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『波の音は、誰のものでもない』 エッセイ #シロクマ文芸部

波の音には、不思議なところがあります。

同じ波は一つもないはずなのに、ずっと同じ音に聞こえる。

白い泡が砂にほどけて、また引いていく。

その繰り返しを眺めていると、時間だけが少しゆっくり流れ始めます。

世の中にあるほとんどの音には、作った誰かがいます。

スマホから流れてくる言葉も。

街で耳にする音楽も。

誰かが誰かに届けようとして生まれたものです。

だから私たちは、音を聴く前から、どこかで身構えてしまいます。

「これは何を伝えたいんだろう」

「どれくらい評価されているんだろう」

そんなふうに、音より先に、その向こうにいる誰かを見てしまう。

でも、波の音には作者がいません。

波は、自分が美しいかどうかを知りません。

誰かに届こうとも思っていません。

ただ、今日も岸へ寄せて、また静かに引いていくだけです。

その姿を眺めていると、

「もっと上手く書きたい」

「もっと読まれたい」

そんなことを考えていた自分まで、少しずつ遠くへ流されていく気がします。

私たちはきっと、誰のものでもない音を聴きに海へ行くのでしょう。

正解もない。

順位もない。

誰かの期待もない。

ただ、そこにある音へ耳を澄ますために。

そう考えると、私たちが書く言葉も、本当は波の音に少し似ていていいのかもしれません。

誰かに評価されるためじゃなく。

誰かと比べて、勝ったり負けたりするためでもなく。

自分の中から自然に湧き上がったものを、そのまま言葉にしてみる。

それだけで十分な日も、きっとあります。

画面を伏せる。

また通知が鳴った気がした。

でも、そのままにしておく。

波は、急がないから。

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