尾小屋デー
石川県小松市の山奥に、かつて尾小屋鉱山と呼ばれる銅山があった。明治10年代から操業を開始し、以来1970年頃までかなりの隆盛を誇ったらしいが、今はひっそりと見る影もない。現在この小松市尾小屋町にはかなり立派な資料館(石川県立尾小屋鉱山資料館)があって、操業当時のことをよく伝えている。
小松市中心部からこの尾小屋まで軽便鉄道が敷設されていた。尾小屋鉄道という。1919年に開業し、1977年に廃止となった。先述した尾小屋鉱山資料館には小松市立ポッポ汽車展示館が併設され、蒸気機関車、気動車、客車が保存されている。
この尾小屋には六年ほど前に来たことがあるのだが、最近、年に数回この地で「尾小屋デー」というイベントが開催されていると知った。ふだんはひっそりうずくまっている気動車が、この日は動く(しかも乗れる)らしいのだ。しかも鉱山の坑道内部を走っていたトロッコにも乗れるらしい。そんなのもう行くしかないじゃないか。
2026年7月19日(日)
ということで直近の尾小屋デーは七月の三連休のど真ん中に設定されていた。最初は車で行こうかとも思ったのだが、イベントの日は小松駅から尾小屋まで送迎バスが運行(なんと無料!ありがとう小松市!)されているため、往路はこちらを利用させてもらうことにした。なんとなれば、折角だから尾小屋鉄道の廃線跡も見たいと欲張ったためであり、廃線ハントのお供はブロンプトンだからである。つまり、あわらから小松まではハピラインおよびIRいしかわ鉄道で輪行、小松駅から尾小屋までの往路は送迎バス、尾小屋から小松駅までの復路は廃線跡をブロンプトンで巡ろうという算段である。
往路のバスの中で小松市の担当の女性に「○○(インローの本名)さんは、バスの予約は行きだけになっていますが帰りは大丈夫ですか」と訊かれ、帰りは自力で帰るので大丈夫ですと応えた。「えっ自力…」と怪訝な顔をされた。

小松駅を九時に出た送迎バスは九時半になるかならないかくらいに尾小屋へ到着。山の中だがとくに涼しいというわけでもなく日差しも厳しい。そして六年ぶりのポッポ汽車展示館。「なつかしの尾小屋鉄道を守る会」のみなさんがトロッコや気動車の整備のために気ぜわしく動き回っている。ありがたいことだ。

左から気動車、客車、蒸気機関車






尾小屋鉄道のマークかっこいい(が由来は不明)

鮮やかな赤の外観とはうって変わって落ち着いた色調

木製の荷物棚がよい








展示されている車両の写真を撮ったり、展示を見学したりしているとあっという間に十時になった。気動車キハ3が動き出すというので乗り込む。八割ほどの乗車率。家族連れもいる。乗客に一枚ずつ硬券が渡される。往復切符の体裁で、今日の日付も印字されている。すごくよくできていてとても嬉しい。
フォンと短く警笛を鳴らしてキハ3が動き出す。わぁっと乗客の歓声が上がる。距離にしてわずか数十メートルだが、僕は心が震えた。

運転台左脇床の赤い出っ張りに棒を差し込んでギアチェンジをする

中央の3本のレバーと左のブレーキレバーらしきものの用途は不明


短い距離の往復だが、心が震える

(☝気動車キハ3の動画が含まれます。よろしければどうぞ)
キハ3を下車したらトロッコが動き出していた。僕も早速トロッコに乗せてもらう。昔のものをそのまま修繕、補強したトロッコ客車。乗り心地が良いとはいえないががたがたと揺れるそれがなんとも言えずよい。展示館の周囲のオーバル線路をのんびりとまわる。転轍機は、手でくさびのようなものを打ち込んで向きを変える仕様になっている。一周まわってトロッコを降りるとお尻がちょっと麻痺したようになっている。









運転席が小さいのかやっぱり横向きに座っていた

1号機の客車は木材剥き出し
(☝トロッコの動画が含まれます。よろしければどうぞ)
このあと尾小屋の街歩きツアーに参加した。
尾小屋は鉱山の閉山以降(当然ながら)人口が激減しており、ほぼ人がいないがまったくの無住というわけでもないようだ(車さえあれば、不便ではあるものの生活できないわけではないだろう)。
尾小屋の街並みには他にはない特徴がある。銅の精錬時に分離される成分をスラグ(もしくは鉱滓)と呼ぶが、あまりにも大量に産出されるため古くからその有効利用が模索されてきた(そのままでは産業廃棄物である)。そのひとつが成型して煉瓦として使うというものである。とくに銅などの非鉄金属の精錬過程で分離されるスラグをカラミ(鍰)と呼ぶそうで、この尾小屋の街歩きツアーは「カラミの街めぐり」と銘打たれている。
このカラミの煉瓦自体は日本の他のところにもあるそうなのだが、尾小屋のカラミはなぜか六角形に成型されており、それはここ尾小屋だけなのだそうだ(そしてなぜ六角形なのかは分かっていない)。今までいろんな廃村や廃集落を見てきたが、たしかにこの六角形のカラミ(「亀甲カラミ」と呼ばれているそうだ)は、ここ尾小屋の風景に独特の雰囲気を与えている。

ちょっとわかりにくいか



















美空ひばりが来たことがあるという話も



ふと、南越前町の石積堰堤のことを思い浮かべた。あれらが築堤されたのは明治30年の砂防法制定以降であって、その頃にはもうカラミは生産されていたはずである。カラミがあればもっと簡単に堰堤が造れたかもしれないと、やくたいもない想像をしてみる。しかし亀甲カラミは一個50~80㎏もあるという代物なので、運搬するだけでも大変だろう。
「カラミの街めぐり」は一時間ほどで終了。日差しが強く大変暑い中であったが、興味深い話ばかりであっという間だった。黒光りするカラミ自体が不思議な魅力を持つことは間違いないが、街のあらましを語ってくれるひとがいると面白さはやはり倍増する。

そこのシリカ水飲んでる奥様!
このあと涼しい鉱山資料館でしばらく休息し、そのあとブロンプトンを駆って尾小屋鉄道廃線ハントに出かけた。が、ここまでで随分長くなったので稿を改めよう。

