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『もうゲーム作ってる場合じゃない?』AIの進化、メタバースの胎動、そして僕が辿り着いた『2040年クリエイター生存戦略』―鍵は“生々しさ”と“同人”にあり


みなさんこんにちは。今日はちょっと聞いてほしい話があります

実は最近、立て続けに収録トラブルに見舞われて、普段使ってないスマホで録画しようとしたら処理落ちでデータが飛んだり、やっと録り直したと思ったら今度はフリーズで「神回だったのに!」ってデータがパーになったり…正直、心が折れそうで「失敗しすぎて心臓が痛い」ってすごーく思ってまして、、、


でも、そんな疲弊困憊の中で、いや、だからこそなのかな。ここ最近ずっと頭の中でグルグル考えていたことが、妙にクリアになってきました。僕たちクリエイター、特にゲームを作っている人間が、これからどうやって生きていくのか、いや、生き残っていくのかっていう、切実な問題についてです。

「ゲーム制作はもう古いのか?」「AIに仕事、奪われるんじゃないの?」――そんな漠然とした不安が、具体的な未来図として、そして僕なりの生存戦略として、ようやく形になってきた気がします。

今日はその話を、僕の思考の軌跡を辿りながら、少し長くなるかもしれませんが、率直に語ってみたいと思います。

第1章:ゲーム制作の「終わりの始まり」? ― 僕が感じた業界のリアルとAIの影

「ゲーム制作はちょっと微妙かもしれない」――ここ数年、僕の中でじわじわと広がっていた感覚だ。 かつては「ゲームを作っていれば食いっぱぐれない」なんて時代もあったかもしれないけど、今はどうだろう?


個人でインディーゲームを作ったとして、それがどれだけ「つぶしが効く」スキルになるのか。 正直、かなり厳しくなってきていると感じます。マス向けのソーシャルゲームバブルはとっくに弾けたし 、据え置き機も結局は超強力なIPを持つところが市場を席巻しているのみ。


そこに追い打ちをかけるように現れたのが、AIの進化ですよね。ゲーム業界でもAIを活用した開発、それも少人数で回せるような体制がどんどん模索されているのが予想できるわけでして。 これまでインディーゲームを取り組んだ先にある「保険」としてゲーム開発そのもののスキルが、あっという間に陳腐化してしまうんじゃないか、そんな危機感が常につきまとうようになってきました。


第2章:「holoindie」という希望の灯火 ― 二次創作とコミュニティの可能性

そんな閉塞感の中で、僕にとって一つの大きな光となったのが「holoindie」の存在です。 ご存知の通り、ホロライブプロダクションが立ち上げた二次創作ゲームブランドですが 、これが今の僕にとって、そしてこれからのクリエイターにとって、ものすごく重要な意味を持っているんじゃないかと思っています。


二次創作っていうのは、クリエイターにとって本当に取り組みやすい。 魅力的なキャラクターや世界観という「モチーフ」が既にあって、創作活動のエンジンとしてこれ以上ないくらい強力なんです。 しかも、喜んでくださる元々のファンがいるから認知も広がりやすい。


かつては、この「二次創作でゲームを作る」ということが、僕のキャリアの"保険"になるんじゃないかって期待もしていました。 でも、ゲーム業界全体の状況を考えると、それだけじゃ心許ないのも事実です。


じゃあ、holoindieの本当の価値はどこにあるのか? それは、AIみたいな新しい技術を取り込みながら、まだ誰も見たことのない新しい表現や体験を「開拓できる場所」としてのポテンシャルじゃないかと思っています。 そして、これから話す未来の変化の中で、どの方向にも柔軟に舵を切れる「ハブ」としての役割を担ってくれるんじゃないかと。


第3章:技術はどこへ向かう? ― 2040年までのロードマップと「生々しさ」への渇望

僕たちが今立っているのは、とんでもない技術変革の入り口です。アナログからデジタルへ 、そして情報の形も進化してきました。ざっくり言うと、2Gの時代にはテキストが 、3Gの時代には画像がコミュニケーションの中心になり 、4Gで動画が一気に花開き 、そして2030年の5Gの普及でライブ映像やストリーミングが完全に僕らの日常になろうとしています。


