【個人談】the pillowsの思い出を少しでも残したい【長文】
the pillows(ザ・ピロウズ)について語りたい
先日、ドラムの佐藤シンイチロウ氏が逝去されたニュースを知った
昨年の解散以来、ピロウズに触れる機会が目に見えて少なくなっていたこの頃、それがさらに加速することを恐れた
自分の記憶からピロウズのことがどんどん消えて行ってしまいそうになっていることに気が付き、少しでも思い出として何かを残したいと思った
そして、せっかくnoteという便利なツールがあるのにピロウズの記事は1つも書いてないことに今更気が付く
もっと早くから語っていればよかったという悔いがあり、それをこれからの人生で残さないためでもある
もちろん誰かに読んでもらいたいという気持ちはあるので、私と同じバスターズの方に読んでもらえ共感して頂ければこの上ない幸せである
自らの備忘録も兼ね、あるがままに記していきたい
【1~ピロウズとの出会い】
それは2018年、秋口のこと
ピロウズとの出会いはツイッター(現X)で音楽好きのフォロワーさんから教えてもらったことがきっかけだった
一応は音楽アカウントとして活用しているツイッターのアカウントで好きなアーティストについて会話のやりとりをしていた際にピロウズの存在を知った
言わずと知れたピロウズの代表曲であるFunny BunnyのPVを聴いて心を打たれたのである
興味を持って調べていたら、過去に読んだことのあるスケットダンスに登場していることや、それがRock Stock Versionであり、元のアレンジは比較的ゆったりとしたテンポの楽曲であることなど、ピロウズの知識を少しずつ蓄えていった
今でこそ少しは語れるくらいのファンとしての誇りを持っている(年数的にはにわかに分類されるが)
しかし、世間一般では「知らないと思うのですが~」と枕詞を使わなければならないくらい知名度が低いバンドでもあり(悲しみ)、そんなバンドが好きな自分が愛おしくもあり、反面寂しくもあった
ネットでPVを見るだけでは物足りず、「もっと曲を聴きたい」、そう思ってオークションサイトで大量のシングルやアルバムのまとめ売りを落札したことを覚えている
ピロウズと出会ったのはそういった縁があってのことだった
しかしながら、バンドが翌年30周年を迎えることを知った際、今までどうして知らなかったのだと少しばかりの悔いはあった(もっと早く出会いたいかった)
だが、フォロワーさんから教えてもらわなければ、私は一生ピロウズと縁のない人生を送っていたのかもしれない
どんな形であれ、出会いというものはつくづく運命的なものだと思う
まさか自分の中でこんなにも大きな存在になるとは、当時の自分からしてみれば想像もつかなかっただろう
【2~初めてのライブ参戦】
ちょうどその頃は、最新アルバム、REBROADCASTツアーの最中であり、幸運なことにもまだ札幌公演のチケットが残っていた
このアルバムの中では「Rebroadcast」と「箱庭のアクト」が特に好きで、ぜひとも生で演奏を聴きたいと思っていた
札幌にあるPENNY LANE 24(ペニーレーン)というライブハウスで、確か初めてのライブハウスデビューを果たした(今まではホールのコンサートやライブばかり行っていた)

整理番号はかなり後ろの方だったが、それなりに見えたし聴こえた
当時はまだピロウズを聴き始めたばかりだったため、About A Rock'n'Roll Band(アバロク)のようなピロウズの中ではメジャーな曲をまだ知らなかったが盛り上がった
聴きたかった2曲も無事聴くことができた
ライブのMCでは「来年30周年ライブをやるから仕事を辞めてでも来てくれ!」とさわおさんが語っていた
その当時、流石に平日の横浜アリーナに北海道民の私が行くことは叶わないと思い、静かにそのアニバーサリーを祝ってた
しかしながら、まさかのチャンスがやってきた
東京に出張に行けと会社から言われたのである
【3~30周年ライブへの参加】
2019年、まさかの東京出張により、横浜アリーナで開催されるピロウズの30周年ライブに参加できる可能性が出てきた
余談だが、東京出張は辛かった
楽しいことが100だとしたら、苦しいことが99くらいあるような時間を過ごしていた
毎朝、アナザーモーニングを聴いてから出勤することが毎日のルーティーンだった
重い玄関の扉も生まれ変われるのならと思って気力を振り絞って毎日開けてた
ハッピーバースデーの歌詞が身に染みた
何度もピロウズに支えられて過ごした
正直ピロウズの曲が無かったらどうなっていたか分からなかった
今自分があるのはまぎれなもくピロウズのおかげだった
その後、なんやかんやで平日に休みを取ることができ、不慣れな横浜の街に向かい、念願の30周年ライブに参加することができた
当時、座席の隣に来た人がスーツ姿だったのを覚えている
きっと仕事終わりに急いできたのかもしれない、なんて思って謎の共感を覚えていた
横アリ埋まってよかった(さわおさんは埋まらないと思っていたらしい)
こんなにもバスターズがいたなんて知らなかった
嬉しくてグッズもたくさん買った
ライブの感想は割愛するが本当に最高の時間だった
後でライブDVDも買った
自分が参加したライブ公演が映像作品として発売されるのは初めてのことだったので嬉しくて、そのDVDは何度も繰り返し見て勇気をもらった


