デザイナーはデザイン最大の敵なのかもしれない
常識にとらわれない人たちへ。
反逆者、はみ出し者、ルールを嫌う人たちへ。
世の中を違った視点で見る人たちへ。
彼らはルールを好まず、現状維持にも興味がない。彼らを引用してもいい。反対してもいい。賞賛してもいい。非難してもいい。
しかし、一つだけできないことがある。それは彼らを無視することだ。
なぜなら彼らは世界を変えるからだ。
人類を前へ進めるからだ。狂っていると思う人もいるだろう。しかし私たちは、そこに天才を見る。世界を変えられると本気で信じるほど狂った人たちだけが、本当に世界を変えるのだから。
~Apple「Think Different」キャンペーン
(スティーブ・ジョブズによるナレーション)
このAppleの広告に込められたスティーブ・ジョブズのメッセージは、Appleを倒産寸前まで追い込んだところから、Appleを救ったものです。
そしてジョナサン・アイブ(Jony Ive)がデザインやマーケティングについて学んだことの多くも、ジョブズから得たものです。
ソーシャルメディアやニュースで繰り広げられている議論は、無知、能力不足、恐怖。批判を繰り返している人たちの肩書きに 「Designer(デザイナー)」と書かれていることです。記事や投稿を読むと、そこにはプロフェッショナルとして最低限持つべき礼儀がほとんど見当たりません。
本来デザイナーであれば持っているはずの、好奇心や、巨大でリスクの高い挑戦へ挑む人々に対する理解しようとする姿勢がありません。
代わりにあるのは、怒りと嘲笑だけです。
こうした振る舞いなら、SNSでドーパミンを求めて過激な投稿を繰り返す一般ユーザーには期待できません。しかし、プロフェッショナルであるなら、こうした反射的な中傷は慎むべきです。
「デザイナー」という肩書きを名乗るということは、ある価値観と行動規範を引き受けることでもあります。
例えば、制約や依存関係に興味を持つこと。
ビジネス目標やビジョンを理解しようとすること。
技術が持つ可能性と限界を知ること。
そして、人々が新しい技術にどのように反応するのかを理解しようとすること。
デザイナーなら知っているはずです。こうした要素が互いに影響し合い、最終的なデザインの意思決定を形作る。そして、消費者や社会へ本当の価値を届けるプロジェクトへ長年携わってきた人間であれば、
そうした価値観を尊重し続ける責任があります。
私自身も、その第一印象を一度脇へ置くと、考え方を切り替えました。理解するために時間をかけることを選びました。好奇心を持つことを選びました。そして、最初に問いかけたであろう質問を考え始めたのです。
この巨大な挑戦の背景には、どんなビジネス目標があったのか。どんな未来像を描いていたのか。もし本当に知ろうと思うなら、そのビジョン。
制約。
依存関係。
関係者。
それらすべてを理解する努力が必要になります。そして、どんな意思決定にも必ず利害関係者(ステークホルダー)が存在すること、こうした巨大なプロジェクトは誰か一人だけで成立するものではないことを理解したとき、初めて公の場で意見を述べる資格が生まれるのです。
私たちは
Critique(建設的な批評)をするべきです。
Criticize(感情的な批判)ではありません。
この二つは、似ているようで全く違います。
良いデザインとは何か
案の定、デザイン業界で昔から繰り返されてきたあの有名な問いを再び呼び起こしました。
「デザインとは何か?」という議論です。
この議論があまり好きではありません。自己満足的で、内向きで、ナルシシズムに満ちていて、結局何も生み出さないからです。実社会への影響もありません。
それよりも、私たちが問うべきなのは、「良いデザインとは何か?」です。
これは、デザイナーの専門性が最終的に何を生み出したのかという、アウトプットに目を向ける問いです。
そして議論の中心を、デザインそのものから、ビジネス、戦略、消費者、社会への貢献に移します。
そこでは、価値、制約、文脈、目的、そして知性が語られています。たった一つの言葉で言えば、意味(Meaning)なのです。
「反対する人たち」は、いつの時代にもいる
2016年、AppleがiPhone 7から3.5mmイヤホンジャックを廃止したとき、世界中が騒然となりました。「ユーザーを無視している。」「AirPodsを売るためだけだ。」「Appleは終わった。」SNSは批判で溢れ、レビュー記事の多くも否定的な内容でした。
デザイナーの中にも、この判断を「悪いデザイン」と断言する人が少なくありませんでした。しかし、本当にそうだったのでしょうか?
