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看護師を辞めた理由④〜わたしはどう生きたいのか〜

「どうして辞めたの?」

聞かれるたびに、こう答えてる。 「海外に行きたくなったから」

嘘じゃない。 でも、それだけでもない。

あまり重い話にしたくなくて、それでいつもそう言ってる。

でも、自分だけはちゃんと知っといていいと思う。
だからここに残す。

ありすぎる理由を、整理する。
まとめて書こうとしたら長くなりすぎたから、
いくつかに分けて書いてきた。

④は、最後の話。


①では、抗えないものについて書いた。
②では、できることとやりたいことについてを。
③では、誰にも見えない仕事の話を。

じゃあ、最後に何を書くか。

「なぜ続けられなかったか」は、もう十分書いた。

今度は逆の問いが来る。

じゃあ、わたしはなにがしたかったのか。 どう生きたかったのか。


お金のこと、正直に言う

ひとつ、ずっと言いにくかったことがある。

35を超えたくらい。
夜勤がしんどくなってきて、日勤だけのところに移ろうかなって、
ちらっと思ったことがあった。

でも、すぐにやめた。

理由は単純で、給料が下がるから。

それだけはやだ、って思った。
すごくはっきりと。
びっくりするくらいはっきりと。

あの瞬間、わたしの中で何かが静かに揺れた。

やりがいのために働いてる、ずっとそう思ってた。
患者さんの最期に関わることが使命だ、そう信じてきた。

でも、夜勤を手放すかどうかを一瞬迷って、
「給料が下がるからやめた」——

その反応が出てくるまで、0.5秒もなかった。

「使命感」だと思っていたものの正体が、少しだけ見えた気がした。

わたしをそこに留めてたのは、やりがいだけじゃなかった。
安定した収入が、確かにそこにあった。

それが悪いわけじゃない。
生活があるから。お金は大事やから。

でも、自分でも気づいてなかった。

「わたしは使命のために働いている」と信じながら、
「でも給料は絶対に下げたくない」が、もっと深いところにあった。

人間て、そういうものなのかもしれない。
でも、あの0.5秒は正直だった。


2年間、わたしは自分と話し続けた

辞めようかな、と思って行動に移すまで約2年。

「辞めようかな」
「辞めてどうするの」
「他に何もできないし」
「だったら同じとこにいたほうがいいじゃん」

毎回、この会話で終わった。

理屈は正しかった。
看護師以外で何ができるか、まったく自信がなかった。

でも、ある日気づいた。

あの声って、本音じゃなかった。

「怖い」が言葉にできなくて、
「できないよ」に変換されてただけだったんよね。

怖かったのは、未来じゃなくて、
「ここを出たわたしに、何が残るのか」を知ること。

20年、ずっと「看護師」だった。

資格、経験、役割、職場での居場所。
それが全部「看護師」というひとことで成り立ってた。

その看護師を手放したとき、 わたしは、何者になるんだろう。

答えが出ないまま、また次のシフトに入った。 それを2年間、繰り返した。


「海外に行きたくなったから」は、正直だった

辞めた理由を聞かれるたびに、
「海外に行きたくなったから」と言うとき、少し後ろめたかった。

軽すぎる気がして。 本当のことを言えていない気がして。

でも今は、そう思わない。

あの答えは、いちばん正直だったんだと思う。

「海外に行く」って、わたしにとって、
自分の人生を生きる、という選択だった。

20年、患者さんの命を守ることを最優先にしてきた。
それは本物だった。
誇りだった。
今でもそう思う。

でも、どこかでずっと思ってた。

わたしの人生は、なんのためにあるんだろう。って。

そのことを言葉にできないまま、 「海外」という形で外に出た。

だから、あの軽い答えは、案外いちばん深いところから来てたのかもしれない。


看護師がくれたもの

肩書きは、なくなった。

でも、身につけたことまで消えるわけじゃない。

旅に出てから、それを何度も実感した。


①で、体力の限界を書いた。

でも旅では、どこまでも歩けた。
筋肉痛にもならなかった。
睡眠が不規則でも、なんともなかった。
一度も体調を崩さなかった。

限界だったのは、わたしの体力じゃなかったのかもしれない。
あの時の精神状態が、肉体を消費していたんだと思う。


②で、できることとやりたいことは違うと書いた。

純粋に、「知りたい!」「自分で見たい!」で動いていると、
不思議なくらい人とつながった。
言葉も文化も違うのに、友達ができた。
知らない人と仲良くなることが、めちゃくちゃ楽しかった。

②では、患者さんに寄り添えなくなっていく自分を書いた。
でも旅の中で、その力が静かに戻ってきた。
人と関わることが、またちゃんと楽しかった。


③で、「何も起きないようにすること」が仕事だったと書いた。

旅でも、同じことをしていた。

現地の空気の変化を読んで、
何かが「おかしい」と思ったらその場を離れる。
気づいたら、危険な目には一度も遭わなかった。

「何も起こらない日」を、気づかないうちに作り出せてた。

誰にも見えない仕事が、旅では自分の命を守っていた。


それから、もうひとつ。

資金があった。

やりたいことをやるための、お金があった。

最初の話に戻る。
「給料が下がるのだけはやだ」と思ってた自分のことを書いた。

あの執着が、今のわたしを作っていた。

過去のわたしが頑張ったおかげで、
今のわたしは動けるし、止まれている。

使命感だと思っていたものの中にお金があったことを、
少し恥ずかしいと思っていた。

でも今は、あの自分にありがとうと思う。


旅に出て、問いが変わった

旅に出た。

答えが出たかって言ったら、出てない。

でも、問いが変わった。

辞める前のわたしは、ずっとこう問うてた。
「他に何ができるんだろう」

旅の中で、その問いがいつの間にか変わっていた。

「どう在りたいんだろう」

できることで自分を証明しなくていい場所で、 初めてそれを考えた。

できることは、正直たくさんある。
でも、それを使って何をしたいのかは、 正直まだわからない。
肩書きも、今はいらないのかもしれない。

でも、ひとつだけわかってきた。

たぶん、わたしがしたかったのは、
自分の感覚を無視しないで生きることだった。

疲れたら、疲れたと言う。
違うと思ったら、立ち止まる。
知りたかったら、自分で見に行く。
やりたかったら、やってみる。

それがあのとき、
「海外に行きたい」という形で出てきただけなのかもしれない。

答えはまだ出ない。
今も、わからないことの方が多い。

でも、今のわたしは、 これまでの人生でいちばん満たされている。

答えがないのに、満たされてる。
それが不思議で、 でも本当のことだから、 ここに書いておきたかった。


答えは、まだない

このシリーズを書いてきて、 ひとつだけ確かなことがある。

辞めてよかった、と今は思う。
もちろん辞めてない人生は知らないけど。

でも、それは答えが出たからじゃない。

わからないままでも、
自分に問い続けていいと思えるようになったから。

「本当はどうしたい?」 その声を聞かないふりをするのを、
わたしはもうやめたかったんだと思う。

だから、看護師を辞めた。

「海外に行きたくなったから」

結局、その答えで合ってたのかもしれない。

わたしは、ようやく自分の人生を生きてる。


最後まで読んでくれてありがとう。

①から読んでくれた人、本当にありがとう。
ここまで付き合ってくれたこと、うれしかった。

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