ピロウズの映画にも行った
内容はあまり覚えてないのが残念だがさわおさんがキレるシーンだけは何故か覚えている
映画終演後にさわおさんが舞台挨拶として登壇するイベントにも参加した
今思えばピロウズはそこそこファンとの距離が近いバンドだったのかもと思った

その年の年末、ピロウズが主催する対バンライブに参加した(その時、初めて生でユニゾンと出会った)
渋谷でのライブ、本当にいい夜だった
正月1日1日に渋谷駅のホームで始発の電車をライブ後の余韻に浸りながらうとうとしながら待っていた時間、本当に幸せだった
まさかその時、2020年に災厄が降りかかるなんて誰も夢にも思っていなかったが

【4~コロナ禍のピロウズ】
ライブが中止、エンタメが必要のないものだと認定され、無駄なものだと切り捨てられていた時期、そのショックは計り知れなかった
今でこそ平穏な時間が流れているが、当時のバッシングはとてもひどかった
特にライブハウスでの感染が特に叩かれていたことを記憶している
当時、さわおさんのソロ曲活動のライブに興味を持ち、チケットを購入したが中止となり、後日払い戻しの小切手みたいな何かが届いたことを覚えている
さわおさんもブログで毒づいて人気のあるアーティストなら炎上してたかもなんて正直思ってしまった(幸いにも何もなかったのだが、それはそれで悲しい)
今思えばコロナのせいでピロウズのライブに参加する貴重な機会が大幅に奪われていたのだと気が付く
何事にも終わりはある
何もかもが一生続くような気がしているが、それに終わりがあることからは目をそらすのが我々の悲しき性である
バスターズの誰しもが思っていたはずだろうが、ピロウズの30周年ライブがコロナ禍の前年で本当に良かった
集大成である記念ライブが開催されず、次にいつライブができるかが分からない苦しみは計り知れない
不謹慎かもしれないがそのことに関しては幸いだったと今なら言える
【5~最後になるとは思わなかったライブ】
いつからかライブが通常通り開催されるようになった
まるでコロナなんてなかったかのように、私はSHISYAMOやユニゾンとの対バンライブやアルバムのリバイバルツアーに参加した
とても楽しかった
リバイバルツアー、MY FOOTまで聴きたかったなぁと叶わないことを願っていたバスターズも多かったはず
結局、Happy Go Ducky!をライブで聴けるチャンスも無くピロウズは解散した
リバイバルツアーの会場でHappy Go Ducky!やってくれないかな~と話していた同じバスターズの誰かのことをふと思い出していた
最後に参加したのは"LOSTMAN GO TO CITY 2024-25"の札幌公演
金土の2日間、札幌におけるピロウズの聖地、ペニーレーン24というライブハウスで開催され、2日とも参加した
土曜日の公演では整理番号が確か4番だったので、人生初の最前ど真ん中を位置取り、ボーカルのさわおさんを見上げる形でライブを楽しんだ
客席に手を伸ばすさわおさんが握った手に初めてグータッチをすることができ、とても嬉しかったのが今でも忘れられない
当時はまさか、人生最後に生で聴くピロウズの楽曲がEMERALD CITYになるとは思ってもいなかった
それから約1か月半後、ピロウズ解散の知らせを知る
特に解散ツアーも行うことなく、通常のツアーの後、解散をしたのはピロウズらしかった
きっと解散ツアーと銘打ってツアーを行ったら、最後だから記念にと見に来るようなピロウズに本気で向き合っていないような人たちが多く来場してしまい、毎回参加している敬虔なファンが参加できないなんてことになりかねなかった
