人生ふり返り⑧ ~台湾で日本語教師始めました!(^^)!~
1997年の夏から、ネイティブ講師として日本語教室で働き始めました。
私が仕事をすることになった新竹という街や、学校の概要については、前回投稿しました〈人生ふり返り⑦ ~社会人生活スタート~〉をぜひ読んでくださいね!(^^)!
今回は、台湾に渡ってすぐの頃の、新たな中国語との出会いを中心に書いてみたいと思います。
Q: 当時の私の中国語力は・・・?
台湾での生活を始めると同時に、私の新たな台湾の中国語学習もスタートしました。〈人生ふり返り⑤⑥ ~大学生時代~〉で書いたように、私は大学時代の5年間(途中2年ほどの中断期間はありましたが)、中国語を勉強してきました。私が学んでいたのは、「北京語」とか「普通話」と呼ばれる簡体字中国語で、私自身も中国語とはそういうものなのだと思っていましたが、、、
マレーシアのペンパルと中国語でやりとりするようになってから、彼女の書く中国語の文字が私が勉強してきた文字と全然違う、やたら画数の多い文字だったこと、それから台湾に就職するにあたって日本語学校とやり取りしたFAXの書類も、マレーシアのペンパルと同じ複雑な字だったことで、“この字は一体何なの??”という疑問がありました。(私が日本語教育に興味を持つきっかけとなった国際文通については、〈人生ふり返り④ ~高校生時代~〉に詳しく書いています。)
本当に恥ずかしながら、当時の私は、台湾で使われている中国語の文字が中国大陸などで使われている簡体字と違う、繁体字中国語というものであることを、台湾に渡るまで全く知らなかったのです(≧▽≦)(≧▽≦)。
ちょっと整理しておきます。私は「台湾の中国語」という言い方をしています。現在、台湾で使われている標準語のことを主に外向けに「台湾華語」と言っていますが、当時この言葉は存在しませんでした。少なくとも、私が後に日本に帰国する頃まで見たことも聞いたこともありませんでした。言葉というものは、何語でもそうですが、どんどん変わっていくものなので、私が当時を振り返る文章を書く中で「台湾華語」の単語を使うのは抵抗があります。ですからここでは「台湾の中国語」で統一させていただきます。

職場が日本語学校で、T主任も同僚の台湾人の先生たちも日本語を話せる人ばかりでしたから、職場にいるときは初めは主に日本語でやり取りできたことは恵まれていたと思います。大学時代に中国語を勉強し、1ヶ月だけですが北京大学に短期留学したことがあったものの、私の中国語力、特に会話力は本当に低くて、ごく簡単なやりとりしかできない状態でした😔
何より、耳に入ってくる、台湾の同僚たちや生徒さんたち同士で授業の合間に話している中国語がとにかく速い速い‼️😮😭‼️ 呪文のようにしか聞こえなくて、ほとんどついていけませんでした😔😔😔
また、私の口から出るのはもちろん教科書中国語だったし、今思えばかなり強い北京訛りがあって、笑われることもよくありました。
とにかくネイティブの生の中国語を、わからなくても聞き続けることに集中しました。初めは本当にほとんど分からなくて落ち込んだのですが、、、仕事を始めて1ヶ月近くたった頃でしょうか…???
相変わらず速くて、呪文のようなネイティブ会話の中でも、“あっ、これ前も聞いた!”とか、“これ、教科書で勉強したあの単語だ!”と思える単語やフレーズが出てくるようになりました。
学校で日本語授業の準備をしながら、他の人たちの会話に耳をそば立て(*^^*)、少しでも疑問を持つとすぐに、「それってこういう意味ですか?」「こんな言い方もできるでしょうか?」などと質問するようになりました。
私のしつこい、時にはヘンな質問に対しても、自らも日本語を学習した経験のある方たちが忍耐強く、わかりやすく教えてくれたことを今でも本当に感謝しています。🙇💕💕
職場では恵まれた学習環境でしたが、外に出るとそうはいきません(>_<)。
気晴らしにショッピングに出るのも、こわごわでした(>_<)
でも…かれこれ3か月ぐらいたったころでしょうか・・・?
よく行く朝ごはん屋さんやコンビニの店員さん、屋台の焼き芋屋さんなどと簡単なやりとりができるようになっていきました!(^^)!
同時に、テレビのニュースやドラマの中国語もだんだん分かるようになりました。やはり3か月目が大きな転換点だったと思います。その後、私の中国語会話力の上達速度はどんどん加速して、かれこれ1年くらいたった頃には特別難しいことでなければ聞き取れ、言いたいこともほぼ言えるようになりました。
最後はとてもはしょって書いてしまいました(*^^*)。では、次にここまで来るまでの私の中国語学習法をもっと具体的にお伝えします。
Q: どんな教材で勉強したの?
当時は、今と比べると外国人向けの台湾中国語テキストというものは本当に少なかったと思います。あってもそのほとんどは英語で説明しているものでした。私が中国語を勉強するのに使ったテキスト、、、それは仕事で使っていた日本語教科書でした!!
台湾の方が日本語を勉強するために作られたもので、会話にも単語にも中国語訳が付いていましたから、この日本語は中国語ではこう言うのだとすぐわかり、会話表現の上達にとても役立ちました。また当時はインターネットはありませんでしたから、テレビが聞き取りの練習にとても役に立ちました。特にテレビでよく放映されていた、日本のドラマに中国語の字幕がついたものをよく見ていました。
Q: 学校には通ったの?
小さな地方都市の新竹には、当時外国人が中国語を習える教室はほぼなかったと思います。仕事も忙しくて、学校を探す余裕もありませんでした。
私がローマ字ピンインで学んできたことを知った、日本語学校の事務をしていた女の子が、自作のプリントで注音符号を教えてくれました。この時には正直、ローマ字ピンインのほうがすっかり慣れていたし、「ローマ字でええやん。」と思っていたのですが、その後だんだんと注音符号の良さを実感するようになりました。
つまり、私が台湾に来てから、中国語を学ぶのにかかった費用は、ほぼゼロ!(^^)!
ここまで読んでいただいて
社会人生活スタートの1年間を、中国語学習を中心にとてもはしょって書いてしまいました(*^^*)。
次回からは、台湾での仕事のこと、生活のこと、それから私の人生の次の大きなステップのことを書いていきたいと思います。
もしよろしければ、また私の人生断捨離にお付き合いいただけると嬉しいです。
20260825
