ころがれ!たこやきくん|シロクマ文芸部 参加作品
夜店から逃げてきたたこ焼きを部屋に匿って、もう2週間になる。
ある日仕事から帰ってきた俺が目にしたのは、自宅の前に転がる一つのたこ焼きだった。その日はたしか近所の小学校だか神社だかで夏祭りが行われていた。
同じフロアの住人が食べながら帰ってきて落としたのだろうか?生ゴミがそのまま放置されているのはとても不愉快だ。落とすのは仕方ないとして、せめて片付けろ。
日頃の疲れからか苛立ちが抑えられず、たこ焼きを通路の端まで蹴り飛ばそうとした。
しかしその時、たこ焼きがわずかに震えていることに気付いて、俺は脚を止めた。
その場でしゃがみこんで、よく観察してみる。やはり震えている。呼吸もしているように見える。なんとなく、怯えているように見えた。
俺は一言、たこ焼きに問いかけた。
お前、もしかして、逃げてきたのか?
夏の夜のぬるい風と共に、たこ焼きがこくりと頷いた。
そんなわけで俺はたこ焼きを部屋に上げて、ひとまず世話をすることにした。
とはいえ、たこ焼きの飼い方なんてわからない。とにあえず紙皿の上に乗せてやると、震えがおさまって少し落ち着いたように見えた。
次の日も仕事で朝が早かったので、とりあえず布団替わりに鰹節をかけてやって寝ることにした。
翌朝、まだ寝ているであろうたこ焼きに「行ってきます」と言って俺は仕事に出かけた。
その日の仕事もいつもと変わらない。一日中、営業回りと事務処理に追われて、0時前にオフィスビルの都合で追い出されるように退社。帰宅するのは午前1時頃。
たこ焼きのことなどすっかり忘れていたが、よく考えたらあれは現実だったのだろうか?疲れから見た幻覚だったんじゃないか。
そんな気持ちで自宅のドアを開けると、微かなソースの香りが出迎えてくれた。テーブルの上の紙皿には、たこ焼きが一つ。その傍には丁寧に畳まれた鰹節。自然と「ただいま」が口から出た。
そんな日々を送る中で、たこ焼きもだんだん懐いてくれたのか、帰宅した俺を見てはコロコロと鳴くようになった。
俺はたこ焼きにタコ助と名付けた。上司が俺を罵倒するときによく使う言葉だ。だけど、俺は悪意を持ってこの名前をつけるんじゃない。こうしてたこ焼きにタコ助と名付ければ、上司から言われた時も少しは気分が楽になるんじゃないかと思った。
一週間もすると、なんとなくではあるが、言葉も理解できるようになってきた。やはりタコ助は、夜店の屋台から逃げてきたらしい。いわば、泳げたいやきくんのたこ焼きバージョンか。そう言うと、タコ助は少し怒ったように膨らんだ。どうやらたい焼きと比較されるのはあまり好ましくないらしい。この辺りの感覚はよくわからない。
わかってるよ。頭おかしいって思ってるんだろ?
俺だってわかってんだよ。何が逃げてきたたこ焼きを飼うだよ。気色悪い。
そんなもんありえないに決まってるよ。けどこんなことでもしなきゃやってられないんだよ。毎日毎日、朝から晩まで必死に働いて、偉そうなだけで何もしない上司にこき使われて、評価もされずに罵倒されて、意味もわからず頭下げてさ。おかしくもなるだろ。なあ。俺が悪いのかよ。落ちてたたこ焼き飼って、なんか悪いのかよ。
次の週からは、仕事先でもタコ助のことを考えるようになった。
部屋で俺を待っているタコ助の姿を想像して、ふと気が付いた。
あいつ、ずっと部屋で一人でいるのは寂しいんじゃないか。
俺は次の休日に、家電量販店でたこ焼き器を買ってきた。
タコ助の友達を作ってあげよう。
そうすれば、俺が仕事に出ている間もきっと寂しくないだろう。
テーブルの上にたこ焼き器をセットする。タコ助も興味津々に見ている。
そういえば、たこ焼きを作るのなんて生まれて初めてだ。
上手くできるか不安だったが、一回目から意外と綺麗に作れた。
俺にはたこ焼き作りの才能があるのか、それとも最近のたこ焼き器がすごいのか。
なんにせよ、タコ助の友達をたくさん作ることができた。
せっかくだからと一緒に買ってきた船皿に並べて盛りつけてあげた。
よかったな、タコ助。
……待て待て、これはまずいんじゃないか。
こうしてたこ焼きと一緒にしてしまったら、どれがタコ助だかわからなくなってしまうぞ。
なーんて、大丈夫大丈夫。
拾ってから2週間も経ったたこ焼きなんだから、作りたてのたこ焼きと見分けがつかないわけないさ。
ほーら、タコ助はこれだ。表面はカサカサで、傷んだ臭いもしてる。他と全然違うよ。
俺、ずっと何してるんだろう。
気が付くと、病院のベッドの上だった。
いつどうやって運ばれたのか、何も覚えていない。
病名は食中毒だった。おそらくあの時、俺はタコ助を食ったんだ。2週間前に落ちてたたこ焼きなんて食ったら、そりゃ食中毒になって当然だ。大方、あまりの腹痛に救急車を呼んでそのまま気を失ったんだろう。
職場に電話したら、何の心配もされずにまた罵倒された。だけど俺は何も感じず、頭を下げることもなくあっさりと辞める意思を伝える事ができた。
最後にタコ助が俺を救ってくれたのかもしれないな。
ベッドに寝転びながらそんなことを考えていると、廊下の方からコロコロという鳴き声が聞こえた気がした。はっと顔を上げると、どうやら看護師の巡回のようだった。
病室に入ってきて、俺に声をかける。
「遠藤さん、具合の方はいかがですか?」
俺は目を見開いた。
看護師の顔を見ると、首から上がたこ焼き、いや、タコ助になっていた。
そのおぞましい姿を見て、つい笑いが出てしまった。
ああ。
退院したら、次は精神科かな。
小牧幸助さんのこちらの記事を拝見して書いてみました。
