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豊田市美術館「アンドリュー・ワイエス展」

2026年8月5日(水)

 浜松市美術館を出て、二時半頃豊田市美術館に到着。駐車場が一杯で、少々待たされる。
 ワイエスの絵画を実際に観るのははじめてで、かなり楽しみにしていた。うちには、古本市で見つけた、発狂しそうなくらい大きく重い画集があるが、それでも実物の鑑賞に遠くおよばない。十月まで待てば大阪に巡回してくるのだが、待ちきれずに豊田市に来た感じである。

 今回の展示のキーワードは「境界」だそうである。

 本展では、ワイエスの芸術を読み解くキーワードとして「境界」を掲げました。その作品には、生と死、あるいは自己と他者を隔て、かつ繋ぐ象徴としての「窓」や「ドア」が繰り返し登場します。幼少期から独り自らの内面を育んだワイエスにとって、などのモチーフは他者への畏怖や隔たりを伴う、画家自身の精神世界への入り口でした。「すべてのものは移り変わる」――父の死を契機に彼が抱いたこの視座は、描かれた情景の奥底にある「精神のリアリティ」を提示します。画家のまなざしを通じ、鑑賞者自らが内なる世界と対話する貴重な機会となれば幸いです。

『アンドリュー・ワイエス展 展覧会公式図録』より抜粋

 ある特定のキーワードを掲げてキュレーションをすることはよくあることだとは思うし、そのキーワードが「境界」であることもさほど珍しくもないし、窓やドアを境界に見立てて解釈すること自体もそんなに突拍子もない話ではないと思う。しかし、このあと鑑賞をすすめるにつれてだんだんキャプションに書かれた説明を鬱陶しく思うようになる。なんというか、境界にこだわるあまり、それはもう解釈の押し付けに過ぎないのではないのかという感想しか僕の中に出てこなくなり、とうとう説明を読むのをやめてしまった。この文章を書くために、写真に写った説明をあらためて読んだり、図録に書かれている説明を読んだりしたがやはりうーんと首をひねってしまうのだ。そんなわけで先に言っておくが、僕は本展のキュレーションにはかなりの不満を抱いている。

 ワイエスのモデルとしてあまりにも有名になりすぎたクリスティーナ・オルソン。彼女を描いた《クリスティーナ・オルソン》にはこのような解説が書かれていた。

《クリスティーナ・オルソン》1947 テンペラ、パネル

ワイエスが特に思い出深いと語っていたこの作品は、クリスティーナの重要な肖像のひとつです。彼女は、古い歴史を持つ大きなオルソン・ハウスで弟と二人だけで生活していました。年と共に身体が不自由になる難病を抱えながら、たくましく生きる彼女との交流は、恵まれた環境に育った自分との対比を含め、ワイエスに畏敬の念を抱かせました。

午後の陽がオルソン・ハウスの裏口の踏み段に差し込んでいます。台所仕事を終えたクリスティーナが腰を下ろし、静かにたたずみ風に吹かれています。まるで舞台でスポットライトが当たっているように、陽射しが彼女を照らし、風が髪をなびかせています。そんな彼女の視線は目の前の世界ではなく、どこか遠くを眺めているようです。陽の光あふれる外と暗い室内のちょうど境に座るクリスティーナは、内と外をつなぐ役目が与えられています。このときの様子をワイエスは、「傷ついたカモメを思い起こさせた」と述べます。室内の静的な暗さと対照的に、彼女の髪は風になびいており、生命感のある外の空気の動きをも表現しています。

外からの光と風、風雨に耐えてきたセラミックのドアノブとドアの板とは、この家の歴史をものがたり、この作品は、運命を抗うことなく受け入れようとする彼女の完璧な肖像となっているのです。

