「白菊」が咲く夜─ 長岡空襲と祈りの花火
8月1日午後10時30分。新潟・長岡市の夜空に、白い大輪の花が静かに咲く。
その名は「白菊」。絢爛豪華な夏の花火大会とは趣を異にし、これは、第二次世界大戦の長岡空襲で犠牲となった方々への鎮魂の祈りとして打ち上げられる花火。
✿ 慰霊の白菊
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長岡空襲の始まった時刻(8月1日午後10時30分)にあわせて慰霊の花火を打ち上げます。
空襲で亡くなられた方々への慰霊、復興に尽力した先人への感謝、恒久平和への願いを込めて、白一色の尺玉3発を打ち上げるとともに、市内寺院の協力を得て同時刻に慰霊の鐘を鳴らします。
皆様からも、是非この趣旨をご理解いただき、慰霊の花火打上げに合わせお祈りをいただければ幸いです。
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毎年発行される「長岡まつり特集号」に記されている一文。
ただの儀式ではない。これは、歴史を風化させず、語り継ぐための「空への供花」。
✿ 戦火に照らされた夜空
米軍による空襲は、雲に覆われた新潟市の代わりに、偶然雲の切れ間から見えた長岡市を標的にしたという。「兵器工場があるかもしれない」。そう判断された建物を中心に、焼夷弾が雨のように降り注いだ。

木と紙で造られていた当時の日本家屋は、瞬く間に炎に包まれ、夜空は真っ赤な火で照らされた。被害は凄まじく、1時間40分に及ぶ空襲で市街地の8割が焼失。死者は1,488人、焼失戸数は約12,000戸。

それでも生き残った人たちは、「空が赤く、まるで大きな夕焼けが起きているようだった」と、語り継いでいる。
✿ 白い花火に込められた祈り
「ドーン!」と派手に開かず、「白菊」は静かに、ゆっくりと咲き、淡く消えていく。それは、派手な演出よりも“沈黙の祈り”を感じさせるように作られた花火。
この花火を生み出したのが、花火職人・嘉瀬誠次さんだ。
14歳から職人として花火に携わり、戦争ではシベリア抑留を経験。生きて帰れなかった戦友たちへの思いを込めて、「白菊」を作り上げた。
初めてこの花火が打ち上げられたのは1990年、ロシア・ハバロフスクのアムール川河畔。亡き戦友に捧げた一発だった。
緻密な計算、導火線の設計、火薬の配合 。すべてが”心で作る”ことを求められる難しい花火。
嘉瀬さんは2023年、101歳で逝去されが、その志は長岡煙火協会や若い職人たちに確かに受け継がれている。
✿ 白菊は、「語り継ぐ」という仕事
静かに、ゆっくり、花のように咲いて消えていく「白菊」の姿は、犠牲者の魂を慰めると同時に、私たちに問いかけている。
あなたは、この出来事を覚えていますか?
語り継ぐ覚悟がありますか?
戦争を知らない世代であっても、平和の中で生きる私たちだからこそ、語れることがある。それは「知らなかった」を「知ろうとする」に変えること。「伝えてほしい」という祈りを、未来へ手渡すこと。
✿ 風化させないために、空を見上げる
長岡の夜空に、白い供花が3輪咲く夜。それは、歴史の節目ではなく、今を生きる私たちへの問いかけ。祈るように打ち上げられる「白菊」は、ただの花火ではない。
亡くなった方々への慰霊とともに、復興を支えた人々への感謝、そして、「平和であることを当たり前だと思わない」という戒めが込められている。
どうか皆さんも、この夜だけは、空を見上げてみてください。黙って手を合わせ、静かに咲く白い花に想いを託してください。
戦争を知らない世代が、「知ろうとする」姿勢を持ち続けることで、私たちは過去とつながり、未来へ祈りをつなぐことができると信じたい。
https://nagaokahanabi.com/shira-giku/
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