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5日目:金曜日の15時39分
その日の午後、ようやく1週間分の授業を終えたエヴァは、いつものように図書館の決まった席へ腰を下ろしていた。静まり返った空間には、キーボードを叩く小さな音だけが淡く響いている。眠気を誘われることもあったが、たいていはその静けさがエヴァの集中力を研ぎ澄ませた。
ちょうどキーボードから手を離し、背伸びをしようとした時だった。誰かが肩を軽くつついた。振り返ると、そこにはオーウェンが立っていた。彼は眉を上げ、無言のまま出口の方を顎で指した。
エヴァは何も言わずに頷き、ノートパソコンと資料を片づけると、バックパックを肩へ掛けた。そして2人が、図書館よりも明るく人の気配に満ちた廊下へ出たところで、ようやくオーウェンが口を開いた。
「コーヒー飲む?」
「私は大丈夫。あなたは?」
「飲みたい。付き合ってくれる?」
彼は片眉を上げた。
「いいよ」
犯罪心理学の講義が始まって以来、エヴァ、クロエ、オーウェンの3人が顔を合わせる機会は以前より減っていた。専攻が違うせいで授業のスケジュールもばらばらだったが、今学期だけは昼休みなどに、わずかな時間を見つけて集まることができていた。
ダイニングホールへ入ると、エヴァは隅の席を確保し、オーウェンは湯気の立つコーヒーを片手に戻ってきた。分厚い法律の教科書をテーブルへどさりと置き、彼女の向かいへ腰を下ろす。
「今日は彼氏と一緒じゃないんだね」
エヴァは顔を上げながら言った。
普段のオーウェンは友人たちにはどこか素っ気ないくせに、恋人とは驚くほど甘い週末を過ごしていた。
「もう別れた」
オーウェンは妙に落ち着いた口調で答えた。
「え……ごめん。何かあった? もちろん、話したくなかったら無理しなくていいけど」
エヴァは慎重に言葉を選び、彼が話しやすいように促した。
オーウェンは肩をすくめ、かすかな笑みを浮かべる。
「ただ、長く続かないって気づいただけ。で、今は自由の身ってわけ」
彼は楽しげに続けた。
「今週末パーティー行くんだけど、君も来る?」
エヴァは少し驚いたように瞬きをした。彼の立ち直りの早さには毎回感心させられる。これまでにも何度か失恋の話を聞いてきたが、彼はいつだって深刻そうには見えなかった。それでもエヴァは知っている。オーウェンは、本当に話したい時にしか本音を口にしない人間だということを。
「遠慮しとく。私はちゃんと彼氏いるし」
エヴァは小さく笑いながらからかった。
「え、まだ続いてるの? もう2年近くだろ?」
オーウェンは呆れたように笑った。
「信じられないな。まあ覚えとけよ。ある日突然、何の前触れもなく、『もうこの人とは一緒にいられない』って気づく時が来るんだから」
「ちょっと、縁起悪いこと言わないでよ」
エヴァは笑いながら首を振った。
少し沈黙が流れた後、オーウェンがコーヒーをひと口飲みながら尋ねる。
「最近、ルークとは話してる?」
ルークはエヴァの恋人だった。そして、彼女にとって初めての恋人でもある。
「ううん」
エヴァは静かに答えた。
「サッカーで忙しいって言ってた」
彼女はテーブルの上に置かれた自分の手へ視線を落とす。
「前は、向こうから電話してきたり、コーヒー買ってきてくれたりしたのに」
エヴァとルークが付き合い始めたのは1年生の頃だった。まさか1年半以上も続くとは、本人たちですら思っていなかった。付き合い始めた頃のルークは、講義後に迎えに来たり、車で連れ出したり、理由もなく花を贈ってきたりした。そんなひとつひとつが、エヴァにとっては初めて味わう特別な感覚だった。
以前、その話をクロエとオーウェンへしたら、クロエは「優しすぎる」とか「絶対手放しちゃダメだよ」と大騒ぎしていた。だがオーウェンは、その時ほとんど何も言わなかった。そして今になって、ようやく口を開いたのだった。
「じゃあ、君は?」
彼は少し身を乗り出した。
「ルークのために何かしたことある?」
エヴァは戸惑ったように瞬きをする。
「え……どういう意味?」
「だからさ」
オーウェンは手振りを交えながら続けた。
「迎えに来たり、プレゼントくれたり、ルークはずっと尽くしてきたじゃん。君は同じように何かしてやったのかって話」
エヴァは少し考え込んだ。
「もちろん、してるよ」
短い沈黙の後、彼女は付け加える。
「期末試験前で忙しかったのに、ルークの試合見に行ったし……去年の冬は一緒にスキーにも行った」
「へえ、それは大きな犠牲だな」
オーウェンはわざとらしく感心したように笑った。
「私がスキー苦手なの知ってるでしょ。ずっと断ってたけど、ちゃんと行ったんだから」
