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置き配・コンビニ・雪うさぎ|せりふ三題噺

▼今週のお題
◆セリフ
「今日はここまでにしよう」
◆三題
・置き配
・コンビニ
・雪うさぎ


◆「うん,そろそろチャイムが鳴る頃合いだな。今日はここまでにしよう」
時計を見た先生が,教室を見回して,マーカーを置いた。
あいさつが済んで,皆と一緒に,ぞろぞろと教室を出る。クラスの女の子たちと小さく手を振り合って,バイバイを言い交わす。それから,最寄りのコンビニに向かった。
お菓子の棚の前で,購入するものを慎重に吟味している小学生女子……を装いながら,しばらく待った。
やがて,出入り口の自動ドアの向こうに,先生の姿が現れる。英語教室の授業が終わった後,事務室で飲む熱々のコーヒーを買いに来るのが,お決まりの習慣なのだ。
「鹿野先生」
声をかける。何しろ教室の外での先生は,ぼーっとしていて,こちらから声をかけないと,なかなか気がついてもらえない。
「ああ,美冬みふゆか,お疲れさん。買い食いしてないで,早く帰れよ?」
「はーい。ところで先生,問題です」
「えっ,ここで? 藪から棒だな。まあいいけど。何だ?」
「日本で最大の野生の哺乳類と言えば……」
「待った。それは,陸上に限って? それとも,海洋動物も含む?」
「陸上動物です」
「それなら,エゾヒグマだな。作家でナチュラリストのC・W・ニコルが,その程度の質問にも答えられない若者が多いことを嘆いていた気がする」
「……ですが,日本で最速の野生の哺乳動物と言えば,何でしょう」
「最速? 在来馬……は野生種と言っていいのかどうか。鹿,も候補か。猪も。熊だって,四つ脚で駆ければ,実は車並みに速い。いや,違うな。
瞬間最高速度を取るなら,ウサギか。日本に棲息する,最大サイズのウサギ……つまり,エゾユキウサギ,だろ?」
「ピンポーン,正解でーす。よく知ってましたね,エゾユキウサギ」
「ナメんなよ。こちとら哺乳類は,守備範囲ど真ん中だ」
「知ってます。ウィキペディアで『日本の哺乳類一覧』っていう記事を立てたのも,先生なんですよね?」
「ん? そんな話,授業でしたか?」
「あ,その,ず,ずっと前に聞きましたよ。えっと,確か,3年生のとき……だったかな?」
「そうだっけ? 話した覚えはないんだが。
とにかく,エゾユキウサギは,昔わざわざそれを見るだけのために,友達と北海道まで行ったことがあるくらいだから,俺にとってはなかなか,思い出深い動物だったりするんだよ」
「へー。よくそんなことに付き合ってくれる人がいましたね」
「いや,むしろ俺の方が付き添いだよ。そいつが大のウサギ好きでさ」
「ウサギ好きのお友達? それってもしかして,もしかしなくても,女子ですよね? ……彼女さん?」
「い,いや,そんなわけないだろ。フツーに,友達だよ」
先生は,嘘をつくのが下手だ。顔を見れば,先生が本当のことを言っているかどうかくらい,私にはすぐわかる。
「で,ウサギ,見れました?」
「『見られました?』だろ。ら抜きを普段から無頓着に使ってると,テストの記述問題でついつい使ってしまって,減点されるぞ」
「先生,英語の先生なのに,細かい。で,ユキウサギ,ちゃんと見られたんですか? やっぱり,雪みたいに真っ白でした?」
「いや,ユキウサギは,夏毛と冬毛の色が違うんだ。で,俺たちが行ったのは,春だった。冬の北海道で地吹雪につかまって遭難とか,洒落にならないからな。
つまり,俺たちが見たのは,『茶色いユキウサギ』だ。土の色に紛れる茶色の毛色だから,見つけるのに苦労したな。
気がついたら,びっくりするくらいすぐそばで,じーっとしていてさ,俺が驚いて思わず声を上げたら,ぴょんぴょん跳ねて逃げていった。『友達』に,ずいぶん文句を言われたよ」
「ふふふ」
「でもその後ちゃんと,何匹も見つけられたんだ。タンポポをさ,かじり取ってこう,根本の方から,くるくる回しながら食べるんだよ。花まで全部」
「かわいいですね!」
「だろ? だけど,俺よりも連れが大興奮でな。声出すとウサギが驚いて逃げちゃうからって,我慢して小声でキャーキャー言って,小さく飛び跳ねてるんだよ。そんなん見せられたらもう,ウサギなんかよりお前の方がよっぽどかわいいわ,って」
「え?」
「いや,何だ,その……その連れはさ,ほんとにかわいい子だったんだよ,今思い返してみても。見た目もそうだけど,仕草とか表情とか,性格もさ。特に,あの笑顔……こっちまで幸せな気分にしてくれた」
「ふーん」
「何だよ,にやにやしちゃって。こんな話,するんじゃなかったな」
「ううん,なんかうれしくって」
「えっ?」
「で,先生,ここからが本題です。実は私も,北海道で見てきたんですよ,エゾユキウサギ」
「え? そうなのか?」
「と言っても,動物園ですけどね,旭山動物園。で,そう言えば先生が哺乳類が好きだって言ってたっけな,って思い出して,買ってきたんです,おみやげ」