『アンドリュー・ワイエス展 展覧会公式図録』より抜粋
強調部分はインローによる

 絵自体はすごく好きだ。単純に美しい光景だと思う。しかしキャプションは単純な感想を許してはくれない。
 描かれている情景の説明はええんですけど、「内と外をつなぐ役目」とか「運命を抗うことなく受け入れようとする」とかはそれお前の感想じゃんって思っちゃう。最初に、「鑑賞者自らが内なる世界と対話する貴重な機会となれば幸いです」って言っていたくせに、対話の機会を奪って安易な物語化を押し付けているように思えて仕方がないのだ。
 ひとつひとつ挙げていけばきりがないしそんなことしたくもないけど、これ以降キャプションにも図録にもこのような説明がつきまとってイラっとする。

《納屋》1959 水彩・グラファイト、紙

これはオルソン家の納屋を描いています。窓から差し込む光が暗い内部に届き、窓近くにある古い農場用のワゴンの一部を照らし出しています。無彩色に近い暗い色調の画面のなかでこの青色がアクセントとなり、この作品を抽象的で生き生きとしたものにしています。

『アンドリュー・ワイエス展 展覧会公式図録』より抜粋

 ワゴンの青色がアクセントだというのは分かるが、それでなぜ「抽象的で生き生きとしたもの」になるの?全然分からん…

《ゼラニウム》1960 ドライブラッシュ・水彩、紙

オルソン・ハウスの台所の窓を真正面に描いたこの《ゼラニウム》(cat. no. 98)は、窓が主役のように見えます。よく見るとその窓の内側には人影があります。クリスティーナが好んだゼラニウムの赤い色によって、人影がクリスティーナであることが暗示されています。暗い室内とその奥に見える窓からは、光の溢れるなかに針葉樹の枝までが見通せ、その光がクリスティーナの髪を照らしています。これらによって一見暗い室内に明るい世界とのつながりを感じさせ、脚が不自由であった彼女のいる部屋が閉ざされた世界でないことが示されています。ワイエスはこの窓のなかに、クリスティーナを主人公とする静かなドラマを描き込んでいるのです。

『アンドリュー・ワイエス展 展覧会公式図録』より抜粋
強調部分はインローによる

「静かなドラマ」…そんなにおかしなことは言っていないのかもしれないが、すでに解説者に対する信頼は失われ、胡散臭いものとして受け付けなくなっている。ううむ。

《オルソン家の終焉》1969 テンペラ、パネル

この作品は、オルソン・ハウスの台所部分の屋根を、三階の窓から見下ろして描いています。(中略)30年間に亘って重要なモデルであり続けたクリスティーナ・オルソンは1968年1月に亡くなりました。弟のアルヴァロもそのひと月ほど前、1967年の暮れに亡くなっていました。ふたりが亡くなったあと、翌年の夏に主のいなくなった家にやって来て描いた作品です。誰もいない家の煙突を通して、彼らが生きていたときと同じように、話し声が聞こえてくるように感じられたワイエスは、心のなかに生きている彼らと交流を続けてこの作品に取り組んだのでした。

『アンドリュー・ワイエス展 展覧会公式図録』より抜粋
強調部分はインローによる

 ワイエスは霊能者かなにかだったのだろうか?決めつけすぎじゃないか?

