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自己紹介②|【実録】40代の私が休職を決めた「本当の理由」

この記事は、
私がどうして休職に至ったのか
その背景の記録となります。
私が見て、話して、体験して感じたままを正直に書きます。

内容的にリアルに感じられる部分もあると思います。
「読みたくないな」と思ったら、
そっと閉じてもらって大丈夫です(`・ω・´)b ムリシナイデ

でももし、どこか一つでも共感していただけると
私の心は救われます❤


初出勤日からぶっ飛んでた上司Aの話

入社してすぐに感じた違和感は、上司Aの言動でした。
上司Aは社歴〇十年という、いわゆる”お局様”です。

・質問すると遮られ、まったく別のことを言い出す
・そもそも質問を受け付けない態度
・こちらが話す前に不機嫌なため息が返ってくる
・必要な情報を共有しない
・「まだ終わらないんですか?」と圧だけ伝わる言い方
・断片的な説明(作業マニュアル、引き継ぎ書なし)
・他の社員の悪口、酷評を延々と語る
・個人的な既往歴を聞いてくる
・とにかく言い方がキツイ!!!

私が入社したことは”歓迎されていない”と率直に感じました…
上司Aにとっては、引き継ぎをするのが煩わしいんだと。
毎日のように、少しずつ心に刺さるトゲみたいな出来事が続きました。

『なんでそんな言い方しかできないん?!』
と胸の中では猛反発(# ゚Д゚)
でもその頃の私は、

(私がもっとうまく立ち回ればいいだけ)
(気にしすぎ)

初日から感じる違和感を押し殺して、
甘ったれるな!と自分に喝を入れて、やり過ごしました。

入社後1か月後、上司Bに報告&相談

入社後のフォローアップ面談、
私としては、待ちに待った面談でした。

面談担当は上司B。
上司Bは上司Aのさらに上の役職者で担当部署の長の方。
私は1か月のうっぷんを、
・できるだけきれいな言葉で✨
・誰も責めないように🚫
上司Bに報告しました。

フォローアップ面談後、上司Aが呼ばれて会議室で3者面談。
(気まずすぎる…((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル

3者面談の内容は、
・上司Aの言動について上司Bが注意。
・引継ぎの質・量の見直し
・私の質問には答えるよう指導

ということで、面談は終了しました。

ちゃんちゃん!?

一件落着したかのように、
その時は思えましたが、
実際は、その後どんどん状況と関係が悪化していきました(泣



さらに硬化した上司Aの態度

その後、上司Aの言動が修正されたのはほんの一瞬のことで、
一方的かつ攻撃的なコミュニケーションが悪化していきました。

次第に上司Aの態度は硬化&激しさを増します。

・すぐ目の前にいるにコミュニケーションはチャットのみ
・業務の説明をしなくなる
・舌打ち、ため息、あからさまな無視をする
・電話1本すら聞き耳を立て、話し中にダメ出し
・常に監視されているような緊張感
・人格を否定するような言動

もう、なす術がない (/・ω・)/ ポイッテデキタラヨカッタノニ・・・

疲弊した私に追い打ちをかけた職場環境の悪さ

会社の雰囲気も、とても閉じていて、
私にはとても息苦しかったのを覚えています。

・雑談が一切ない
・困っていても声をかけられない
・誰も他の人の仕事に関心がない
・「相談し合う」という文化が存在しない

仕事は属人的で、教わっていないことでも
「察して」「見て覚えて」で押し切られる感じ。

それらすべてを否定するものではありませんが、
上司Aとの関係に疲弊した状況において、
”同僚にも相談しづらい環境”はとてもしんどく感じました。

(ここ、相談できる人がいない…)
と何度も胸がギュッと締めつけられました。


気づいたら、一人全部抱え込んでいた

上司Aには相談できない。
同僚には質問しづらい。
八方ふさがり感・・・

気づいたら
“自分ひとりで全部抱えるしかない”
という状態に追い込まれていました。

なーんだ!どんどん声かけて解決していけるじゃん!!
って、私も思います。

日々すこしずつ心が削られる状況が長く続くと、
正常な判断をすることができなくなるんです。
一歩引いて考えてれば、少し違って見えることってあると思うんですが、
そういう冷静さはいつの間にか失われていきました

それと同時に、できない自分に打ちのめされます
実はこの、『できない』はメンタル不調の産物でもあり、
休養すれば回復するものなんですが、
当時の私はお先真っ暗・・・

だって、
・覚えられない
・計算できない
・書類を読んでも頭にはいらない

それはそれは恐怖!

仕事においては欠かせない能力が、
知らず知らず低下していて、
気づけばできなくなっている。
大変な自信喪失感を味わいました。

”追い込まれる状況”に初めて立たされて、
当事者でないとわからない苦しみを経験しました…(´;ω;`)ウゥゥ

この件での気づき

結果、私は在籍1年で様々な体調不調を起こし、
最終的に『適応障害』の診断の名の元
ドクターストップとなりました。

こうして言葉で書いてしまえば、
それほど辛い状況とは伝わらないかもしれません。
ですが、私にとって上司Aのマイクロアグレッション(微細な攻撃)は
心身の不調をきたすに十分なものでした。

自分が本当にしたかった別の仕事への気づき

休職間もなくは、気分の落ち込みが激しく、
何も手に付きませんでしたが、
試行錯誤しながら、すこしずつ気分と冷静さを取り戻していきました。

休職1か月を経過するころには、
先のことを考えられるように。

私はそこで、新たな気づきを得ました。
今は、その気づきをもとに、
セカンドキャリアとしての道を静かに準備しています。

今回の問題の“本質”も見えてきた

私に起きた出来事は、
単に上司Aと“相性が悪かった”だけではありません。

・心理的安全性の欠如
・属人的な業務管理
・ハラスメントに近いコミュニケーション
・管理職の対応不足

人事課長としての視点で分析すると、明確に構造的な問題がありました
これも深掘りすると長くなるので、
別記事で後日解説しようと思います。


最後に・・・

少し長くなりましたが、
ここまでお読みくださりありがとうございます!

今日の記事は、私にとっては少し勇気が必要でした。
でも、誰かひとりでも
「わかる」「似た経験ある」
と思ってもらえたらうれしいです🍃

後日、
どうやって冷静を取り戻していったか(療養の経過)
・この問題の本質(人事課長としての分析)
・そこから導き出した私のセカンドキャリアの話

を順番に公開しますので、気になる方はぜひそちらも読んでみてください。



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