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【ミッドライフクライシスの特効薬】マイクロ・リタイアメントのススメ



2021年、私は性格が悪くなってしまった。


シンガポールでマーケティング会社を経営していた時の話である。

この頃私は、事業の一環として80年代風スナック喫茶をオープンさせ、大ママとしてカウンターにも立っていた。


男も女も、ミッドライフクライシスには、やけにバーだのカフェだのスナックだのを開きたくなるものだ。当時30代後半だった私はすでにプレ・ミッドライフクライシスとでも言うべき精神状態にあったのだと思う。この能天気な写真が物語る通り、本人にその自覚はもちろんなかったのだけれど。

これから私が語る話は、一見何の関係もなさそうに思えて、あなたの人生にも十分に起こり得ることである。

そして後に紹介する、海外で流行中の「ある概念」が、もしかするとあなたを救う転機になるかもしれない――――。

序章:サエない相棒がやってきた!


開店当初の私は、昼間のおカタい仕事の息抜きとして、店に立つことを誰より楽しんでいた。夜な夜な日本人駐在員とその妻たちを捨て身のトークで盛り上げ、「大ママは顔は普通だけど、性格だけは絶世の美女だからなぁ」なんて、褒められたり(?)して。人懐っこく、冗談によく笑い、スタッフへの気配りも自然にできる、明るい人間だった。

でもその私が徐々に、でも確実に、めちゃくちゃ性格を悪くしていった。

当時は昼も夜も働いていたわけだが、勤務時間を見てみれば、決して長すぎるというわけでもない。昼間の仕事は家でもできたし、クライアントとの関係は安定していてミーティングはたまにしかなかったし、店に顔を出す日もたかだか週3回程度だった。一般的な同年代の男女なら、体力的にも精神的にも、さほど苦にならないスケジュールだったはずだ。

でも開店から2年が経った頃から、徐々に何かが変わっていった。

  • スナックの方の出勤時間を気にしつつ、ブツブツと文句を言いながらマーケティングの仕事をこなす

  • 開店5分前にやってきたと思ったら、店の冷蔵庫をがばりと開けてビールを取り出し、一気飲み

  • お客様がいない時は、スタッフとも話さず、仏頂面でスマホをいじり続ける

これだけでもひどいが、末期には、お客様のことまでウザくなってきた。

当時のシンガポールはまだコロナ禍を引きずっており、日系企業の駐在員の多くは飲み歩くことを控えていた。そんな中、自身のレピュテーションリスクも顧みず、なんとか私たちの店を存続させようと熱心に通ってきてくださる神様みたいな方々の……顔も見たくなくなった。

このままエスカレートすると、お客様にまで当たり散らすことになる。そう気づいた私は、店を閉じた。なんだかもうマーケティング会社の方もやる気にならなかったので、元従業員が独立してやっていた別会社に、全ての案件を譲り渡した。起業して10年間、心血を注いで築き上げてきたというのに、誰もが驚くほどあっさりと、私は会社を畳んでしまったのだ。
しかもそのすべてを、半自動的に、ポーカーフェイスでやり遂げてしまった。

これが【燃え尽き症候群】である。

もっとも、自分の精神状態が普通でなかったことに気づいたのは、それからずいぶん後のこと。廃業してから3カ月、人付き合いを避け、泥のように眠り、好きなものを好きなだけ食べ、観たかったドラマシリーズを完走し、公園で一人ピクニックをし、趣味の手芸を再開したあたりで気づいた。

ああ、私は燃え尽きていたのか、と。

私の人生にはいつの間にか、ミッドライフクライシスの「サエない相棒」こと、燃え尽き症候群が忍び込んでいた。けれどそれは想像以上に静かな変化で、最中にある時には全くその自覚を持てなかった。違和感があったとしても、あれ、生理前だっけ、くらいの感覚である。しかし気づけば時すでに遅し!

