尾小屋鉄道廃線攻略作戦
さて、尾小屋鉄道である。先の稿で述べたとおり1919年に開業、1977年に廃止された軽便鉄道である。国鉄(現JR)小松駅近くの新小松駅から終点尾小屋駅までの16.8kmを結んだ。

今回は、終点尾小屋駅から新小松駅を自転車で逆打ちする。僕が廃線・未成線ハントをするとき、お供は決まって折りたたみ自転車のブロンプトンなのだが、これにはいくつか理由がある。車と比較してストップアンドゴーが容易であること。車なら見落としてしまうような痕跡でも自転車であれば比較的見つけやすいこと。車ほど駐車場所に困らないこと。単純に自転車の方が乗っていて楽しいこと、などである。
しかし結論から言うと、今回の尾小屋鉄道に限って言えば、車の方がよかったのではないかと思っている。尾小屋鉄道の廃線の路盤は未舗装区間が多く、路盤をできるだけ正確にトレースしようと考えた場合、自転車と比べるとやはり四輪の自動車の方が走破性能は高い。また、人も車もそんなに多くない地域であるため、車をデポするのにもそんなに困らないのである。
そんなわけで、尾小屋デー当日の日は、尾小屋から小松駅まで走破したものの「撮れ高」がいかにも少なかったため、翌日あらためて車で再訪した。
なお本稿では、尾小屋→新小松方向を「小松方面」、新小松→尾小屋方向を「尾小屋方面」と記載する。
2026年7月19日(日)尾小屋デー開催日
尾小屋駅
尾小屋デーを満喫したあと、鉱山資料館で休息してやおら自転車を漕ぎだす。最初に目指すのは終点尾小屋駅だ。

さらばポッポ汽車展示館
尾小屋駅があったとされるのは国道416号と県道160号尾小屋尾小屋停車場線の分岐点とされるあたりである。ちなみに国道416号は尾小屋の先、福井県勝山市へと抜けてゆくが、ここ尾小屋から勝山までの区間はいわゆる「酷道」とされている。実際酷い。また県道160号は実延長0.088kmという非常に短い道路となっている。
往路の送迎バスの中でも「この辺です」という案内があり、現在はとある公共工事の資材置場として立入禁止になっている旨も同様に案内された。
鉱山資料館のあたりから県道160号の坂を下るとすぐに尾小屋駅跡に到着。立入禁止を示すトラロープが張られているが、その有り様は中に入るまでもなく一目瞭然である。まったくなんにもないただの空き地であり唖然とした(そういえば資材らしきものも見当たらない)。国道416号の方を奥に進むと、空き地の奥に転車台が登場する。これがなければ、ここが鉄道施設だったとはまるで分からないだろう。





長原駅(未達)
国土地理院地図上は、おそらくはこれが廃線跡であろうというところが点線で表示されている。凡例では、点線は(道幅)1m未満の徒歩道ということになっているはずなのだが実際には、季節のせいもあろうか草茫々であり路盤をトレースすることはできなかった。したがって国道416号を進みつつ、スポット的に廃線跡にアタックするということになる。国道416号と点線の交点からここぞというところに踏み込むが、どうみたって民家の敷地である。

他の訪問者のサイトを閲覧すると、まさにその民家の敷地が旧長原駅であると擬定されていた。前後の路盤も草茫々であってまったく不明である。民家敷地内であるので撮影は差し控えた。

倉谷口駅
旧倉谷口駅は、国道416号と県道109号阿手尾小屋線の交差点のあたりにあったとされており、その地点にはそれっぽい空地があるため発見は容易であるものの、そこが駅であったことを示す遺構はまったくない。

小松方面には小さな橋がかかっており、その先に伸びる路盤を確認することができる。反対の尾小屋方面は茫々の草に覆われており、見通すことはできない。




ここ倉谷口駅から次の観音下駅までの間に観音下トンネルがあるはずで、これは是非とも見ておきたいのだが、路盤は(当然ながら)未舗装であり自転車で走ることはできない。かといって自転車をここにデポして徒歩で行く勇気もなかった。一旦観音下駅へ向かうこととした。
国道416号を、尾小屋トンネルを越えて小松方面に北上すると、もう一箇所路盤にアクセスできるところがある。しかしここについても、両方面ともに草茫々となっており、自転車で路盤を進むことは諦めた。



観音下駅
観音下。これを初見で読めるひとはまずいないだろう。観音下町はもと石切り場の町で、集落を見下ろすように石切り場が聳え立っている。ここで採石された「観音下石」は国会議事堂の内装にも使われているそうだ。
そんな集落のほぼ真ん中に旧観音下駅があった。はっきりとプラットフォームが残されている。



ここから南の方向、尾小屋方面への廃線跡は舗装されている。行けるところまで行ってみようかとチャリを走らせる。左右に青々とした水田が続き、走っていて心地よい。やがて舗装路は終わりを迎え、未舗装路の始まるそこには柵が立てられている。むむぅここまでか。観音下トンネルに向かうには逆側からアクセスするしかないのか。


