「AI任せにしない」は、AI任せにせずに作りました――新刊『AI×知財分析』執筆の裏側
はじめに
これまで2回にわたって、中央経済社から出版した『AI×知財分析 特許情報分析の工程・品質設計実践ガイド』(大瀬佳之さん、上村侑太郎さんとの共著)をご紹介してきました。
今回はその第3弾として、この本がどうやってできたのか、執筆の裏側をお話しします。企画の始まりから、不安だったこと、使ったツール、帯コピーの誕生秘話、そして3人でどう進めたかまで。本の中身の話は前2回に譲って、今回は「作る側」の話に絞ります。
始まりは、一通のXのDM
始まりは、2025年12月に届いた一通のXのDMでした。差出人は大瀬佳之さん。「生成AIを使った知財の本を出さないか」。声をかけられたのは私と上村侑太郎さんで、3人はChatGPTが世に出た2022年末から、生成AIの使い方について情報交換を続けてきた仲間でした。
大瀬さんには商業出版の経験があり、出版社への企画提案は引き受けてくれるとのことでした。実際の企画は、出版社の担当者の方も交えて検討を進めました。つまり最初から「どう書くか」だけでなく「どう届けるか」を含めた企画だったわけです。
テーマは早い段階で決まりました。理由は単純で、2025年12月の時点で、知財実務に生成AIをどう使うかを正面から扱った本が見当たらなかったからです。
副題にある「工程・品質設計」という切り口は、主に大瀬さんから出てきたものです。大瀬さんも私もメーカーで技術者をしていた経験があり、AIの活用を考えると自然と「工程をどう設計し、品質をどう担保するか」という製造業の発想になりました。私自身、直前の知財学会で工程設計に触れた発表をしていたこともあり、この方向に違和感はまったくありませんでした。
一番の不安は、「陳腐化」でした
正直に言うと、DMへの返事は「前向きに考えたい」でしたが、内心は不安のほうが大きかったのを覚えています。Kindleでは何冊も出していましたが、商業出版は初めてだったからです。
不安は大きく3つありました。ひとつは、商業出版の進め方がまったく分からないこと。企画が出版社に断られる可能性も、当然ありました。もうひとつは、1冊を仕上げる労力です。ただこれは3人で分担できるので、なんとかなりそうだと思っていました。
一番の不安は、内容の陳腐化でした。生成AIは日進月歩です。執筆から出版まで時間がかかれば、本が書店に並ぶ頃には「どうでもいい内容」になっているかもしれない。この不安は、企画の最初から最後までずっと頭にありました。
結果的に、この不安が本書の方向を決めました。ツールの操作方法を書けば、必ず古くなる。しかし「どの工程にAIを使い、どこで人が検証するか」という業務設計の考え方は、モデルが入れ替わっても変わりません。本書が「工程・品質設計」を副題に掲げているのは、陳腐化への恐怖の裏返しでもあるのです。
実際、執筆中の3か月でもモデルの世代交代はありましたし、脱稿から出版までの間にもありました。しかし本書の手順で分析をやり直してみると、出力の質はむしろ上がっていました。ツールの操作ではなく工程を書いたので、モデルが賢くなるほど、同じ手順から得られる結果が良くなるのです。
執筆に使ったツール
書籍の執筆に使ったのは、AntigravityというエージェントツールとOpus 4.5というモデルです。ただし、効率化のために使ったのではありません。むしろ最初は効率が落ちるのを覚悟して、無理やり使いました。AIツールは、実際の仕事で使わないと使い方を覚えられないからです。
任せたのは、文章の構成や項目立ての相談、誤字脱字のチェック、文書全体の整合性の確認といった作業です。見出しの階層、文体、用語の統一などをフォーマットルールとして1枚にまとめておけば、AIはそれに従って原稿を整えてくれます。おかげで人間は形式面をAIに任せ、内容面に集中できました。
振り返ると、これは本書で書いた「工程の設計」そのものです。どこをAIに任せ、どこに人間が集中するか。分析でも執筆でも、考え方は同じでした。
なお、当時と今ではツールの仕様がかなり変わっています。ここでお伝えしたいのはツール名ではなく、「仕事で使って覚える」という付き合い方のほうです。
帯コピーは、AI任せにせずに作りました
帯のコピー「AI任せにしない。だから、成果になる。」は、実はAIと一緒に作りました。
種にしたのは、10年ほど前に私が作った「キャッチコピー作成マニュアル」です。ブランド論をもとに、要件の定義から便益の分析、案の生成、評価までを手順化したもので、このマニュアルに沿って人間が作ったコピーが、実際にある企業で採用された実績があります。
今回は、このマニュアルをAIに読み込ませ、手順どおりに候補を出してもらいました。その中から最も良さそうなものを選び、声に出したときの語呂が良くなるように、私が表現を調整しました。出来上がった案は、共著者からも異論が出ず、採用となりました。
ちなみにAIが最初に出した案は「AIに丸投げしない。だから成果になる。」でした。「丸投げ」を「任せ」に変え、「に」を削り、「だから」の後に読点を打つ。手を入れたのはそれだけですが、声に出して読むと、別のコピーになります。ほかにも候補はいくつか出ましたが、とるに足らなかったので忘れてしまいました。AIの出す案は、大半がそういうものです。だからこそ、選んで磨く人間の工程が要るのだと思います。
振り返ると、このコピーは自分自身の作り方をそのまま語っています。検証済みの人間の知見を渡し、AIに広く案を出させ、最後は人間が選んで磨く。AI任せにしなかったから、成果になったのだと思っています。
3人でどう進めたか
本書は、3人がそれぞれの持ち場を担当した対等な共著です。著者名の並びで私が最初に来ているのは一番年上だからというだけの理由です。
上村さんには総説をお願いしました。生成AIが今どこまでできるのかを整理する部分で、これがないと後の章が成り立ちません。私はケーススタディを担当し、実際に特許を分析し、アイデアを出すところまでを書きました。大瀬さんは自身の章に加えて、書籍全体のディレクションを引き受けてくれました。ベンダーの経営者でもある大瀬さんに、内容の質を全体として見てもらえたのは心強いことでした。
原稿のやりとりはGoogleドキュメント、連絡はSlackでした。意見が割れることは、ありませんでした。生成AIというテーマはスピードが命なので、議論より速さを優先する、という点で3人の考えが最初から一致していたからです。ChatGPTの登場直後から3年間、情報交換を続けてきた仲間だったことも大きかったと思います。
DMが届いたのが2025年12月、脱稿が2026年3月、発売が9月3日。声がかかってから3か月で書き上げ、9か月で書店に並びました。生成AIの本を、生成AI時代のスピードで作った、と言えるかもしれません。
今後のこと
9月は、知財情報フェアと、YouTubeの「知財実務オンライン」で、本書について講演する予定です。お近くの方、ご興味のある方は、ぜひお立ち寄りください。
書誌情報
書名:AI×知財分析 特許情報分析の工程・品質設計実践ガイド
著者:川上成年・大瀬佳之・上村侑太郎
出版社:中央経済社
発売日:2026年9月3日