もう店もないし、従業員の方々にも退職してもらったし、マーケティングの方の案件も「返して♡」なんて言えないし、自分の馬力もまだ戻ってこない。

かくて私はフリーコンサルタントとしてまたイチから人生を積み上げていくことになるのだけれど、それは後々お話しすることにして今はまず、

燃え尽き症候群って恐いよ

ってことを重ね重ねお伝えしておきたい。もうそんなこと知ってるって?いや、あなたはおそらくまだ、燃え尽き症候群の本当の恐ろしさを理解していない。

これの一番厄介なところは、本人にも周囲にも、「最近、なんか性格悪くなったな」くらいの自覚症状しかないことだ。なんか人に会うのダルいなー、四六時中愛想良くしとくの無理だよなー、とか、その程度。そのクセ被害は甚大で、私なんか、まるで洗濯物でも畳むかのようにあっさりと、

人生かけて築き上げてきた事業を畳んでしまったのだから!!


……なぜ、こんなことになってしまったのだろうか。

それは、私が、気づかないうちに自分自身の人生のコントロールを手放し、心身を消耗させていってしまったからだ。

特に店を作ってからは、それが顕著だった。週3日、火曜と木曜と土曜にはいます、と宣言したら、基本的には必ずそこにいなければならない。たまにまとまった休みを取ったつもりでも、気持ちは全く休まっていない。仕事が気になってしっかり休めないという同様の経験をしたことがある人は、私以外にも少なくないのではないだろうか。

また、心労も重なっていた。両親が相次いで亡くなったことや、離婚に向けて準備をしていたこと、コロナ禍で会社の経営環境が大きく変化していたことなど、「自分の工夫や努力だけではどうしようもならないこと」に振り回される日々が続いていた。

私の人生なのに、私が自由にできるものが少なかった。自分の時間のほとんどが「やるべきことリスト」の消化に費やされている状態。

  • 休みは、「休むべきだから休む」

  • 美容も「マナーだからする」

  • 人に会うことさえも「会うべきだから会っておく」

そうやってロボットのように、やるべきことリストを消化する日々が続いていった結果、私らしさは擦り減って無くなり、「性格が悪くなってしまった」というわけ。

これは個人的な現象の域に留まらないらしい。米国労働統計局(BLS)のデータによると、35歳から44歳の人々が全年代の中で最も「自分の自由に使える時間が少ない」という。この年代は、

  • 子育てのピーク(乳幼児〜小中学生)

  • キャリアの責任が重い時期(管理職・中堅)

  • 親の介護

  • 自分自身の健康管理

など、時間の「需要」が全方向から来る世代で、うかうかしていると自分に使える時間が極端に少なくなってしまうのだそうだ。

もう、お気づきだろう。これは、遠いどこかのスナックのママだけに起こる話ではない。今画面の前で「自分には関係ない」という顔をしている、あなたの話でもあるのだ。

どうか燃え尽きる前に、休んでほしい。「あなた」らしくいる時間を、意図的に確保してほしい。

そしてそのために、マイクロ・リタイアメントという、ここ数年海外でとても流行っている概念を知ってほしいのだ。


第一章:働き続けるための知恵、マイクロ・リタイアメント


FIREという概念が海外から輸入され、日本でも少し流行してから久しい。

Financial Independence, Retire Earlyというやつである。

ガッツリ稼いでお金を貯めて、さっさと仕事をやめてリタイアしましょうというコンセプトなのだけれど、正直に言わせていただきたい。これって、めちゃくちゃ日本人と相性の悪いコンセプトなのではないだろうか。

日本人はそもそも、仕事というものに対し、ある種神聖な使命感を持って取り組む民族だと思う。皇室の儀式や恒例行事にも、働くことがたくさん含まれている。天皇自らが田植えを行う「皇室の稲作」や、皇后自らが収穫した生糸を供える「御養蚕納の儀」なんかが、その良い例ではないだろうか。

こういう文化で育っている私たち日本人にとって、働くことは、西洋人が思うような「罰」ではない。むしろちょっと誇らしいもので、国づくりに通じることで、社会の一員であることの証明である。

