48.ドイツ(4)アーヘン・ルードヴィヒフォーラム
ケルンから列車で日帰りアーヘンへ。
ここでは、予定外にたまたま行った現代美術館がとってもよかった。
1.現代美術館 ルードヴィヒフォーラム



Ludwig Forum für Internationale Kunst(ルードヴィヒ・フォーラム)は、1928年に建てられた傘工場を改装した建物で、1991年に美術館としてオープン。チョコレート会社で財を成したコレクターPeter & Irene Ludwig夫妻のコレクションを核とし、夫妻の名前を冠しているけれど、アーヘン市が運営し、夫妻の財団が全面支援する公立の美術館という形態。
巨大なワンフロア空間を生かした展示が特徴で、工場らしいスケール感、入った瞬間、わあ~となった。








コレクション約3,000点を所蔵、アメリカボップアート、ドイツ現代アートの他、冷戦期から収集をはじめた東欧キューバ、中国の東側現代美術、そしてメディアアートの先駆者でもあり300点も。こんなところに、こんなものもあるんだ!と驚きの連続。
ちょうど開催中だったのは、「 30 Werke für 100 Tage – Die Sammlung Ludwig und die Gegenwartskunst (「100日間のための30の作品」)-ルードヴィヒ夫妻が初期に収集したアメリカのポップアートやフォトリアリズム、そして同時代のヨーロッパやラテンアメリカの現代美術の傑作30点に焦点を当てた、100日間限定のハイライト展。その他、メディアアートや映像、音響に特化した展示が複数で、その中で、メディアアートの父ともいわれる ナム・ジュン・パイクの特別展「Earth, Moon, Sun」(〜12月31日)がすごくよかったし、サウンドアーティスト、クリスティーナ・クビッシュによる音響インスタレーションの回顧展Christina Kubisch「The Emergence of Sound」&「Electrical Walks Aachen」 とかが面白かった。





ルードヴィヒ夫妻は1960年代からアメリカのポップアートをヨーロッパでいち早く紹介したコレクターとして有名だとのこと、アンディ・ウォーホル、ロイ・リキテンシュタイン、そしてその後のキース・ヘリング、ジェフ・クーンツ、バスキアまでそろってた。デュアン・ハンソンの「Supermarket Lady」は、1991年の開館時から美術館の「顔」。

ドイツなのでもちろんリヒターはあるし、Bruce Naumantとかそして、外には Claes Oldenburg、 Jonathan Borofskyなどの大型彫刻。




でも、作品もさることながら、注目は、建物自体、光がたっぷりと差し込む巨大なワンフロア空間。1928年から60年間、毎日1万本の傘を世界中に出荷するヨーロッパ最大の傘工場(エミール・ブラウアー傘工場)だった。アーヘンの建築家ヨゼフ・バッハマン(Josef Bachmann)設計、外観は、シンプルなレンガ造りの工場、当時最先端だった「バウハウス様式(モダニズム建築)」の影響を色濃く受け、「機能主義」や「新即物主義」の思想が、建物のいたるところに表現されていて、重要な産業遺産、機能的でありながら美しい産業建築の好例として、1977年に歴史的建造物(文化財)に指定されている。
1988年に傘工場の操業を停止後、やはり地元の建築家フリッツ・エラー(Fritz Eller)が改修、最大のコンセプトは、「工場の無骨なキャラクターを完璧に残しながら、巨大なアートスペースへとコンバージョンする」こと。
外観は、工場建築に多い“のこぎり屋根”はそのまま残され、直角ではなく、アールデコやモダニズム特有の丸みを帯びた美しく滑らかな曲線の角など、1920年代後半のモダンな商業・産業建築に流行したディテールらしい。装飾は特にないが、下層部には深い赤、上層部には黄色の2色のクリンカーレンガ(化粧レンガ)を貼り分けてある。旧メインエントランスの上には美しい丸窓。