エヴァは半分笑いながら反論する。
オーウェンは薄く笑ったが、その声には珍しく真面目な響きがあった。
「ルークにとって、君は初めての彼女なんだ。君のためにしてきたこと全部、あいつにとっても初めてだったんだ。どれだけ頑張ってきたか、少しくらい考えてやってもいいんじゃないかな」
エヴァは黙り込んだ。その言葉が胸の中へ静かに沈んでいく。
「……そうだね」
彼女は小さく認めた。だが、その声にはわずかな迷いも混じっていた。
「でも……だからって、私たちがうまくいってないってわけじゃないよ」
その後もしばらく2人の雑談は続いた。エヴァのバイトの時間が近づく頃には、ダイニングホールの人影もほとんど消えていて、2人の声だけが広い空間へよく響いていた。
ふいに、オーウェンが尋ねる。
「そういえば、ほかの授業どう?」
「普通かな。特に変わりない」
エヴァは腕時計を見ながら答えた。
「あなたは?」
「同じ」
彼もスマホで時間を確認する。
「正直、今学期で楽しみなのって犯罪心理学くらいかな」
エヴァも同じだった。オンラインに資料が上がっていないか何度も確認していたが、一向に更新される気配がない。事前準備を前提としていない授業なのか、それとも教授が資料の共有を望んでいないのか。
最初の月曜の講義は、3人にとってスリリングだった。それ以外の授業は、どれも退屈に感じてしまうほどに。
* * *
エヴァは図書館の棚へ本を戻しながら、次の犯罪心理学の講義はどんな内容だろうと考えていた。オーウェンとの会話が頭に残っている。そのせいか、最近はどこか距離を感じていたにもかかわらず、不意にルークへ会いたい気持ちが込み上げてきた。
だが、利用者に本の場所を尋ねられた瞬間、その思考は途切れた。本棚の奥に静かに残る人影に気づきさえもしなかった。
8日目:月曜日の07時53分
エヴァが思っていた以上に、1週間はあっという間に過ぎ去った。そしてついに、彼女が今のスケジュールの中で最も楽しみにしている月曜の1限目、犯罪心理学の講義の日がやって来る。
講義室へ入ると、すでにオーウェンとクロエが席についていた。2人とも、いつになく授業を楽しみにしている様子だ。エヴァはクロエの隣へ腰を下ろし、オーウェンはその後ろの席を陣取った。その後も学生たちがぱらぱらと入室し、ほどなくしてブラウンが姿を現す。
1限目のベルが鳴る前に、彼は教壇から口を開いた。
「今日はトンプソン君が不在だから、配布資料は各自で取りに来てくれ」
そう言いながら、ブラウンは教壇の上へ資料を並べ始める。学生たちは次々と席を立ち、資料を受け取りに向かった。オーウェンも列へ加わり、3部まとめて持ち帰ると、エヴァとクロエへ慣れた手つきで渡した。
「ありがと」
エヴァは肩越しに小さく礼を言う。
2度目のベルが鳴り、ブラウンはそのまま講義を始めた。
「今日の目的はいたってシンプルだ。『なぜ人は犯罪を犯すのか』。この問いを生物学的視点、心理学的視点、そして社会学的視点から考えていこう」
彼は資料を軽く持ち上げる。
「その後、みんなにはペアで簡単なアクティビティに取り組んでもらう。授業中に終わらなければ、来週までの課題になるかもしれない」
* * *
気づけば、授業終了時間は目前に迫っていた。ブラウンはいかにも時間に厳しそうな人物に見えるが、実際には話し始めると止まらないタイプだった。まるで昔話を延々と語り続ける老人のように。
「みんな、すまんね」
彼は左手の高級そうな腕時計へ目を落とし、ようやく言った。
「今回のアクティビティは、全員課題ということに」
教室のあちこちから小さなため息が漏れる。
ブラウンは続けた。
「今から1分でペアを決めるんだ。相手を決めずに帰らないように」
そして、口元をわずかに歪める。
「ただし、『犯罪の共犯者』を選ぶことはできないよ」
自分の冗談に満足したように、ブラウンはくっくっと笑った。
エヴァは心の中で小さくため息をつく。今回はクロエやオーウェンとは組めない。以前より人付き合いには慣れたとはいえ、知らない相手と話すのは今でも少し苦手だった。周囲を見渡そうと立ち上がった時には、ほとんどの学生がすでにペアを決め終えていた。
その時だった。教室の向こう側で、1人の男子学生と目が合う。彼もこちらに気づき、そのままエヴァの方へ歩いて来た。エヴァは緊張しながらも、その場で待つしかなかった。彼はまるで、最初から彼女を知っていたかのような落ち着きをまとっている。
「……こんにちは」
エヴァは慎重に声をかけた。
「こんにちは。ジョシュアだ」
「私はエヴァ。よろしく」
「こちらこそ」
ジョシュアは温厚そうで、それでいて不思議と人を惹きつける笑みを浮かべた。エヴァが慌ててお気に入りのコーヒーカップを脇へ寄せると、彼は何事もないように隣へ腰を下ろす。