だから、「頑張ってお金を貯めて、労働から解放されましょう」という西洋のFIREの考え方を、日本人は手放しで「救済」としては受け取れない。労働と一緒に、仕事で得ていた生きがいまで手放すことになってしまうから。

それでも、そんな日本人だって、休まず頑張り続ければ疲れてしまう。
だからこそ、もっと日本人のメンタリティや働き方にフィットする、新しいコンセプトを知ってほしいと思う。

それがマイクロ・リタイアメントである。

マイクロ・リタイアメントは、2025年に欧米のZ世代やミレニアル世代の間で大ブームになった。何を隠そう、私も去年からその流行りに乗っかっている。

元々はアメリカ人著者のティモシー・フェリス氏が【「週4時間」  だけ働く。】という著書内で提案したミニ・リタイアメントが初出らしい。それがZ世代によって再発見され、「マイクロ・リタイアメント」という呼称で、2025年に再ブレイクしたというわけ。ミニ・リタイアメントもマイクロ・リタイアメントも、内容はほぼ同じでつまり、

1か月~2年くらいの間、意図的にキャリアを中断すること

を指す。FIREが、「さっさと経済的に自立して仕事をやめてしまおう」という考え方なのに対して、マイクロ・リタイアメントはむしろ働き続けるための知恵として生まれた。定年まで休みなく働き続けると燃え尽きてしまうから、時々キャリアを中断してしっかり休んで、またバリバリ頑張りましょう、というコンセプトなのだ。

なお、この新しい考え方はすでに時代をシフトさせてしまったようだ。2025年にアメリカでは、Z世代の9%がマイクロ・リタイアメントを計画中だという調査結果が出た(ミレニアル世代では更に高く、13%にものぼる)。Z世代の17%はすでに一度経験済みで、63%は「将来的に取ることを検討している」という。ここまで来ると、一過的なムーブメントで終わるとは思えない。

また、マイクロ・リタイアメント中の過ごし方にルールはない。その期間を使って旅をしまくる人、リスキリングに時間を割く人、ただ何もせずにじっくり体を休める人など、過ごし方は本当に人それぞれだ。ただ、共通しているのが、

今「あなた」がやるべきことは、先延ばしにせずにやるべき

という考え方であり、生き方である。仕事はある程度代わりがいるかもしれないし、今の仕事にも代わりがあるかもしれないけれど、「あなた」であることを待ってもらうことはできない。

  • 20kgのリュックを軽々と担げるうちに、バックパック旅行をしてみるだとか

  • 子供が小さいうちに、全力で一緒に遊んだ思い出をたくさん作ってあげたいだとか

  • 実家の農家の収穫の時期を手伝いたいとか、ついでに納屋の水漏れも修理したいだとか

  • もちろん、燃え尽きる前にしっかり心と体を休めて、自分らしさを取り戻すだとか

こういうことは全て、「あなた」しかできないことであり、今というタイミングを逃して定年退職後に追いやるわけにはいかない大切な用事である。

だから、今やる。
人生のコントロールを取り戻す。
それがマイクロ・リタイアメントである。


第二章:マイクロ・リタイアメントの4スタイル


ここまで読んでいたあなたは思ったかもしれない。

「海外の人は長い休みが取れて結構なことですねー!我々日本人には、考えられない贅沢ですなー!」

いやいや、そんなことはない。確かに、バカンス文化がある国ならば、一ヶ月くらいの休暇が毎年取れてしまう人々も多いだろう。しかしマイクロ・リタイアメントを実施する人の多くは、キャリアを中断してこの期間を作っているのだ。もちろん、会社の制度を上手く使って、マイクロ・リタイアメントを実現している人もいるけれど、そんなに恵まれた境遇の人はむしろ少数派である。