「えっ?」
「でも,教室では渡すの忘れてて,ついさっき,はっと気がついたところ。だから,ちょうどよかったです。はい,これ」
「おお,そうだったのか。いいのかな,こんなのもらっちゃっても。ちょっと中見させてもらってもいいか?」
「もちろん!」
「これ,ぬいぐるみか? ん,これはまさか,いや,やっぱり……ジャッカロープ?」
「正解! アメリカのどこかにいると言われる伝説の生き物,ツノウサギのジャッカロープです」
「……」
「あれ,どうかしましたか,先生」
「実は,これとまったく同じものを……昔,人に贈ったことがあるんだ」
「! へ,へー,偶然ですね!」
「相手はその,一緒にウサギを見に行った,その『友達』だったんだけどな。
いろいろあって,会わなくなって,何年も経ったあとで,あいつから突然,『ジャックそっちに送っといた。かわいがってあげてね』って,連絡があってさ」
「プレゼント,送り返されてきちゃったんですか!」
「ああ,意味がわからないから,えっ,なんで?ってメッセ返したけど,返信はなかったな。
プレゼントしたものまで嫌になるくらい嫌われたのか?って,けっこう落ち込んだよ,あのときは」
「いえ,もしかしたら,逆かもですよ」
「えっ?」
「いつまでも,これを見て私を思い出してね,ってことだったのかも。だってほら,ウサギみたいにかわらしくて愛らしい『お友達』だったんでしょ? 捨てられたとかじゃなくて,わざわざ送られてきたんだし」
「そうか……そうなのかな。でも,だったら俺……余計にあいつに,顔向けできねえわ」
「えっ?」
「そのときはたまたま旅行中だったから,再配達で置き配にしてもらったんだけど…… なくなっちゃったんだよ,その荷物」
「えっ」
「近所に手癖が悪いので有名な,札付きの一家がいてな。きっと盗られたんだと思う。似たようなことが,その前にも何度かあったんだ。
結局後になって,業を煮やしたご近所さんに証拠を突きつけられて,めでたく御用になったんだけどな。俺の荷物のことは,警察にも届け出てなかったから……ジャックは,返ってこなかった」
「そうなんですね……」
「でな。君にこんな話をするのも,我ながらどうかと思うんだが……彼女が,入院先で……癌で,亡くなったらしいって,後から……共通の知人から聞いて。
それが,考えてみたら,ジャックが彼女から送られてきたのって……その,ほんのちょっと前くらいのことだった」
「……」
「それなら,一種の形見分け,みたいなつもりだったのかな,とも,そのときは思ったけど,そうだな,もしかしたら,ずっと私を忘れないで,ってこと,だったのか,もな」
「……きっと,そうだと思います」
「だから,これさ,まるで,俺と別れた後も,病気になってつらかったときも,ずっとあいつのそばについてくれていたジャックが,ちょっと回り道はしたけれど,やっと,やっと俺のところに帰ってきてくれたみたいで……すごく,うれしいよ。本当にありがとう」
「いえ,そんな……」
「……実はさ,ずっと前から思ってたんだが,君はその『友達』に,どことなく似ている,んだ」
「……」
「それが,最近ますます……
いや,何でもない。何言ってんだ,俺。ごめんな,キモいこと言って。
……ヤバいな俺。今の話は,できれば忘れてほしい」
「えっ,何の話ですか? 私,何も聞いてませんけど?」
「……」
「じゃあ先生,さようなら。ツノウサギを引き渡せて,よかったです。また教室で」
「ああ……教室で」
私は振り向いて,先生に笑顔を向ける。
この時のために,鏡の前で何度も何度も,我ながらそっくりだと思えるまで練習した,写真のままの「お母さんの笑顔」を。
口をぽかんと開けて,立ち尽くす先生。
私は店を出た。バス停に向かいながら,パスケースを出して,中の写真を見る。
ジャッカロープのぬいぐるみを抱いて笑う,小動物みたいに愛らしい,お母さん。そしてその隣で,幸せそうに屈託なく笑う……先生。
「よかったね,お母さん。ちゃんと今でも,お母さんのことが大好きみたいだよ……お父さん」
写真に語りかけると,私はパスケースを閉じて,バス停に向かって走り出した。


◆♪ルフルン ルフルン 雪うさぎ。
懐かしすぎる。
明らかに鹿野先生の世代ではないし,会話の流れも悪くなっていたので,後から以下の台詞を削りました。
「『雪うさぎ』って言うと,雪で作ったウサギをイメージする人が多いみたいだけど,その昔,日曜夜の『カルピス名作劇場』のCMで,『ルフルン ルフルン 雪うさぎ』ってのがあったんだぜ。冬限定の,ホットカルピスのさ。知らないか。知らんよな」

カルピスのこのマークも,黒人差別に当たるということで,使われなくなりました。

◆こちら↓の企画に参加させていただいております。いつもありがとうございます。

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