AIを導入したら、「AIの世話」という仕事が増えた。
AIを使うと、仕事が速くなる。
調べものが早くなる。
文章が早く書ける。
資料もつくれる。
コードも書ける。
少し前なら、
人が何時間もかけていた仕事が、
かなり短い時間で終わるようになった。
だから当然、
AIを導入すれば、
人間の仕事は軽くなっていく。
そう思っていた。
でも最近。
どうも、それだけではないらしい。
AIで、週11時間も浮いた。
企業向けAIプラットフォームを提供するGleanの調査では、
AIによる業務自動化によって、
知識労働者は平均して、
週に約11時間
の時間を節約できたという。
11時間。
かなり大きい。
1日2時間以上。
これだけ時間が浮けば、
もっと考える仕事ができる。
顧客と話せる。
新しい企画もできる。
早く帰ることだってできる。
……はずだった。
ところが。
その調査には、
少し不思議な数字も出ていた。
従業員がAIに関わっている時間のうち、
AIを使って仕事を進めている時間よりも、
AIを管理している時間のほうが、わずかに多かった。
そして、
AIの出力を業務で使える状態にするための
確認、修正、検証などに、
週6時間半近くを使っているという。
AIで時間が浮いた。
でも、
その時間のかなりの部分を、
AIの世話に使っていた。
なんとも不思議な話だ。
ところで、「AIの世話」って何だろう。
たぶん、
AIにご飯をあげたり、
散歩へ連れていったりしているわけではない😂
実際にやっているのは、
AIに前提を説明する。
会社の事情を教える。
資料を探して渡す。
出力を確認する。
間違いを直す。
もう一度やらせる。
別のAIへ同じ説明をする。
完成したものが本当に使えるか確認する。
「そこまでやらなくていい」と止める。
こういうこと。
ひとつひとつを見ると、
必要な仕事に見える。
実際、必要なものも多い。
でも。
それらを全部、
人間が毎回やっているとしたら。
AIは仕事を減らしたというより、
新しい種類の管理業務をつくった
とも言える。
社員が、いつの間にか「AI管理者」になっている。
これまで会社では、
営業担当者は営業をしていた。
総務担当者は総務をしていた。
エンジニアは開発をしていた。
経営企画は経営企画をしていた。
そこへAIが入ってきた。
すると、
営業担当者が、
AIへの指示の出し方を学ぶ。
AIの出力をチェックする。
修正する。
また指示する。
総務担当者も同じ。
エンジニアも同じ。
企画担当者も同じ。
つまり、
それぞれの本来業務に加えて、
「自分のAIをちゃんと働かせる仕事」
が増えていく。
なんだか、全社員に突然、
AI管理者という兼務辞令が出たみたいだ😂
もちろん、
AIを使うスキルは必要だと思う。
でも。
会社全体として考えたとき、
本当に、
社員一人ひとりが、
毎回コンテキストを渡し、
毎回出力を検証し、
毎回AIの癖を覚え、
毎回引き継ぎをしながら、
AIを管理していく形が、
いちばん良いのだろうか。
少し疑問が残る。
AIを使うことと、AIに仕事を任せることは違う。
ここは、
最近かなり大きな違いだと思っている。
AIを使う。
これは、
人間が主導して、
その都度AIへ頼み、
答えを受け取り、
使えるかどうか判断する。
一方で、
AIに仕事を任せるとなると、
話は少し変わる。
何を完成させるのか。
どこまでやっていいのか。
何はやってはいけないのか。
誰が判断するのか。
どこから人間へ確認するのか。
何をもって完了とするのか。
次は誰へ渡すのか。
そういうものまで
仕事の側に必要になる。
人間の会社なら、
組織の中で自然に補われていた部分。
そこまで含めて初めて、
AIは「便利な道具」から、
仕事を担う存在
へと、変わっていくのだと思う。
コンテキストを渡せば解決する、だけでもない。
AI活用の話では、よく、
「AIに十分なコンテキストを与えましょう」
と言われる。
それ自体は、その通りだと思う。
でも。
そこでまた人間が、
毎回大量のコンテキストを集め、
整理し、
AIへ説明していたら。
その説明業務そのものが、
新しい仕事になる。
研修を増やす。
ガイドラインを増やす。
プロンプトを増やす。
確認項目を増やす。
もちろん必要なものもある。
でも、増やすだけでは、いつか、
AIを使うための仕事
のほうが大きくなってしまう。
それでは、少しもったいない。
人間が覚えるのではなく、仕事の側が覚えられないだろうか。
私たちは最近、
この方向をかなり考えている。
前のAIが何をしたのか。
どこまで終わっているのか。
何が決まっているのか。
どの方法はすでに失敗したのか。
どこから先は確認が必要なのか。
それを、
人間が毎回覚えて、
次のAIへ説明するのではなく。
仕事そのものが、現在地を持てないか。
誰が担当するのかも、
その都度人間が交通整理するのではなく。
仕事の性質によって、
自然に適切なAIやToolへ流せないか。
AIの出力を毎回人間が監督するのではなく、
影響の大きさに応じて
自動で進めるところ。
確認するところ。
止まるところ。
それを最初から分けられないか。
もしそれができたら。
AIを使うたびに、
人間が「AI管理者」にならなくても済む。
そんな気がしている。
AIの管理を、人間の努力だけにしない。
Gleanの調査では、
AI活用がうまくいく企業には、
人的インフラが必要だと指摘されていた。
その視点は、
とても重要だと思う。
ただ。
私たちは、その先も少し考えてみたい。
その人的インフラの一部を、構造そのものにできないだろうか。
社員一人ひとりが、
AIをうまく管理できるようになる。
それだけではなく。
会社として、
AIへ仕事を渡すための仕組みを持つ。
現在地。
役割。
権限。
境界。
確認地点。
完了条件。
引き継ぎ。
そういうものを、
毎回人間の頭の中から取り出さなくてもいい状態にする。
それができれば、
AIで浮いた時間を、A
Iの世話に戻さなくて済むかもしれない。
仕事を減らすために、AIを入れたのだから。
AIを使うこと自体が、目的ではない。
AIの利用率が上がることも、
プロンプトの本数が増えることも、
AIエージェントがたくさん動くことも。
それだけでは、
会社の仕事は軽くならない。
本当に欲しかったのは、
AIが増えることではなく、
人間が、本来やるべき仕事へ戻れること
だったはずだ。
考える。
決める。
人と話す。
つくる。
届ける。
そして、
仕事が終わったら、
ちゃんと終わる。
AIに仕事を任せる仕組みを考えることは、
AIをもっと働かせるためではなく、
もしかすると、
人間がAIの世話から少しずつ解放されるため
なのかもしれない。
私たちは今、そのための仕組みを、
AI Chief of Staff OS
そして、
「官房長官パッケージ」
という名前で、
実際の事業の中で育てています。
AIで生まれた余白が、
またAIに消えてしまわないように。
その余白が、
ちゃんと人間のところへ戻ってくるように。