それではより具体的に解説していこう。マイクロ・リタイアメントには、在職か退職か、短期か長期かで分かれた、4つのスタイルが存在している。


■在職×短期「リフレッシュ型」


多くの企業には、「リチャージ(充電)」「リブート(再起動)」「リフレッシュ(蘇生)」などの名称で知られる制度が存在する。通常の有給休暇とは別に、在職5年や10年等の節目に、会社が1か月程度のリフレッシュ休暇を付与するというものである。

これを使えば、最もコンパクトに、波風を立てない形で、マイクロ・リタイアメントを実施できることだろう。外資系企業だけでなく、日本企業にも、類似の制度が数多く存在する。

大手外資系IT企業に務める私の友人は、40歳の節目とリフレッシュ休暇がちょうど重なった。そこで、妻と一人娘を連れて、1か月間の長いヨーロッパ旅行に出かけることにした。

本来ならこのマイクロ・リタイアメント期間は、家族との思い出作りに100%費やすつもりだったらしい。けれど、旅の途中でバルセロナに立ち寄った際、彼にはどうしてもやってみたいことができた。

「頼む。1日だけ、1人にさせてほしい」

妻にそう頼み込んで、彼はろくな荷物も持たずに豪華なホテルを後にした。向かった先はスーパーである。そこで、安いリュックをひとつ調達した。即席バックパッカーの出来上がりだ。

その足で彼は安いホステルが立ち並ぶ通りへと行き、飛び込みで大部屋のベッドをひとつ確保したらしい。
 
実は彼は若い頃からずっと、バックパッカーへの憧れがあった。しかしエリート街道まっしぐらの彼には、その憧れを叶えるタイミングが今の今まで無かったのだ。

予想した通り、ドミトリーは若者ばかりで、中年のおじさんは彼一人。しかし世界中から集まってきた彼らと言葉を交わすうちにすっかり仲良くなり、夜には一緒に街へと繰り出したのだという。

その夜の路上には、人々がフラメンコ・ポップに合わせて踊っている一角があった。若者たちは目を輝かせてその踊りの輪に加わっていく。一瞬躊躇した彼の手を、小麦色の肌をした同室の少女がそっと引き、黒目がちな目でこう言った。

「あなたも、踊るのよ」

……全てが魔法のようだった、というその夜のことを、休暇から戻ってきた彼に何度聞かされたかわからない。この体験は彼に新たな生きる力を注ぎ込んだようで、彼は以前より幸せそうに見えた。ますます精力的に働きつつも、もう肩に力が入りすぎてはいない。自分だけの良いバランスを見つけたということなのだろう。

マイクロ・リタイアメントの効果は期間の長さが決めるのではない。大切なのは、その過ごし方なのだ。



【「リフレッシュ型」実践のポイント】
・向いている人:有給休暇をまとめて取れる人、会社にリフレッシュ休暇制度がある人
・はじめの一歩:就業規則や社内ポータルで制度についてもっとよく知ろう。周りにすでに制度を活用した人がいた場合は話を聞きに行ってみるのも吉
・コツ:土日や祝日を上手に組み合わせること



■在職×長期「サバティカル型」


これは前述のリチャージ型よりも、実現可能な人が限られるかもしれない。サバティカルとは、元々は大学の教員に与えられる長期休暇のこと。半年以内だとか、1年以内だとか、決められた期間内に戻ってくればあなたのポストはまだ空いていますよ、というスタンスで与えられる長期休暇である。私が経営していたスナックにも、シンガポールでサバティカル中の大学教授の方々がよく遊びに来てくれていたことを思い出す。

最近では一般の日本企業にも導入が進んでおり、有名どころではANAが従業員向けにこの制度を用意しているらしい。また、法律で定められている育児休暇や介護休暇も、過ごし方次第ではマイクロ・リタイアメントとしての意味合いを含ませることが可能だろう。