青々とした水田に囲まれた気持ちのよい道だ

柵は開けられなくもないが、勝手に突破するのも勇気が要る


旧観音下駅から小松方向の路盤は、少しの舗装路のあと、やはり未舗装となった。





観音下石切り場(尾小屋鉄道に直接の関連はないが)
折角なので石切り場も見ていくことにした。山肌を、まるでバターや豆腐をすっと切ったかのような見た目が面白い。よく見てみれば、作業の跡だろうか、細かい格子状の筋が入っている。






ジュリー・ブルーク《Ascending(上昇)》2019


波佐羅駅
廃線の路盤は観音下駅を出て左にカーブし、国道416号に合流する。その合流地点が波佐羅駅のあったところとされている。バス停(正確には乗合タクシーのりば)やゴミの集積場があるが、駅であったことを示すものはなにもない。


とてもチャリでは進めそうにない

乗合タクシーのりばやゴミの集積場がある

駅があったことを示すものはなにもない
塩原駅
波佐羅駅を出て国道416号は大きく左にカーブ。そのカーブが終わるあたりで廃線は右に分岐し、またもや未舗装となる。そこからは田んぼの中の一本道であり、そのどこかが旧塩原駅らしいのだが例によって駅の痕跡を示すものはなにもない。かろうじて路盤が広くなっている場所があって、そこに駅のプラットフォームがあったのかもしれないと推定できるのみだ。



ここだけ路盤が広くなっており、塩原駅跡かと思われる

このくらいの路面ならまだチャリで走れる
沢駅
未舗装路をさらに突っ切ると舗装路が現れ、旧沢駅のプラットフォームが登場する。ここを過ぎるとまたすぐに未舗装の路面となる。

プラットフォームがしっかり残っている



いい線形だ

前方右に見えるのは北陸電力送配電の沢変電所

すぐに未舗装になる

沢〜金平間の橋台跡
上の写真からさらに廃線跡を進むと、郷谷川の支流とぶつかるところで橋台跡を発見した。



廃線跡は川を跨いで容赦なく続いているが、人間は川を渡れないのでやむなく国道416号に戻る。
金平駅(未達)
未達というより、暑さのあまり訪れることすら忘れていた。ちなみに、映画『男はつらいよ 柴又慕情』の冒頭で寅さんが列車を待つシーンがあり、その駅がこの金平駅であったらしい。
ちなみにこのシーンにも登場する金平駅の駅名標は、尾小屋鉱山資料館に展示されている。

洞月川のアーチ型石橋(金平〜金野町間)
相変わらず未舗装の廃線跡を小松方面に進むと、洞月川のアーチ型石橋が登場する。ただ、ここを通っているだけではこれが石橋だとは分からない。なぜ分かったかといえば、そこに小松市が設置した案内板があるからである。これを見て、えっアーチ型石橋?どこどこ?と見回しても分からない。その脇を進むと、あっこれ橋の上だとようやく分かるようになっている。

砂利が敷かれているが自転車では難儀する



しかし、この路盤にいたままではこの石橋の容姿は分からない。先程の案内板のところから急な斜面を川面まで降りないと見えないようになっている。見たいので降りる。


たしかに立派な石橋だ

なるほど、りっぱなアーチ型石橋である。このアーチをくぐって郷谷川に流れ込んでいるのが洞月川なのであろう。しかしGoogleマップには洞月川の名前はおろか、そこに川が流れていることすら記載されていない。そこで国土地理院地図を確認すると、やはりこちらにも川が流れている記載はない。小松市の案内板に記載されているのに、洞月川は存在しない。この案内板の作成者は、では、どうしてこれが洞月川だと分かったのだろう。謎は深まるばかりだ。
金野町駅
国道416号線を右折し小さな橋を渡ると廃線跡にぶつかる。ここを右折するとすぐに金野町駅跡である。プラットフォームが残されているのですぐに分かる。


このプラットフォームを見たときに違和感を感じた。その違和感が、他の駅のプラットフォームより高くなっていることであるによることに気づくのにそう時間はかからなかった。
よく見ると、プラットフォームが二段重ねになっている。下段はこれまで見てきた駅のプラットフォームとおそらくは同じ高さなのだろう。



コンクリートのようにも見える
このプラットフォームの積み増しがいつ頃行われたものかは判然としないが、おそらくは尾小屋鉄道の廃止後だろう。現在はプラットフォーム上に倉庫が立っているが、プラットフォームが低くて不便だったのだろう(写真では分からないが、よく見てみるとプラットフォームの中程で高さが変わっていた)。








金野町〜大杉谷口間の橋梁
柵に阻まれて進めなくなったので仕方なく国道416号に戻る。少し進んで次の交差点を右折、県道165号金平寺井線に入る。橋を越えて水田地帯に差し掛かる辺りで右方にプレートガーター橋が目に入る。


残念ながら現時点ではこれより近くにアクセスする方法がない
大杉谷口駅
県道165号をさらに進むと大杉谷口駅跡に到着する。ただし例によって痕跡はまったくなく、路盤の広さで推測できるのみである。