  • ~2030年:ライブストリーミングの成熟と5Gの飽和
    みなさんも感じている通り、5Gの普及でライブ映像やストリーミングは完全に僕らの日常になりました。 YouTubeが2010年→2020年がそうだったように、ここ10年でライブ配信文化は一つの完成形を迎え 、通信技術的にも一旦飽和状態になるでしょう。

  • 2030年~2040年:6Gの飽和に向けて、VR/3D空間の本格到来、そしてAIによる制作革命
    ここからが本番です。6G 、さらには2050年には7Gといった次世代通信が、今度はVRや3D空間を僕らの日常に引きずり込むでしょう。 そして、この変革のど真ん中にいるのがAIです。 「呪文を唱えるだけで3D空間が生成される」――そんなSFみたいな話が、もう現実になろうとしています。 今までどれだけ大変だったか。例えば3Dモデル一つ作るにも、
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    「スカルプティングと言われる、粘土をこねるみたいにモデルを掘って掘って形を造形して、そこに骨を入れてボーン、つまり骨組みを仕込んで、ちゃんと芯がある人間のような動きをするための関節とかを設定する。さらに今度はモーションキャプチャーみたいなことをして、実際の動きをデータ化したり、手作業でキーフレームを打ったりして、指定したモーション通りに関節が動くアニメーションを作り込む」
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    …この一連の気の遠くなるような作業が、めちゃくちゃ遅いわけです。 これがAIによって劇的に変わるんです。 しかも、この流れは僕らの想像以上に速いかもしれません。当初2040年頃と目されていた3D空間生成技術の完成が、もしかしたら10年近く前倒しされて、2030年頃にはかなり高度なものが出来上がっている可能性だってあります。

  • 「ハリボテ」を超えて:2040年に求められる「中身のあるリアル」と「生々しさ」
    もちろん、2030年時点でのAI生成3D空間は、まだどこか「ハリボテ」感が残るかもしれません。 AIによるアップスケーリング技術、つまり解像度の低い映像やモデルをAIが高精細に見せることで、まるで立派なお城みたいに「見せかける」ことはできるでしょう。 この技術のおかげで、表現の進化は10年早まっているとも言えます。 でも、それはあくまで「見た目」の話。まだ6G通信が完全に普及しきっていない段階では、扱える情報量に限界があるから、触れるとペラペラだったり、世界の奥行きが感じられなかったりする。 つまり、「生々しさ」が足りないんです。 2040年に向けて僕らが本当に求めるのは、そんな見かけ倒しのリアルじゃない。GTAの世界で、今まで入れなかった全ての家の中に入れるようになる 、そんな「中身の詰まった」ディテール、触感まで伝わってくるような「生々しさ」なんです。 この「生々しさ」は、視覚情報だけじゃなく、音や触覚、あらゆる五感を統合した体験として、僕らに迫ってくるでしょう。 まさに「細部に神が宿る」レベルのものが、AIの力によって、ネット上に構築されるかもしれません。

第4章:「同人」こそが未来を照らす? ― AI時代に「生々しさ」を極めるということ

この「生々しさ」というキーワードは、僕の考察の中ですごーーく重要な位置を占めています。そして、この「生々しさ」を最もピュアな形で追求し続けてきたのが、何を隠そう「漫画」であり、その最先端としての「同人」文化だと僕は思っているんです。


メディアの歴史を振り返っても、新聞、ラジオ、テレビ、ブログ、SNS、YouTubeと様々なものが生まれては消え、あるいは形を変えてきましたが、漫画、特に鳥獣戯画にルーツを持つような人間の表現欲求から生まれたものは、驚くほど形を変えずに生き残っています。 それはなぜか? 技術的な巧拙を超えた「生々しさの塊」がそこにあるからじゃないでしょうか。 同人誌を読んだ時、絵の上手い下手を超えて胸を打つのは、作者の熱量や「これを描きたい!」という剥き出しの作家性が、ダイレクトに伝わってくるからです。 そこには「ハリボテ感」なんて一切ありません。