外資系のゲーム会社でディレクターとして働いている知人は最近、数年がかりで手掛けてきたゲームがついに発売となり、その記者会見やメディア対応に大忙しだった。そしてそれが落ち着くとすぐに、3か月間のサバティカルを取得した。行き先はニュージーランド。風光明媚な場所を巡りながら、次に作りたいゲームについて、じっくり考えてみるのだという。

もし彼の会社にサバティカル制度がなければ、いっそ退職していたかもしれない、と彼は笑う。トリプルAと呼ばれる大作ゲームを世に出すことは、それだけ気力と体力を消耗することらしい。何百億という予算を任され、何百人というスタッフを率いて、厳しいスケジュールに追われながら作品を完成させることは、喜びであると同時に多大なストレスでもあった。

彼のように著名で実績豊富な人材は、一度退職してしまうとなかなか代わりが見つからない。彼の会社はこのサバティカル制度を持っていたことで、なんとか高度人材の留保に成功した形になる。次のプロジェクトがまだ決まっていないこのタイミングで、しっかり英気を養ってくれることは、会社にとっても心強いことだろう。

ニュージーランドでは、現地のゲーム会社をいくつか見学させてもらったり、当地のクリエイターたちと交流を深める機会も持つらしい。きっとマイクロ・リタイアメント終了後には、新たなインスピレーションや人脈とともに、意気揚々とオフィスへ戻っていくのだろう。この休息は彼のキャリアを足踏みさせるものではなくて、むしろより豊かにするための期間なのだ。



【「サバティカル型」実践のポイント】
・向いている人:サバティカル制度がある専門職や会社員。育児・介護休暇もチェック
・はじめの一歩:情報収集。人事制度として公に発表されていなくても、「無給で良いなら、〇か月間までは大丈夫だよ」なんて意外と簡単にOKしてもらえることも
・コツ:仕事が一区切りしたタイミングを狙って交渉すると成功しやすい



■退職×短期「クイックブレイク型」


次にご紹介するのは、会社を完全に去るパターンだ。仕事と仕事の合間の短い期間を、マイクロ・リタイアメントとして戦略的に過ごす。それが、クイックブレイク型である。期間は、半年未満であれば履歴書の大きな空白にもならず、実践しやすいだろう。

これは一般的には「求職中の中途半端な期間」として、新しい仕事探しに忙殺されるうちに、なんとなく過ぎてしまうことが多い期間だ。けれど、この期間をマイクロ・リタイアメントとして戦略的に使えば、自己実現のまたとない機会になり得る。

私の友人はこの期間を使ってスリランカに渡り、21日間のアーユル・ヴェーダ・リトリートに参加した。リトリートとは、仕事や生活から離れた非日常的な場所で自分と向き合い、心と体をリラックスさせるためにゆったりと過ごすことである。スリランカはリトリートの聖地として知られており、毎日専門家の診察やマッサージを受け、自分の体質や体調に合わせて作られた健康食を食べることができる、長期滞在向けのアーユル・ヴェーダ施設が数多く存在する。

こうしたリトリートに参加するのは、持病がある人ばかりではない。むしろ健康体だけれど、ちょっと最近疲れが溜まっているなとか、このあたりで一丁体質改善をしたいなとか、そういう思いで参加する人が多いと聞く。

彼女はスリランカで過ごしたこの21日間が、人生の転機になったと振り返る。それまで勤めていた会社はサービス業で、繁忙店の店長として目まぐるしい日々を過ごしていた。リトリートでの穏やかな時間はこれまでとは全く正反対で、最初は全く落ち着かず、悪夢に悩まされることさえあったという。

しかしフルーツや野菜がたっぷりと使われた食事を味わって食べ、毎日これでもかとセラピストに揉み解されているうちに、変化が訪れた。ある朝起きると、信じられないほどに全身の筋肉が柔らかくなっており、肌がしっとりと潤って、顔立ちまで優しくなっていたのだ。今までの自分はずっと全身に緊張を漲らせて生きていたのか!と、そこではじめて気づいたらしい。