 先日惜しくも亡くなった山田五郎氏のYouTubeチャンネル「オトナの教養講座」では、ワイエスがオルソン姉弟およびオルソン・ハウスに「滅びの美」を見出していたと解説していたように記憶している。そのときのワイエスの視線は、オルソン姉弟に対する愛情や同情というよりは、どこか突き放したような冷酷な視線なのではないかと想像する。そのとき「境界」は、内と外とをつなぐものではなく、彼我をはっきりと隔てるように作用するものと解釈することも可能なのではないだろうか。
 滅びに美を見出すとき、対象の滅びに同化したい、もしくは一緒に滅んでしまいたいと考える鑑賞者はあまりいないのではないかと思う。滅びに美を見出す鑑賞者は、自らが滅んでしまっては対象に美を見出すことはできないからという単純な理由による。鑑賞者自身は安全圏にいなければ、滅びを美として楽しむことはできない。
 僕は廃線探索を趣味としているが、これはやはり廃線に「滅びの美」を見出しているからだろうと自分では思っている。そしてここからが難しいというか贅沢というところなのだが、完全な人工物が好きなのではなく、また完全な自然状態が好きなのでもない。人工物がある程度滅んでいて、自然とほどよく混ざり合っていなければならない。変な言い方だが、滅びに美を見出す者は、対象にほどよく滅んでいてほしい、もしくは滅びつつあってほしいという欲望を持っている。対象本位に考えたらこの欲望は屈折したものと言わなければならない。廃線を対象として考えた場合、その鉄道はある程度滅んでいないといけないのだが、鉄道本来の目的を考えるとそりゃ鉄道が走っていた方がいいに決まっている。一方、完全に消滅してしまったのではもはや廃線とも呼べない。線路や駅舎、トンネルがある程度残っていなければならない。こんなのはただの我儘であり、したがって屈折した欲望と呼ぶべきなのだ。
 この視点からワイエスの眼差しを考えよう。ワイエスは、表面上はオルソン姉弟と仲良く交流しつつも、姉弟が滅んでゆくことへの屈折した欲望が根ざしていたのではないだろうか。そうだとすれば、その欲望にワイエスは多少なりとも後ろめたさを感じていただろう(と思いたい)。ワイエスの眼差しは、対象を描くために、突き放していて、冷酷で、後ろめたい。
《オルソン家の終焉》はオルソン姉弟の亡くなった翌年の夏に描かれたとのことである。滅びの美の要件が、ほどよく滅んでいる、滅びつつあることだとすれば、この絵を描いたタイミングは、滅びの美のひとつの極点であったとも言えるだろう。そのときの「境界」は、内外をつなぐといった牧歌的な、耳障りのよいものではない。対象と、対象に美を見出す者とを厳然と分ける壁だ。

 結局のところ何が言いたかったのかというと、各作品のキャプションや解説に書かれていることが、鑑賞者に安易な「物語」を押し付け、単線的な解釈を促すような内容だったのではないかということだ。たとえば、図録に、そういった内容のエッセイを掲載するというのであれば、ひとつの見方としてそういう解釈もあるかということにもなろうが、これが作品のキャプションということになってくると、自由な鑑賞を妨げるという点でこれは非常にまずいのではないか(一方で、上述したような僕の解釈がキャプションに書かれていたとしたら、それもやはり自由な鑑賞を妨げるだろう)。解釈の自由と、キャプションに書く内容は、別次元にあると考えるべきではないか。

 絵画はとても良いのに、つまらないキャプションが作品をぶち壊しにしている展覧会。僭越なキュレーション。それが僕の本展に関する感想だ。

オルソン・ハウスの模型があり、詳細な説明があった
こういうのは面白いと思う

 連作的に展示されているのはオルソン・ハウスに関するものだけであり、あとは気楽に観る。連作に物語性を見出してしまう(もしくは、物語性を見出したくなる)のは、避けがたい人間のさがなのだろうか。

《そよ風》1978 水彩・ドライブラッシュ、紙
《納屋の猫たち》1993 水彩、紙
猫は直接には描かれていない
その不在によって猫を強く意識させるという、猫好きには少々つらい絵だ
《灯台》1983 テンペラ、パネル
《灯台》1983(部分)
賢そうなイッヌ。かわいい
《灯台》1983(部分)
《花びら》1991 水彩、紙

これは、ペンシルヴェニア州チャッズ・フォードにある自宅の母屋を描いた作品です。木と家の間からは粉挽き小屋がのぞき、風にクラブアップルの花びらが舞っています。画面のなかで目を引く開かれた窓は、夫妻の寝室の窓です。プライベートな空間ですが、窓が開かれることによって開放的な感覚が創り出されると同時に、花の香りのさわやかな空気が室内に入っていくさまを想像させます。この作品は夫妻と外界をつなぐ象徴ともいえるものでしょう。

『アンドリュー・ワイエス展 展覧会公式図録』より抜粋
強調部分はインローによる

 本展のキュレーターはどうにかして「美しい」以上のものを読み取りたいらしい。この窓が夫妻の寝室というのはマァそうだろうし、寝室がプライベートな空間だというのもうなずける。しかし、夫妻と外界をつなぐ象徴だというのはいささか過剰なのではあるまいか。なんでそんなに「つなぎたがる」のかよくわからない。