路盤はまったく見えない。この向こうにさっきの橋梁があるはずなのだが
西大野駅
橋梁に後ろ髪を引かれつつさらに県道165号を進むと、西大野駅跡に到着する。例によって痕跡はなにもない。なにかの会社およびその敷地(駐車場?)のようだ。
廃線跡(とくに駅の跡地)が運送会社などの敷地に転用されている例はそこそこ見受けられるが、ここについては何の会社かは判然とせず、そもそも現役の企業なのかどうかも分からない。


舗装道路に転用されている
西大野~花坂間の築堤
西大野駅跡から左にカーブする道を進み、再び県道(いつの間にか111号大野八幡線に変わっている)に合流してすこし行くと「小松市最終処分場汚水処理施設」と書かれた扁額のあるゲートが現れる。
このゲート、上部にも梁のようなものが渡されていて葉っぱに覆われていて少々物々しい雰囲気である。この梁こそは道路と線路の立体交差のために渡されたものであって、その前後は廃線の築堤跡なのである。



ちらっと見えているが、お墓が一基ある


開けていそうだが、籔に覆われて進めない

籔に覆われていそうに見えるが進むことができる

自転車は無理なので、ゲートのところにデポ





この写真の、上り切ったあたりが花坂駅跡らしいのだがまったく分からない

県道111号からぐいっとカーブして入ってきている

斜面に木材で段差が付けられており、歩きやすくなっている
ここまで来て県道111号を先ほどのゲートまで歩いて戻り、デポした自転車を回収。舗装された路面をらくらくと進む。
花坂~新小松間
この先はめぼしい遺構もなく、ただひたすらチャリを漕ぐのみである。


県道295号線小松加賀自転車道線


自転車道も終わりを迎え、交通量の多い道路をひたすら小松方面へ向かう。つまらない。目の前に新小松イオンモールが現れる。つまらなさが倍増する。あまりにつまらないので、この辺の写真はすべてカットである。
つまらない道をチャリで走り続けて小松駅が近くなった頃、JRの線路に沿うようにぐいっと直角に曲がるカーブが登場した。廃線跡を道路に転用したものと思われる。




JR小松駅に到着し、本日の探索を終了とした。
しかしである。この日の廃線ハントでは観音下トンネルを見られなかった。僕はトンネル好きであり、また観音下トンネルが尾小屋鉄道廃線跡いちばんの見どころであるといっても過言ではあるまい。それを見ずして「尾小屋鉄道の廃線を見てきましたぁ」などと無邪気に言えるほど僕は恥知らずではない。
この日は日曜日だったが、さいわい翌日の月曜日も祝日である。鉄は熱いうちに打て。ということで翌日も追加調査に出ることを決めた。
2026年7月20日(月・祝)追加調査日
観音下トンネル
観音下トンネルのある場所の見当はだいたいついている(場所自体はGoogleマップにも掲載されている)。問題はどのようにどこからアクセスするかである。路盤の状況を勘案するに、徒歩でないと厳しいだろう。したがって行けるところまで車で行き、あとは徒歩で接近することとする。ちなみに今回は徒歩なので、熊鈴を装着している。
さて、どこからアクセスするかである。昨日訪れた観音下の集落の南端、舗装路の終わるあたり、柵が立てられているところがあったが、この柵が割と簡単に開くことが分かった。ここを開けて(自分が通ったあとはちゃんと閉めて)ちょっと失礼して入らせてもらう。

轍が残っている

しかし籔化せずにわりあい歩きやすい
草を刈ってくれているひとがいるのかもしれない







両端に石材が巻かれ、真ん中が素掘りという構造のようだ








林道から小松方面の路盤を望む








尾小屋鉄道は非電力路線だったので、トンネル内の照明のためか





この先で車を回収した。観音下トンネルを見つけたしここで探索を終了してもよかったのだが、もう一箇所行ってみたいところがあったのだ。
倉谷口~観音下間の廃線跡
昨日、倉谷口駅跡の空き地を訪れたとき、そこから小さな橋梁を越えて小松方面に路盤が続いているのを見た。あれを歩いてみたいと思ったのだ。

橋梁のその先へ



さぞかし素敵な眺めだったことだろう








この先はさっき観音下トンネルを抜けて辿り着いた林道だ

この先は先ほどの林道であることは分かっているのだが、無理に籔漕ぎせずに引き返す。さっき、あっち側から見ても無理そうな籔だったし。


倉谷口駅跡で車を回収して、本日の、そして尾小屋鉄道の廃線探索を終了とした。
とくに案内などはないものの、要所要所で草刈りされているなど、人の手が入っていることを実感する。尾小屋鉱山資料館主催で廃線ツアーが開催されており、その関係で手入れが行われているのだろう。いずれにせよ、ありがたいことだ。
どうやら倉谷口トンネルなどというものも存在するらしい。尾小屋鉄道にはまだまだ探索の余地がありそうだ。答え合わせの意味合いも兼ねて、廃線ツアーに早速申し込んだ。当日がたのしみである。