だから僕は、「2040年までは同人の時代だ」と確信しています。 AIがどれだけ高度なものを自動生成できるようになっても、この人間由来の「生々しさ」だけは、そう簡単には再現できません。むしろ、AIが作るものが洗練されればされるほど、人間の手によるザラザラとした、しかし熱を帯びた表現の価値は相対的に高まっていくんじゃないでしょうか。


だからこそ、僕自身も「holooindie」での活動を通じて、「同人活動を極める」ということを、改めて自分のコンセプトの中心に据えたいと思っています。 それは、別にエロ方面に走るってことじゃなくて笑 、技術的な路線での「生々しさ」を、自分の手でどこまで追求できるかっていう挑戦です。


第5章:2050年、「好きに生きなさい」の時代が本当に来るのか? ― AIとの共存とクリエイターの役割大転換

さて、2040年までは「同人」と「生々しさ」が熱い、と。じゃあ、その先はどうなる? ここからは僕の妄想もかなり入ってきますけど、面白い未来が待っているかもしれません。

  • AIが「ネットナビ」になる未来 ― 『ロックマンエグゼ』の世界はもうすぐ?
    2040年代には、AIはもはや単なるツールじゃなくて、僕らの日常に深く溶け込んだパートナーになっているでしょう。 それこそ『ロックマンエグゼ』のネットナビみたいに、一人一人に最適化されたAIがいて、生活のあらゆる場面をサポートしてくれます。 今のVTuberみたいな存在も、もっと高度な知性と「生々しさ」を持ったAIへと進化したり、あるいはAIによって全く新しい形で代替されたりするかもしれません。 想像してみてほしい、自分の「推し」が、本当に自分のことを理解してくれるネットナビとして常にそばにいてくれる世界を。それを開発・提供する企業や組織が、今のホロライブみたいな巨大な影響力を持つようになる可能性だってあります。

  • 「好きに生きなさい」の時代 ― 精神的バリアとベーシックインカム?
    そして2050年頃には、社会のあり方そのものが大きく変わるかもしれません。 僕が勝手に「好きに生きなさいの時代」って呼んでますが、ベーシックインカムみたいな制度が普及して、多くの人が経済的な制約から解放される。 同時に、人々の精神的な「防御力」もめちゃくちゃ上がって、SNSでの誹謗中傷なんて柳に風、みたいな「死なない時代(心も死なない時代)」が来る。 すぐに死があった世界がなくなったように、心も死なない時代。そういう傾向がより顕著になるかもしれませんね。

  • コンテンツは「環境」へ ― FF14的世界を個人が創る? クリエイターは「テーマパークのキャスト」に
    そうなると、コンテンツのあり方も変わらざるを得ません。精神的なバリアも高いとなれば、従来のような「これを伝えたい!」っていう一方的なコンテンツ発信は、なかなか届きにくくなるでしょう。 同人誌も、その役割を終えるかもしれません。 じゃあ何が残るのか? 僕が思うのは、「FF14」に代表されるような、包括的で、居心地のいい「環境」そのものです。 それは特定のストーリーやメッセージを押し付けるんじゃなくて、人々がその中で自由に遊び、コミュニケーションし、あるいはただ穏やかに過ごせるような、生活空間に近いデジタルワールド。生活に溶け込むBGMのような存在になっているかのような、コンテンツもまた、刺激の少ない、しかし質の高い「環境音」のようになっていくのかもしれません。 "精神的なバリアが高い状態"によって、いまのJ-POPがクラシック音楽になるかのような変化が起こった世界なんだと思います。そういった「環境」の中では、コンテンツを提供する側はコンテンツをまるで「ファッション」として制作して消費してもらうようになるのかもしれません。 次々と新しいスタイルやトレンドが現れては消え、それを身にまとったり、コレクションしたりすることが楽しみの中心になる。熱量のこもった同人作品ですら、そういった「環境」を構成する一つのアイテム、あるいはムーブメントとして軽く消費されるようになった時、クリエイターに残された取り組みは、そういったファッション的な自己表現に近いものになるのかもしれません。 そうして、クリエイターの役割は、この「心地よい環境を提供する」ことへとシフトしていくでしょう。 しかも、AI技術の進化によって、かつてはスクエニみたいな大企業じゃなきゃ作れなかったFF14規模の世界を、個人や少人数チームでも創り上げられるようになるかもしれません。しかしそれはもう、現時点ではどうそんな芸当が可能なのか想像できず、そのときの僕が一人発信側としてなにかしてるのだとすれば、ゲームクリエイターというより、その世界のテーマパークを彩る「一人のキャスト」になるのかもしれません。