《乗船の一行》には、窓の外に白い帆が見える。キャプションによればこれは大型ヨットのものらしい。

《乗船の一行》1982 テンペラ、パネル

メイン州の海岸近くにあった家の窓からは大型ヨットが時折見えました。その光景から想像を広げて描いた作品です。室内に人影はなく、テーブルを囲む椅子に座っていた人たちは、窓の外に見える大きな帆のヨットに乗り込んだのかもしれません。窓が内と外をつなぎ、不在の気配と船での旅立ちを表現しているようです。

《乗船の一行》のキャプションに書かれた説明
(上の写真の右下のやつ)

 過剰な象徴化作用にはもう触れないことにして、僕はこの白い帆に、ガルシア=マルケスの『族長の秋』に登場する三隻の帆船を連想した。
 彼の一番有名な長編『百年の孤独』にはとくに章立てといったものがないのだが、その代わりにアウレリャノ・ブエンディア大佐の銃殺刑のシーンが繰り返し効果的に登場する(そして銃殺はされない)。まるでしおりのように。そして『百年の孤独』以上に章立てがなく段落もない『族長の秋』において栞の役目を果たすのは三隻の帆船だ。

《乗船の一行》1982(部分)
三隻の帆船を思わせる

…しかし、大統領は話を聞いてすっかり頭が混乱した。この妙ちくりんな取引きが果たして政府の介入すべき問題かどうか、とっさに判断がつかなかった。そこで大統領は寝室に引きさがった。そして、いま聞かされたややこしい話を理解する助けになりそうな光を求めて、海に面した窓を開けた。だが目に入ったのは、海兵隊が桟橋に置きざりにしていった例の舟艇だった。また、この舟艇をはるかに越えた暗い沖合に停泊している、三隻の帆船だった。

ガブリエル・ガルシア=マルケス『族長の秋』(集英社文庫) 63-64頁

…この男は、自分の血はもちろん、一滴の血も流さずにすむ完璧かんぺきなクーデターを思いついた、つまりロドリゴ・デ=アギラル将軍は、もっともらしい証言を山のように搔き集めたのだ、たとえば、わしは毎晩起きていて、真っ暗闇の建物のなかの花瓶と、高官や大司教たちの肖像とぶつぶつ話をしている、とか、牝牛に体温計をくわえさせ、熱を下げるためにフェナセチンを飲ませている、とか、わし自身がこの慈悲深い目で、窓の正面に停泊している三隻の帆船をちゃんと見ているのに、おかしくなった頭のなかにしか存在しない海の大提督のために墓を造らせた、とか、いろんなからくりを買いこむ悪い癖があって、それに公金を流用している、とか、悪夢の幻としてしか存在しないはずの美の女王を歓心を買うために、天文学者の手を借りて太陽系の動きを変えさせようとした、とか、年のせいで頭がぼけて、二千人の子供をセメントを満載した荷船に積み込むように命令し、ダイナマイトを使って沖で爆殺させた、とかいった話だ、おふくろよ、…

ガブリエル・ガルシア=マルケス『族長の秋』(集英社文庫) 168-169頁

 二千人の子供をダイナマイトで爆殺したとかいう無茶苦茶な話がしれっと載っているが、これを「なんだこれは」と思った諸氏には是非『族長の秋』をおすすめしたい。有名な『百年の孤独』を上回る読みにくさだが、僕は『族長の秋』の方が好きだ。


《ヒトデ》1986 水彩、紙
《ヒトデ》1986(部分)
双眼鏡を覗いているのはワイエスの奥さんベッツィ
《薄氷》1969 テンペラ、パネル

 本展(のキュレーション)への不満は先述したところだが、ワイエスの絵はもっと観たい。《クリスティーナの世界》が日本に来る可能性は低いだろうが、ヘルガ・シリーズだって観たい。今回習作が多かったが、最終形態の絵画をもっと観たい。うちにある、発狂しそうなくらい大きく重いワイエスの画集はカーナー農場に関するものだが、カーナー農場の作品も今回ほとんどなかった。観たい。
 誰かまた展覧会を企画してくれないものだろうか。

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