生産フロアは、北側から均一で柔らかな自然光が全体に差し込む3,000平米の巨大な中央ホール、遮るもののない広大な展示空間へ。
内部は、鉄筋コンクリート・スケルトン構造(骨組み構造)がインダストリアルな雰囲気、柱で建物を支えるため、外壁に大きな負荷がかからないので、格子状に細かく区切られた巨大な窓を規則正しく並べ、これが工場内に均一な自然光を取り込む。
フラットだった工場フロアの中央部分を四角くくり抜くように一段低くし、すり鉢状のアトリウム、イベント・アクションスペースを設置し、 パフォーマンスアートや演劇、国際会議など多目的に使える「広場(フォーラム)」としての機能を持たせている。
もともとの傘の製造ラインが並ぶワンフロアの広大な空間を、中央ホールの周囲を仕切り、一部に床を増設して複数階層(多層構造)の展示室を作り、作品のジャンルや規模に合わせて空間を回遊できるように。工場の地下空間だった場所には専用の劇場(シアター)が新設され、また、建物の角にあたる部屋や外周部には、コレクションを管理するための「修復ワークショップ(工房)」「専門図書館」「アトリエ」が配置され、開館時はレストランがあったという場所は、今はスタイリッシュな休憩スペース。


出入口のある壁面は、屋内展示と屋外の緑・アートが一体化するよう、開放的なガラス面。外はロッジアと呼ばれる半屋外の回廊エリアで、そこにはクレス・オルデンバーグの「巨大な灰皿(Colossal Ashtray)」があって、そこから中庭のジョナサン・ボロフスキーの大きな「バレリーナクラウン」が見える。実は、その裏?北側には広大な彫刻庭園があったと後で知ったけれど、気が付かず、見逃してしまった。
1989年のベルリンの壁崩壊後、1990年10月の東西ドイツの統一から間もない1991年6月27日のグランドオープンでは、象徴ともいえるデュアン・ハンソンの「Supermarket Lady」が登場、キューバや東欧の現代アートも本格公開された。
また、「かつて自分や家族が働いていた場所」が「最先端のアートスペースに変わった」のを見届けるために多くの地元市民が訪れたという。
2.ドイツのアートコレクター ルードヴィヒ夫妻とアーヘン、ドイツの美術館
アーヘンへ行った第一の目的は、1978年最初に登録された12の世界遺産のひとつ、アーヘン大聖堂。8世紀末カール大帝によって建てられ936年~1531年まで約600年にわたり歴代30人の神聖ローマ皇帝の戴冠式が執り行われた、中世ヨーロッパの歴史そのもの(金とラピスラズリの青のモザイクできらびやか!)。







Peter&Irene Ludwig夫妻は、中世のキリスト教美術、彫刻、聖遺物箱などのコレクターでもあり、アーヘン大聖堂宝物館へも様々な形で支援、彼らの一国の国立美術館に匹敵するというレベルのコレクションは、同じくアーヘンにあるズアモント=ルートヴィヒ美術館に寄贈・寄託されている。
そして、彼らのコレクションはアーヘンにとどまらない。実は、Yayoi Kusama展を観たケルン大聖堂のすぐ裏のルードヴィヒ美術館も彼らの名前を冠している。1976年、夫妻は、約350点の美術品をケルン市に寄贈、その条件が「このコレクションのための独立した美術館をケルン市がつくること」だった。
ここの、バルセロナ、パリに次ぐ世界で第三位のピカソコレクションやヨーロッパ最大級のポップアートのコレクション、ロシア・アヴァンギャルド、ドイツの戦後美術なども夫妻の寄贈による。彼らが生涯集めた作品は14000点以上、ケルン以外にも世界各地に寄贈していて、「Ludwig」という名前の美術館は複数ある、というすごい人たちだった。
1996年にペーターが、2010年にイレーネが亡くなった後、二人の遺体は夫妻の強い希望により、アーヘン大聖堂の東側にある回廊(あるいは大聖堂の墓所)に埋葬されたという。