ほぐれた体で、引き続き自分の内面と向き合った結果、新たなキャリアの方向性が見えてきた。帰国後の彼女は、誰もがあっと驚くような転身を実現する。日本有数のメーカーに、重役アシスタントとして採用されたのだ。その後も順調にキャリアを積み、1児の母となった現在も、ビジネス開発の中核スタッフとして同じ会社で働き続けている。



【「クイックブレイク型」実践のポイント】
・向いている人:転職しようと思っている人、次の仕事スタートまで時間がある人
・はじめの一歩:雇用保険の失業給付ルールも調べてから計画を立てよう。「なんとなく」で過ごしてしまわないよう、やりたいことは予め決めておくことがオススメ
・コツ:履歴書の空白について、面接で突っ込まれにくい期間に留めること



■退職×長期「キャリアブレイク型」


最後は完全にキャリアを中断し、半年~数年の長期間に渡ってマイクロ・リタイアメントを実践するパターンである。何を隠そう、今の私がまさにこの状態にある。

話を数年前に戻そう。「燃え尽き症候群」からスナック喫茶を閉店し、会社も廃業した私は、フリーランスとして再出発を果たした。本格的なミッドライフクライシスは、この頃から始まった気がする。身軽になった分、選択肢が多すぎるようにも感じ、「私って、何者なんだろう……何がしたくて、何ができるんだろう……」と本気で悩む日々が続いていた。

そんな時タイミングよく、Meta Platforms,Inc.(旧Facebook)のAPAC本社で、業務委託として働く話が来た。少し前までスナックのママだった私が?GAFAで?働けというの?

私が返事をする前に、ミッドライフクライシスが、「お引き受けします!」と元気よく答えていた。とにかくなんでも新しいことに挑戦させたがるのだ、ミッドライフクライシスというやつは。かくて私は、日本担当のストラテジックパートナーマネジャーとしての仕事を、2年間の縛りで受託することになった。

そして案の定、アウェーで苦労することになった。

仕事は面白かったし、結果もそれなりに出せたと思う。私を雇ってくれた人々が、「いやぁ想像以上の働きしてくれるわぁ」と褒めてくれるくらいには頑張った。カルチャーにも一生懸命馴染もうと決め、断髪し、コンタクトをメガネに変えて、必死に働いた。コミットメントを感じていただくために、当時の私のビジネス・ポートレートを貼っておく。冒頭の写真とのギャップを感じていただきたい。


とまぁ、こんな具合で、がむしゃらに頑張ったのだけれど……ミッドライフクライシスは深まっていくばかりだった。

まず大前提として、大企業でエリートっぽい働き方をしようと思っていたのなら、最初からこんな人生は歩んできていないのである。大学中退→日本で消耗して海外移住→そのまま起業→廃業してフリーランス、なんて社会不適合者の見本のような生き方をしてきた私に、MetaのAPAC本社は眩しすぎた。

仕事もずっと自己流でやってきているから、知らないことが多い。「1on1?何それ美味しいの?」「ピボットテーブル?あ、中華料理屋にある円卓のこと?」みたいな感じである。新しいことを学ぶことは楽しかったけれど、再びあのミッドライフクライシスのサエない相棒、燃え尽き症候群が、ひたひたと近づいてくる足音を感じていた。

そんな時である。当時付き合っていた小説家の恋人に、「2年くらいスペインで執筆に専念しようと思うんだけど、来る?」と誘われたのは。

周りの友人には、「ここでキャリアを中断するなんてありえない」と止められた。エリート一直線で頑張ってきたMetaの同僚はもちろん、半分プータローみたいな友人たちにまで、全力で止められた。

でも私は、「大好きな彼と、地中海のほとりで過ごす2年間」を想像しただけで、クラクラしてしまったのだ。



オープンカフェで執筆する彼の横で、青い空を見上げるワタシ。
消えそうな飛行機雲を、白いカモメが横切っていったりしてね。
そこで彼がPCから顔を上げて私に言うの、
「今日はもう一杯、サングリアを飲んでいかないか」って……



ああーーーーもうーーーーきゃああーーーー!!