優れたデザイナーは、最初に「好きか嫌いか」を語りません。まず、
「なぜ、この判断をしたのか?」という問いから始めます。
Appleがイヤホンジャックを廃止した理由は、単に本体を薄くするためだけではありませんでした。内部スペースを確保し、より大きなバッテリーを搭載するため。防水性能を高めるため。カメラ性能を向上させるため。
そして何より、ワイヤレスオーディオが当たり前になる未来を見据えていたからです。もちろん、当時のBluetoothイヤホンは今ほど完成度が高くありませんでした。だからこそ、この判断は非常にリスクの高い挑戦だったのです。Appleは、人々がまだ完全には受け入れる準備のできていない未来へ、一歩踏み出しました。
デザインには昔から有名な考え方があります。
MAYA(Most Advanced Yet Acceptable)
「最も先進的でありながら、人々が受け入れられる範囲に留める。」Appleは、この境界線を何度も越えてきました。
物理キーボードをなくしたiPhone。
CDドライブをなくしたMacBook Air。
イヤホンジャックをなくしたiPhone。
当初は批判されても、数年後には業界全体がその方向へ進んでいきました。
もちろん、すべての挑戦が成功するわけではありません。
しかし重要なのは、デザインを評価するとき、「見た目が好きかどうか」だけで判断してはいけないことです。
そのデザインが解決しようとしている課題。
技術的な制約。
ビジネス戦略。
未来のユーザー体験。
それらを理解して初めて、建設的な批評ができます。
私たちはCritique(建設的な批評)を行うべきであり、Criticize(感情的な批判)をするべきではありません。
イノベーションのないデザインは、デザインではない
イヤホンジャックをなくしたことで、Appleは単に部品を一つ減らしたわけではありません。それは、ハードウェア、ソフトウェア、アクセサリー、
そしてサービスまで含めたエコシステム全体を再設計する決断でした。
AirPodsという新しいカテゴリーが誕生し、空間オーディオ、シームレスなデバイス切り替え、Apple Watchとの連携など、新しい体験が次々と生まれました。
もしAppleが「今ある常識」を守ることだけを優先していたら、こうした未来は実現しなかったでしょう。
近年、デザインは「見た目を整えること」だと考えられがちです。しかし、本来デザインとは、技術の可能性を人間の体験に変換することです。技術が変われば、デザインも変わります。
社会が変われば、デザインも変わります。
だからこそ、イノベーションのないデザインは単なる装飾にすぎません。
Appleのイヤホンジャック廃止が正しかったかどうか。その答えは、人によって違うでしょう。しかし、一つだけ確かなことがあります。
Appleは、人々の反発を恐れて過去を守るのではなく、未来を選びました。デザイナーである私たちが最初に問うべきなのは、「私は好きか?」ではありません。
「彼らは、どんな未来を設計しようとしていたのか?」その問いから始めることが、デザインという専門性の第一歩なのです。
学ぶこと
何十年もの間、私たちデザイナーは、自分たちがデザインする製品やサービスについて議論する場へ参加したいと願い、壁の向こう側へ向かって叫び続けてきました。
もっと私たちの声を聞いてほしい。
デザインの価値を理解してほしい。
そう訴え続けてきたのです。
しかし、その声が届かないと、私たちはさらに大きな声で叫ぶようになりました。自分たちの価値を証明しようと、ますます声を張り上げました。
その結果、いつしか気付かないうちに、価値を見せることよりも、価値を叫ぶことに多くの時間を費やすようになってしまったのです。
そして、人は不思議なものです。自分の価値を繰り返し叫び続ける人の話には、だんだん耳を傾けなくなります。
こうして私たちは、外へ向かって語ることをやめ、自分たちだけで議論するようになりました。
デザイナーだけが、デザインについて語る。
デザイナーだけが、その議論に答える。
デザイナーだけが、その言葉に拍手を送る。
そこへ、ソーシャルメディアのアルゴリズムが加わります。
同じ考えを持つ人たちばかりが表示される。
同じ価値観ばかりが強化される。
そして、「世界中がこの議論へ興味を持っている」という幻想だけが大きくなっていきます。
私は、1980年代の誕生日会でよく遊んだゲームを思い出します。
椅子取りゲームです。
参加者より一脚少ない椅子。音楽が鳴る。音楽が止まる。全員が椅子へ走る。座れなかった人は脱落。そして椅子をさらに一脚減らし、また最初から始める。
私は今、デザイン業界がまさにその状態になっていると思います。
私たちデザイナーが、自己実現や自己定義について議論している間に、他の職種が次々と椅子に座っていきました。
プロダクトマネージャー。エンジニア。データサイエンティスト。AI研究者。ビジネスストラテジスト。
音楽が止まるたびに、デザイナーの座る椅子は少なくなっていったのです。
そして今、議論を見ている限り、私たちに残された椅子は、「見た目」だけになってしまったようにも感じます。
しかし、Jony Iveは違います。彼は、このゲームに新しい椅子を持ち込んでいるのです。
ブランド。文化。テクノロジー。感情。戦略。社会。未来。
彼らが語っているデザインは、「どう見えるか」だけではありません。
「どんな未来を作るか」についてです。
そして何より印象的なのは、彼らが自分たちの価値を大声で叫んでいないことです。その必要がないからです。
プロダクトそのものが、彼らの代わりに語っている。
だから私は、この挑戦を歓迎したいと思っています。
好きか嫌いかではありません。成功するか失敗するかでもありません。
大切なのは、世界でも最高峰のデザイナーたちが、これほど大きなリスクを背負いながら、未来へ挑戦しているという事実です。
私たちは、その挑戦を笑うのではなく、そこから学ぶべきです。
デザイナーであるなら、まず理解しようとすること。制約を知ること。背景を知ること。そして、建設的に批評すること。
それこそが、私たちが本来持つべき姿勢なのではないでしょうか。
デザインとは何か。
イノベーションとは何か。
未来とは何か。
その問いを、私たち一人ひとりへ投げかけているのです。
そして、その問いにどう向き合うかが、これからのデザイナー自身を決めていくのだと思います。
