く…
(という以前に、お寺の由緒書きとか案内板とか、一切無かったけど…)

その福泉院の跡地は、現在、功徳林寺になっていて、
そちらの境内には、“笠森稲荷堂”が…
そちらには、以前お邪魔したことがあり、

笠森稲荷堂

扁額に“吒枳尼天”とあるので、
お寺系お稲荷さん(という言い方が良いのかどうかわからんが…)
ということになるのでしょう、ね…“堂”だし…
跡地なので、ある意味、記念 的な…?
こちらには、お仙さんに関する案内板ありました!

“ご自由にお取りください”には何があったのか…?w

さらに、界隈にはもう一箇所“笠森稲荷”があるので、
ちょい、ややこしいことに…
谷中3丁目の大圓寺
福泉院同様、
大阪府高槻市の笠森神社から勧請された稲荷神をお祀りしていたので、
こちらも“笠森稲荷”…だったのだけど…
後に、稲荷神の本地仏である瘡守薬王菩薩としてお祀りしなおした、と。

養寿院の“笠森稲荷”は、
いちお宇賀御魂神がお祀りされてるようなのだけど、
笠森茶吉尼天の幟が立っているし…???

そんな混乱は、すべて“神仏分離令”のせいだ!!…やれやれ…

で、大圓寺。こちらは、まだお参りさせていただいたことが無く…
本堂が、唐破風の向拝が二つ並ぶ珍しい複合仏堂とのこと。
御本尊を祀る「経王殿」と
瘡守薬王菩薩を祀る「薬王殿(瘡守堂)」が横並びとか、
なんかすごい…それほど大切なんだね、“笠森稲荷”。
そしてこちらには、
永井荷風撰文の「笠森阿仙の碑」と
笹川臨風(文学博士)撰文の「錦絵開祖鈴木春信」碑が…
ちなみに、
永井荷風氏もここが“お仙の笠森稲荷”と誤認してこの碑を建てた…って、
そんなことある?w
何はともあれ、
次の機会にはぜひ寄らせていただきましょ。

さてさて…
「鍵屋お仙と侍」。
このお侍さんは後の旦那さんだったりして?w

お仙さんの生涯は、とても幸せだったようで…何よりです!


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