そんな時間が過ごせたら、まさに「我が人生に悔いなし!」だよなぁと、思ってしまった。ちょうど学びなおしたいと思っていたタイミングでもあったから、思い切って決断。リモートの大学院に受験資格審査を申請したところ、大学中退の私でも受験できることになり、合格することができた。入学してしばらく経ったタイミングでスペインに拠点を移し、今に至る、というわけ。

そう、私は目下、スペインの地中海沿いのリゾート地に住みながら、日々太陽の光をたっぷり浴びて過ごしている。地元のマーケットに週2で通い、極彩食の野菜や果物を山ほど買いこんで、これまた地元で作られたオリーブオイルだの粗塩だのをふんだんに使った料理を食べている。あちらこちらで祭りがあると聞けば繰り出し、何もない日にもトラムに乗りこんで、入江に沈む夕陽を眺めに行ったりする。

私は今、ここにいる。
ここにいて生きているのが私で、それ以外に私はない。

そんな当たり前のことに気づいた頃、何年も私のそばを片時も離れなかったミッドライフクライシスは、満足したようにどこかへと消え去っていった。



【「キャリアブレイク型」実践のポイント】
・向いている人:生き方そのものをガッツリ見直してみたい人、燃え尽き寸前の人
・はじめの一歩:まずはこれまでの人生の棚卸をしてみることがオススメ。過去の出来事をライフラインチャートに落とし込んでみるのも良い。その上でこれから大切にしたいことや、「自分らしさ」をどう発揮していきたいかについて、未来のビジョンを明確にしよう
・コツ:マイクロ・リタイアメント後の転職活動をイメトレしておくと吉。どうせなら自分の転職市場での市場価値を上げるつもりで、戦略的に過ごし方を組み立ててみよう



終章:次は「あなた」の番だ


正直に答えてほしい。このnoteを読むまであなたは、自分にマイクロ・リタイアメントが必要かもしれないだなんて、考えたことさえなかったのではないだろうか。いや、もしかすると、まとまった休みが欲しいという思いはあっても、それを実現させることなんて不可能だと、最初から諦めていたのかもしれない。

私がまさにそうだった。燃え尽きを経験して、多くのものを失うまでは。まだやれる、みんな頑張ってるから私もできる、このまま走り続けられる……疲れを感じる機能さえも痺れさせたまま、平気な顔をして生きていた。

人は、「限界が来ること」を、ドラマチックに想像しがちである。体や心を壊して寝たきりになることや、仕事で最後通告を受けること、妻子や恋人に見捨てられることだけが、限界のサインなのだと思い込んでいる。

けれど、本当の限界は、もっと静かだ。

それまで楽しめていたことが、楽しめなくなってくる。人間関係を維持するコストを払うことが、徐々に億劫になってくる。仕事の量より、「質」が少しずつ落ちてくる。そしてこれらのことに気づくだけの繊細さのスイッチが、そもそもオフになっている。

燃え尽きを経験し、過去を振り返ってみて思う。限界のラインは、想像していたよりずっと手前にあった。「あなた」らしさが損なわれた時点で、すでに限界の向こう側なのだ。

あなたが「あなた」らしさを失ってしまっても、社会は続いていくだろう。あなたの人生だってもしかすると、「あなた」が不在のまま、そのまま続いていくかもしれない。

けれど、それで良いのだろうか。

「あなた」らしくあるという、あなたにしかできない仕事を後まわしにしていると、あなたの人生なのに「あなた」がいなくなってしまう。その状態への危機感を人は、ミッドライフクライシスと呼ぶのだろう。

覚えておいてほしい。「燃え尽き症候群」になってから行動を起こしたのでは遅い。私の例でお伝えした通り、その段階に陥ると、判断力そのものが低下してしまうからだ。今や私たちの多くには、100年以上の寿命が期待されている。その長い人生の中で、いかに戦略的に休み、燃え尽きを回避しながら生きていくかを考えることは、贅沢でもなんでもない。むしろ、生きていく上で欠かせない、最低限のメンテナンス術である。