最後に参加したライブもパフォーマンスは申し分なかったが、MCでは以前よりも冷めたような感じを受け取っていたので、自分と同様、なんとなく長くは続かないのではなんて思ってしまった方もいたかもしれない
それでも最後までピロウズらしさを貫き通してくれたのは嬉しかった
ファンとしては他の方と比べれば短い時間しか過ごせなかったかもしれない
けれども、こんなにも人生の伴走者として支えてもらったのは初めての存在だった
何度でも言うよ、ありがとうピロウズ
【6~ピロウズの思い入れのある曲5選】
話は脱線するが個人的にピロウズの中で思い入れのある曲を勝手に語りたい(たぶんこの場でしか語れない気がする)
本当はもっとたくさんあるのだが、割愛することにした
1:アナザーモーニング
私の中では人生のテーマソングだった
ピロウズの中で1番聴いた曲だと思う
人生の中で本当につらい時間を本当によく聴いて何度も励まされた
先述した内容と被るが、やはり重い扉を開けて毎朝出勤する時、この曲が何度も頭の中を流れた
だからこそ30周年ライブで聴いた時は本当に嬉しかった
今でもカラオケで良く歌う私のピロウズソングの十八番である
2:No Surrender
この曲からも大いに元気をもらった
「生き延びてまた会おう!」とライブで言ってくれる度にまた頑張ってピロウズに会いに行こうと思えた
対バンライブで披露されたときは、アレンジをせずに通常verで披露されたのがなんだかとても嬉しかった
バスターズだけのライブの時とはちゃんと変えてくれるのだと知り、なおさら特別感に浸ることができた
3:MY FOOT
さわおさんはあんなにオラついている?のにどうしてこんな繊細な歌詞が書けるのだろうといつも不思議に思う(失礼)
上手くいかないはみ出し者の気持ちが痛いほど伝わってくる歌詞
自分が歩んできた道のりは間違っていないのだと、自分を肯定するためにも何度も聴いた
Star overheadの歌詞もそんなことを思うには十分すぎるほど共感した
この曲のおかげで少しは自分に自信を持てた気がする
4:I know you
歌詞もメロディも好きだが、やっぱりみんな好きなのはCメロの歌詞
「すべてにこだわりを~」のところが何度聴いてもグッとくる
ユニゾンの田淵さんもそう思っていたことを知り(参照:ハイブリッドレインボウ2)、なんだか親近感を覚えて嬉しかった
この曲を30周年ライブでやるとは思っていなかったので、イントロが流れて来た時はそれはもう嬉しかった
5:Funny Bunny
ピロウズを本格的に好きになった始まりの曲
自分でこんなことをいうのもアレだが、「自分はまだまだニワカだな」なんて自覚している
それでもこの曲は本当に大切な曲だし、多くの方の人生を支えてくれたかけがえのない曲でもある
ライブでサビを合唱するのは本当に楽しい時間だった
会場が1つになる瞬間
本当に幸せだった

【まとめ:ピロウズは僕の光】
今まで好きなアーティストや好きな曲に何度も出逢ってきたが、ここまで人生に寄り添ってくれたアーティストはピロウズが初めて会った
正直ピロウズがいなかったら今の自分は存在しえなかった、それくらい大きな存在だった
今でも30周年ライブのDVDは時々見返す
ライブも良かったけど、Swanky Streetでシンちゃんが痛恨のミスをするシーンも本当に大好きなんだよなぁと
緊張感がほぐれて、いつものライブハウスでのライブに戻ったようなあの感じが本当に好きだった
悲しいけれど、以前と同じ気持ちでライブ動画を観返すことはもうできないかもしれない
月並みな表現だが、ピロウズはまだ自分の中に確かにある
その音は一生鳴りやまないと思う
ピロウズと出会えて良かったな
バイバイ
これからもストレンジカメレオンとしてピロウズと一緒に足跡を残していきたい
おしまい