第6章:そして、僕は今何をすべきか ― 宇宙開拓と魔法の時代を見据えて(あるいは見据えずに)

さらに先の2060年以降となると、もう僕の妄想もエンジン全開です笑。「好きに生きなさい」の時代がさらに拡張されて、個人の想像が現実世界に直接影響を与えるような、「魔法が使える」としか言いようのない時代が来るかもしれません。 『流星のロックマン』みたいに宇宙開拓が日常になって 、物理法則すら書き換えられる(正確には宇宙空間を扱うことになったことによって、地球が耐えられないエネルギーが扱える)みたいな、とんでもないことが可能になる…なんてね。


でも、そんなすっごい未来のことを今から具体的に考えて、何かスキルを準備するなんて、正直不可能に近いです。


だから、僕が今、本当にやるべきことは、ものすごくシンプルです。

まず、「健康でいること」。 これから訪れるであろう、とんでもなく刺激的で面白い(であろう)未来を、自分自身の五体でしっかりと観測し、体験し、楽しむためには、何よりもまず健康な身体と心が必要です。 2020年、機能性ディスペプシアを患って泣くほど絶望した僕が言うんだから間違いない。苦笑


そして、今、情熱を注げるべきこととしてあるのが、「同人的な心持ちで全力で取り組むこと」。 僕にとっては、それが「holoindie」での活動です。 将来、僕が創り出すものが、巨大なテーマパークのほんの一つのアトラクションになるのか、自分自身は末端の末端のキャストになるのか、あるいは全く違う形で誰かの「心地よい環境」の一部になるのか、それはまだ分かりません。 でも、いまはそこで「生々しさ」を追求し、自分の作家性を刻み込もうと奮闘した経験は、どんな未来が来たとしても、絶対に無駄にはならないんじゃないかなと思っています。


もしかしたら、僕が今作っているゲームが、遠い未来の「好きに生きなさい」の時代に、誰かの心にそっと寄り添う「環境」の一部になっているかもしれない。そんなことを夢想しながら、僕はこれからも、この変化の激しい時代を、自分なりの「生々しさ」と「同人魂」を武器に、しぶとく、そして面白おかしく生き抜いていこうと思います。

まとめ:不確かな未来への羅針盤は、自分自身の「好き」と「熱量」

AIが進化しようと、メタバースが日常になろうと、僕たちクリエイターがやるべきことは、実はそんなに変わらないのかもしれません。

それは、自分が「本当に面白い」と思えるもの、「生々しい」と感じられるものを、ただひたすらに追求し続けること。そして、その過程で生まれる熱量を、誰かと共有しようとすること。

未来は誰にも予測できない。でも、だからこそ面白い。

この記事を読んでくれたあなたも、きっと何かを感じ、考えているはず。一緒に、この不確かで、だからこそ可能性に満ちた未来を、考え、悩み、そして創り上げていこうじゃないか。

僕も、まずはやりそびれたスクワットから始めようと思うよ(健康重要)。


長くなったけど、最後まで読んでくれてありがとう。また。

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こじまあゆむ/@猫絵nekonui 最後までありがとうございました! よろしければ、少し「いいね・フォロー」おすそ分けください(*´∀`*)!