何も、生き方を大きく変える必要はない。マイクロ・リタイアメントでも何でも、手頃にできそうなコンセプトを取り入れて、このあたりで一度、「あなた」であるという仕事に、もう少し真剣に向き合ってみてほしいのだ。

趣味に没頭するのも良い。
家族との時間に本腰を入れてみるのも良い。
行ってみたかった場所に行ってみるのも良い。
この機会に何かを学んでみるのも良い。

「あなた」がやりたいことなら、何でも良い。

どうだろうか。あなたなら、マイクロ・リタイアメントで、何がしたいだろうか?




最後に、大事な話をしておこう。マイクロ・リタイアメントを、ただの思いつきで終わらせないために、私たちカップルがどんな準備をしたかについてだ。

2024年末までの時点では、まだ私たちのスペイン行きはぼんやりとした夢でしかなかった。現実味を帯びてきたのは、2025年の年明けを、スペインで迎えることにしたあたりである。なんと私はそれまでヨーロッパに行ったことさえなかったのだけれど、彼に連れられていろいろな都市を回る中で、移住後の生活が明確にイメージできるようになっていった。

中でも強く印象に残ったのが、光の街の別名を持つ、地中海沿岸の都市「アリカンテ」だ。


彼はこの街を一目見て気に入った。故郷リオデジャネイロにどことなく似ているからだ。
私もこの街が気に入ってしまった。昔から大好きで何度も訪れている熱海に似ているからだ。

そして二人で話し合って、1年後の2026年1月22日に、スペインに引っ越そうと決めた。行き先はもちろん、アリカンテ。

「夢」に日付がつき、「予定」に変わった瞬間だった。


……しかし、それまでにやらなければならないことは膨大だった。

滞在費も用意しなければならなかったし、自分名義の家も売却しなければならなかったし、念のためにシンガポールの永住権はキープしておく手続きが必要だったし……そうそう、夫婦としてビザを取得するために、結婚もした。その前には、彼の家族への挨拶のために往復50時間以上かけてブラジルを訪れた。もちろん、日本の私の家族にも、彼を引き会わせておく必要があった。

引っ越しに先立っての断捨離なんか、ゴミ袋50袋分は捨てたんじゃないだろうか。仕事ももちろん手放さなければならなかった。スペインの長期滞在ビザに関する情報は少なく、取得までにどれくらいの時間がかかるかの予想もあまりつかない中、なんとか必要書類をかき集めて申請した。
その結果……

私たちは晴れて移住者として、アリカンテの地を再び踏みしめたのである。
なんと予定より2ヶ月も前倒しの、2025年11月22日のことであった。



あなたにもぜひ、マイクロ・リタイアメントを始めるための、具体的な日にちを決めてほしいと思う。この手のことは、「へえ、面白そうだな」と思っているだけでは滅多に実現できないものなのだから。

カレンダーアプリを開いて、真剣に考えてみてほしい。

  • いつなら休みが取れそうか?

  • どれくらい休みを取るべきか?

  • 「あなた」はいつから休みたいだろうか?

ちょうどいい日にちを見つけたら、「マイクロ・リタイアメント開始」と書き込もう。あなたがもし、コミットメントを表明した方が頑張れるタイプなら、このnoteのコメント欄にぜひその日付と「やりたいこと」を書き残しておいてほしいと思う。

さぁ、予定は決まった。

あなたが、「あなた」であるという仕事に、全力で取り組むために。

あなたが選んだその日付から、マイクロ・リタイアメントを始めよう。




【出典・参考】
・SideHustles.com「Embracing Micro-Retirement」調査(2025年)
 https://sidehustles.com/embracing-micro-retirement/
・米国労働統計局(BLS)"American Time Use Survey"
 https://www.bls.gov/tus/


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