やがて全員のペアが決まり、教室には低い話し声が広がった。そのざわめきを、ブラウンの声が再び切り裂く。
「よし、全員ペアは決まったかね? 最初に配った資料を確認してくれ」
彼は教室全体を見渡した。
「ペアで相談しながら課題を進めること。提出は来週だ」
教室に小さな会話が満ちる中、ジョシュアがエヴァへ少し身を寄せた。
「ねえ、明日の午前って空いてる?」
「えっと……うん。授業はないかな」
「俺も。よかったら、一緒に課題やらない?」
「いいよ。どこで待ち合わせる?」
「2階のラウンジは?」
「うん、わかった」
エヴァは小さく頷いた。
* * *
授業後、エヴァ、クロエ、オーウェンの3人は並んで廊下を歩き、次の講義へ向かっていた。
「課題の相手、なかなかイケメンだったじゃん」
オーウェンが肘でエヴァを小突き、意味ありげに笑う。
「やめて。ただの課題のペアだから」
エヴァは呆れたように目を細めた。
だが正直に言えば、ジョシュアが整った容姿をしていることは認めざるを得なかった。しかも彼には、ルークとはまるで違う空気がある。
ジョシュアは穏やかで礼儀正しく、決して声を荒げたりしなさそうな雰囲気があった。そう感じるのは服装のせいかもしれない。きちんとズボンにしまわれたポロシャツなど、ルークなら絶対選ばない格好だ。シンプルなスニーカーと合わせたそのスタイルは、気取っていないのに妙に知的で洗練されて見えた。
一方、ルークはいつも動き回っているようなタイプで、パーカーやスウェット姿ばかりだった。たまにはジョシュアみたいな服を着てみればいいのに。そんな考えが、ふとエヴァの頭をよぎった。
エヴァはそんな考えを振り払うように、クロエとオーウェンへ視線を向けた。
「2人は誰と組んだの?」
なるべく自然な調子で尋ねる。
「すごくしっかりしてそうな女子」
クロエが答えた。
「去年の講義で見かけたことあったから、その子にした」
それから彼女はオーウェンを見た。
「オーウェンは?」
「俺も女子と組んだ。そっちの方が何かとスムーズだから」
オーウェンは自信満々に笑った。
「男同士だと、だいたい何も進まないしね」
クロエが笑いながら付け加える。
エヴァも小さく笑ったが、内心ではすでにジョシュアを選んだことを少し後悔し始めていた。彼女は何より効率を重視するタイプなのだ。空気を変えようと、エヴァは話題を切り替えた。
「そういえば、この前のパーティーどうだったの?」
オーウェンを見ながら尋ねる。
「最高だった」
彼はにやりと笑った。
「俺がオリバーん家に着いた時には、もういたんだよ」
わざとクロエへ視線を投げる。
「――泥酔して叫んでる奴が」
「だってストレス発散したかったんだもん!」
クロエは両手を上げて抗議した。
「飲みすぎには気をつけなよ」
エヴァは笑いながらも、どこか心配そうに言う。
「分かってるって」
クロエは照れくさそうに目を逸らした。どこか、自分でも反省しているようだった。
歩きながら、エヴァは密かに安心していた。今回の課題は、思ったより楽に終わりそうだ。ジョシュアは頼れそうな人間に見える。きっと、面倒なく進められるだろう。忙しい毎日の中で、そんな相手と組めたのは幸運だった。
エヴァ自身は、オーウェンやクロエのように派手なパーティーへ行くことはほとんどない。それでも、人が「気持ちを軽くできる場所」を求める感覚は理解できた。彼女にとってはジョシュアがそんな存在になると感じ始めていた。
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この物語は、主人公が大学で犯罪心理学を履修しながら、犯人を見つける謎解きコージー・ミステリーです。露骨な表現、性的暴力の描写、身体的傷害の生々しい描写は一切含まれていません。
ドカ大学の3年生であるエヴァは、新学期も前学期と同じように平和な日々になるだろうと思っていた。
唯一の変化は、大学が「犯罪心理学」という授業を開講すること。幸運にも、彼女は友人のクロエとオーウェンと一緒に講義に出席する機会を得た。
しかし、学生の1人のイザベラが沼地で発見されたことで、すべてが変わってしまった。
地元警察は捜査に苦戦していたため、FBI捜査官のストーンとターナーが警察に代わって事件を引き継いだ。
FBIが最初に捜査対象としたのは、エヴァたちのいる「犯罪心理学」の授業だった。
オリジナル英語版もSubstack(サブスタック)で無料公開中です。ぜひ英語バージョンも!
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